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28 しっぺ


 サララとリクイが釈放されて宮廷を出ようとした時、家来がはぁはぁ言いながら追いかけてきた。


「若殿下がぜひお会いしたいと申しておりますから、お戻りください」


「わたし達をそんな暇人間だと思っているの。この」


 サララがそこまで言った時、リクイが手で制した。「この」の次には「アホ」が続くことを知っていたからである。


「ぼく達には仕事があります。急いでいますから、これで失礼します」


「若殿下が、直接陳謝したいと申しておられます」


 家来はどうぞお願いしますよ、という情けない目をして頭を下げた。


「あいつが謝りたいと言っているのなら、仕方ないじゃないか」

 とサララが言った。


「いいんですか。急いで帰ると言ったのは、姉さんですよ」


「わたしは頼まれたら、断れない性格だし、あいつが謝りたいと言っているんだから、謝らせてやろうじゃないの」


* 


 家来の案内でニニンドの部屋に行くと、今回のことは本当に申し訳ないと彼がうやうやしく頭を下げた。


「ニニンド様、いや、王子、気にしないでください。あなたのせいではないのですから」


「ありがとう。でも、私は王子ではないけど」


 そう言ってニニンドはサララを見たが、こちらは目を合わせようとはせずに、反対側を見ている。


「王子でないなら、じゃ、なんだ」


「ただのニニンドだ」


「それなら、なぜここにいるんだ?」


「いろいろな事情があるんだけど、それ、聞きたいですか」


「おまえの話なんか、誰が聞きたいものか。わたし達はそんな暇人ひまじんではない」


「お詫びとして、国王がなんでもくださるそうです」


「そんなものは、いらない」


 サララは言って腕組みをし、あちらの方角を睨みつけている。


「サララさん、どうしたら許してくれますか」


 サララがおもむろにニニンドのほうを向いた。


「そうだな」

 

 サララがにやりと笑った。


「しっぺをさせてくれたら、おしまいにしてあげてもいい」


「それ、何ですか」


「王子はしっぺも知らないのか」


「しっぺって、何?」

 とリクイが訊いた。


「リクイも知らないんだ。なんてこった」


「サララさん、しっぺって何ですか」


「全くおもしろくない男ばっかりだ。しっぺはわたしの得意技。クラスの男子みんなにかけた」


魔術まじゅつですか」


 そういうリクイの腕を取り、人差し指と中指で、前腕を軽く叩いてみせた。


 なーんだ、そんなものか。そのくらいで済むのならお安いものだと、ニニンドが腕を出した。


 すると、サララは声高らかに、


「いざ、サララのしっぺを受けてみよ」


 サララが右手を高くあげたので、ニニンドが腕を引っ込めた。


臆病者おくびょうものよ。許してほしいのか、ほしくないのか」


 ニニンドがおそるおそる腕を出した。


 サララはがしかっとその腕を捕まえて、勢いをつけて上から二本の指を振り下ろした。ニニンドは、声は出さなかったが、腕をしきりに撫でた。


「赤い線になってる」


 リクイが申しわけなさそうに言った。

 

 どれとサララがその顔を覗き込んだので、今度はニニンドが背を向けた。

 

 相当痛かったらしいね、とサララがリクイに目配せをした。やりすぎですよ。怪我をしている人なんだから、とリクイの瞳が言っていた。


「これで全部、流してもらえたんですね。臭い飯を食わされたことも」

 とニニンドが振り返った。


「そうだ、わたしに二言はない。ぜんぶ忘れた。えっ、何かあったのかい?」


「臭い飯ではなかったですよ」

 とリクイが言った。


牢屋ろうやで、ご馳走ちそうが出たのか」

 とニニンドが驚いた。


「まさか。おまえは馬鹿で、リキタは正直、両方とも困ったものだ。でも、わたし達はあんた方とは違って、あまりいいものを食べていないから、こういう時には強いのさ。何でも、うまい。参ったか」


「私も宮廷に来て半年足らず。その前はよいものは食べていないです」


「変な奴だ」


「では、ニニンド様は、その前はどちらにいらしたのですか」


「ジロヴィア国にいました。ところで、そのニニンド様はやめてくださいますか。もしよかったら、ここからはサララ、リクイ、ニニンドでいきませんか」


「そんなこと、いいんですか」


「了解、ニニンド、それがいい」

 とサララが言った。


「それと、もっと普通の言葉でいこう。わたしはいつも男連中と働いているから、丁寧な言葉は苦手だから」


「そっちも、了解」


「この部屋はやたらと女っぽい」


 サララがぐるりと部屋を見回して言った。


「これ、あんたの趣味?」


「いや。ここは母の部屋だから」


「ここで、母親と住んでいるの?あんた、マザコンなの?」


「いいや。母上はもう亡くなった」


「兄弟は?」


「いない。サララは」


「タンタンという妹がひとり」


「リクイは兵役に行っているお兄さんがひとり。サララの婚約者」

 とニニンドが続けた。


「あんた、それほどのアホじゃないね。記憶力はある」 


 サララはそう言ってから、鼻から息をくっくっと吸い込んだ。


「この部屋、変なニオイがする」


「ニニンドは鳥を飼っていますか」

 とリクイが訊いた。


「いや」


「鳥の糞のような臭いです」

 

 ニニンドはくんくんと部屋のニオイを嗅いでから、服の袖に鼻を近づけた。そう言われたら、この服さえも臭うような気がしてきた。



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