秘密なんて知りたくないのに!
平穏に暮らしたい──それが、ニーナの願いである。
魔力持ちの王国民は皆、王立魔法学園に通わなければならない。人族で魔力持ちは百人にひとり程度。魔導士は人族の暮らす王国を支える希少な存在だからだ。学園内で優秀な魔導士の卵は、やんごとなき身分のご子息やご令嬢が多かった。
一方で、ニーナは小さな田舎の村出身の平民だ。小指の爪くらいの大きさの火が出せるだけの、しょぼい火魔法しか使えない劣等生。魔法学園を卒業したところで、どうせ魔導士にはなれない。そんな取るに足らない存在のニーナが、将来有望な天井人の不興を買ったら処分されてしまいそうで怖い。
だから、ありきたりで地味な外見を生かして、ひっそり目立たないように過ごしてきた。ニーナは唯一の特技であるタロット占いも活用して、なるべく面倒な相手と関わらないようにしてきたのだ。
しかし、学園の魔法演習にて数人のパーティーで古代遺跡を探索した際、落とし穴のトラップに引っかかり、遺跡地下深くの怪しげな洞窟に落とされてしまう。
このパーティーメンバーは全員、とんでもなく厄介な秘密を隠していた。
「うわぁ、すっごい高さから落ちたねぇ! 困ったなぁ、元いた場所に戻るのは難しそうだ」
ごつごつした洞窟の岩肌を魔法の火で照らし、ロルフは首を伸ばして天を仰いで大げさに嘆いている。
ひとりなら簡単に戻れるでしょ、とニーナは心の中で毒づく。ひょろっとした金髪のロルフの正体は魔人族で、コウモリに変身できる吸血鬼だからだ。
じゃらじゃらと金の耳輪や腕飾りを身につけたロルフは、魔人族の証である血の色の瞳も鋭い牙も隠し、凡庸な人族の学生のように振る舞っている。人族の国の王立魔法学園に魔人族が侵入していると気づかれたくないのだろう。
「みなさーん、怪我はありませんかー?」
せっかく着地の衝撃をパーティーメンバーが風魔法で緩和してくれたのに、足をついた後に何もない地面ですべって転んだエルザは、ぐるりと首を回して自分より周りの人を心配していた。あどけない桜色ツインテールのドジっ子だが、聖騎士団所属の聖女らしい振る舞いだ。
もっとも、聖女なら傷を癒す聖魔法を使えるはずだが、エルザは擦りむいた膝を放置していた。聖騎士団は魔人族を駆逐する組織である。素性を隠して学園に潜入した人族の聖女は、どこかで身を隠す魔人族に警戒されたくないのだろう。
実際、隣に魔人族のロルフがいるのだから、聖女のエルザの慎重さは正解だ。
「あなたこそ大丈夫ですか? 痛かったでしょうに」
膝についた血や砂ぼこりを水魔法で洗い流し、そっとエルザに手を差し伸べたのは、絶世の美貌を持つプラチナブロンドの少年・アレクシスである。優しそうに見えるが、騙されてはいけない。
アレクシスが女学生に親切にして手を握るのは、相手が番かどうか確認したいからだ。立ち上がるエルザに手を貸した後、一瞬だけ虚無の表情になったのを、しっかりニーナは目撃している。エルザが番ではなかったからだろう。
人間離れした美少年のアレクシスは獣人族の大帝国の皇子で、はるばる遠い異国から番探しにやってきた。獣人族の恋愛対象は、この世界にひとりしかいない『魂の番』のみ。獣人族同士であれば一目見れば番だと分かるそうだが、番が異種族の場合は接触しないと判断できない。
獣人族以外の種族に番という概念はないので、獣人族の番が異種族だった時、異種族側が抵抗してトラブルになることがある。だからか、アレクシスは身分も種族も隠し、ひとりずつ女学生の手を握って地道に番を探していた。
実は、アレクシスの番はニーナだ。ニーナは人族だけれど、アレクシスよりも先に、その事実を知ってしまった。
大帝国の皇子に嫁ぐなんて冗談ではない。
