第2話 初めての暗闇
ピピピ、という電子音で目を覚ます。
目覚まし時計の音だ。
カーテンを開けると、外の明かりが差し込んできた。
外からは隔絶された地中にいるというのに、シェルターの中は十分に明るい。
帰ってきた時はたしか赤い光だった。
夕方というらしい。現物を見たことはもちろんない。
これは朝昼夜を演出するためにこうしているのだと教わった。
人間はそうしないと精神に不調をきたしてしまうらしい。
だからこうして朝と昼は明るくし、夜は照明を落とす。
天井にも空を模した風景が投影されている。
結構な電力が消費されているはずだが……、記憶にある限りあの空が消えたことは一度もない。
シェルター生活が始まってからは想定外のことが非常に多く起こったようだ。
一時期は人口が定員である1000人に対し、三分の一以下にまで減ったこともあるらしい。
それらの問題を管理AIであるデルタは一つずつ学習し、対処し、予防していった。
その結果、完璧といえるまでの管理を実現し、今は大きな問題は発生していない。
そしてゆっくりと人口が増えては定員オーバーになるたびに儀式を行い、シェルターと中にいる人類の存続という彼(あるいは彼女)の至上命題を遂行している。
文字通りデルタはシェルターの守護者であり管理者だった。
外に出たいという人間も少数ながらいる。
だが儀式の立候補かと問われると言葉を濁す。
皆自分の命は惜しい。
仕事のために着替えて、パンを咥えて出勤する。
俺の一日はこうして始まり、仕事を終えて寝ることで一日が終わる。
きっと、これは死ぬか儀式に選ばれるまで変わらないだろう。
いや、もしかしたら結婚相手が見つかるかもしれない。
幸せかと問われると、それなりにと答えるかもしれないな。
仕事場である空調管理システムに到着する。
今日は昨日に引き続きフィルターの清掃をする予定だ。
シェルター内の空気を常に清潔に保つため、フィルターは巨大かつ膨大な数がある。
それを先輩と俺を含めて数人で維持しているのだから一生終わることはない。
「おはよう。遅刻しなくなったな」
「先輩、おはようございます。遅刻したらガッツリポイント引かれますからね……」
「引かれると損だからなぁ」
先輩であるカワハタさんと一緒にカードキーを端末に挿入し、仕事を始める。
フィルターの清掃は住民の生死に関わる重要な仕事だが、やることはそれほど難しくない。
予備のフィルターを機械にセットして、古いフィルターを取り出してからゴミを専用の掃除機で吸い取る。
それから洗浄液に浸し、最後に水で洗い流す。
後は乾かすために吊るせば終わりだ。
汚水の処理は浄化槽にある設備がなんとかしてくれる。
一日二枚ほどがノルマとなっていた。
巨大だが、不思議なことに重さは二人で十分持ち運びできる。
再現できない昔の技術が使われているらしい。
……もし壊れたらどうなるのだろう。
定員が減ったりするのだろうか?
予備はまだたくさんあるとはいえ――
「よそ見するなよ。危ないぞ」
「うっす」
「ほら、持ち上げろ。移動させるぞ」
考え事をしていると手が止まってしまった。
洗浄が終わったフィルターを運び、吊るす。
もう一枚やれば今日の仕事も終わりだ。
その前に昼休憩をとる。
先輩には愛妻弁当があるが俺は途中で買ってきたサンドイッチだ。
培養肉とレタスが甘辛い肉で味付けされており、それなりに美味い。
作業を再開し、終業時間前になんとか二枚目のフィルターの掃除を終わらせることができた。
仕事を始めた最初の頃は時間がかかって残業になることもあったが、今は慣れてきて余裕があるくらいだ。
「時間まで休憩するか」
「そっすね」
時間までに作業が終わっても早く帰ることは許可されていない。
何もすることがなくても、デルタからポイントを貰うには終業時間まで待機しなければならないからだ。
暇つぶしに掃除をしたりもするが、今日はダラダラとすることにした。
「カイトは休みは何をするんだ?」
「何もすることないっすねぇ。多分一日寝てると思います」
「おいおい。若いのに自堕落だなぁ」
「金もかからないですからね。本を読んでも面白くないし」
「外に出ないと出会いもないぞ。俺が嫁さんと出会った時は……」
カワハタさんののろけが始まろうとした時、地面が揺れた。
何度か振動が起きた後、明かりが消えて真っ暗闇になる。
「な、なんだ!?」
「地震ですかね」
「あ、あかり……懐中電灯が道具袋にあっただろ」
「今出します」
腰に着けた道具袋を漁る。
暗いので中は見えないが、手触りで形を判断しそれっぽいのを取り出してスイッチを入れた。
懐中電灯の明かりがついて頼りない明かりが周囲を照らす。
遅れたカワハタさんも懐中電灯をつけた。
「真っ暗だな。どうなってんだ?」
「赤いランプだけはついてますね。緊急事態でも起きたんでしょうか?」
「これじゃあうかつに出歩けないぞ」
どうしようかと頭を悩ませていると、再び照明が灯り元の状態に復旧した。
<管理AIデルタより住人の皆様にお知らせします。振動により一時的に電力供給に問題が発生しましたが、現在サブ電源システムを稼働させて機能を復旧いたしました。180秒後にはメイン電源システムも再稼働します。住民の皆様はパニックにならないよう、落ち着いてください。シェルターに致命的な問題は発生しておりません>
デルタより繰り返し放送が流れる。
……人の多い区画は荒れてそうだな。
だがデルタがいれば問題は収まるだろう。
ピッ、という音が端末から発せられる。
デルタからの呼び出し音だ。
カワハタさんと一緒に端末まで移動する。
<管理AIデルタより、空調管理の担当者に追加の業務を発注します。先ほどの振動で外気導入室に異常が発生していないかを点検してください。もし何らかの異常があれば修理を行うこと>
「まじか……」
デルタから直接仕事の要請だ。
何かしらトラブルが起きたりすると発生すると聞いたことはあるが、初めて見た。
「どうする? 外気導入室ってあれだよな」
「外と繋がっている数少ない場所ですね」
外、つまり地上はウィルスによって汚染された。
それから身を守るためにシェルターが設立されたが、いくらフィルターを使って空気を奇麗にしても外気との空気の入れ替えが必要になる。
植物だけでは二酸化炭素を処理しきれない、らしい。
もちろん外気をそのまま中に入れたら住民は全滅だ。
なので特別な装置を使って清潔な空気にした後に取り込んでいる。
それらは清掃も含め全て自動化されているが、トラブルがあった時は人の手で直さなくてはならない。
今は給気口が閉じているので安全なはずだが、外と繋がっていると考えるだけで死の危険を考えてしまう。
……。
「デルタに質問がある。それは別に一人で構わないか」
<肯定します。一人でも異常の確認と点検をして頂ければ問題ありません>
「じゃあ先輩、俺がちょっとやってきますよ」
「いいのか? 危ないだろう」
「先輩は家で嫁さんが帰りを待ってるでしょ。特別ボーナスは俺が貰いますんで。ほら、早く帰った帰った」
「すまん、感謝する。防護マスクは必ずつけろ。それからウィルスが滞在していたら危険だから必ず消毒と防毒スーツも……」
「分かってます。ちゃんとマニュアルに従いますから」
追い出すようにして先輩を帰す。
しつこいくらいにお礼を言われた。
<作業が終わったら報告を>
「分かった。今から行ってくる」
防護マスクと防毒スーツは消毒室を抜けた部屋にある。
道具類もそこにあるものを使用しなければならない。
ウィルスを絶対に持ち込ませないという手順だ。