ニーナは目立つのが嫌いである。静かで平穏な暮らしがしたい。魔法学園を卒業したら故郷の村に戻り、両親の営む食堂の厨房で大好きな料理をするのだ。薪に火をつける時なら、ニーナの魔法も役に立つ。火の魔結晶を節約できて地味に便利なのだ。
絶対に番だとバレたくないので、アレクシスとは今後も距離をとろう。
無駄に顔がいいくせに誰とでも気軽にスキンシップをとるから、アレクシスに恋して失恋に涙する女学生は何十人もいた。アレクシスは接触確認済みの女学生には塩対応になる。
事情を知らなかった頃のニーナは、そんなアレクシスを遠目に眺めてイライラしていた。女心をもてあそぶ女の天敵だと思っていたため、軽蔑して近寄らなかった。今は複雑な気持ちだ。さっさと番探しなんか諦めて国に帰ってくれ、と心の底から願う。
「あわわわわ、し、し、死ぬかと思った……!」
自分の腕を抱きしめて、めちゃくちゃ震えている──そんな演技をしているのは、認識阻害メガネをかけたボサボサの黒髪の少年だ。魔法学園ではダミアンと名乗っているが、本名かは不明。何しろ、彼は裏社会で有名な暗殺者である。
彼が宮廷魔導士を目指す魔導士見習いの平民の振りをしている理由までは、ニーナは知らない。うっかり暗殺者だと知ってしまっただけも消されそうなのに、ダミアン(仮)の事情まで調べる気は起きなかった。
「さっきのトラップより、迷宮の方が危険。ここ、百年前に封鎖された古代遺跡地下の死の迷宮」
静かに警告を発したのは、魔法学園一の秀才であるリタだ。草色の三つ編みを揺らして通路の先を睨む。
「ん、向こうに何かいる。複数匹」
一般的には十五歳で入学する魔法学園の学生にしては、ずんどうで背も低くて幼く見えるが、リタの実年齢は三百歳を超えている。これだけ長寿なのは、森の秘境に暮らす絶滅危惧種の妖精族くらいだ。博識なのは年の功だったのか。
……このパーティーには、なぜ人族に扮した異種族がごろごろいるのだ。それでなくても、誰もが秘密を抱えている。
「トラップの先で待ち構えるヤツとは戦いたくねぇな。んじゃ、反対側の道に進むか」
曲がりくねっていて先は見通せないが、ここは一本道の洞窟の通路である。踵を返して歩き出そうとしたロルフを、慌ててニーナは鋭い声で止めた。
「ダメ!」
五人の瞳が、いっせいにニーナを見る。
注目されるのは苦手だ。びくっと怯んでしまう。
覚悟を決めるために、もう一度、空中に浮かぶ『死神』のタロットカードに視線を向ける。骸骨姿の死神が鋭い刃の鎌を構える様子が描かれたカードだ。
残念ながら、ニーナのタロット占いは絶対に当たる。
パーティーメンバーの秘密も、死の迷宮の危険性も、すべてタロットカードが教えてくれた。
このまま歩いていくと間違いなく死ぬ。
「そっちはダメだよ。あ、危ないからっ!」
緊張しすぎて声が裏返る。
喋りたくないけれど、伝えなければいけない。命がかかっているのだから。
「なら、迷宮のバケモンと戦うのか?」
ロルフは振り返り、眉をひそめた。
「違う」
ニーナは首を強く左右に振る。
死を暗示する『死神』のカードは、どちらの道で占っても現れた。
もしかしたら、実力を隠しているパーティーメンバーなら、この地獄の迷宮だって生き延びるのかもしれない。でも、戦闘能力皆無なニーナは秒で死ぬ。断言できる。
「前にも後ろにも進まないなら、ここで助けを待っちゃおうか」
それもありだよね、と聖女のエルザは脳天気に笑う。いざとなったら聖騎士団に空間転移の魔導具で帰還できるエルザは、命の危険なんて微塵も感じていないのだろう。帰還したら学園への潜入任務失敗になるので、ギリギリまで実行はしなさそうだが。
「ごめん。じっとしてるのも危ないの」
その選択肢も占いで確認した。
占いの結果は、逆さまの『塔』のカード。落雷で破壊される塔の絵が描かれた、破壊や事故を暗示するタロットカードだ。逆さまになった逆位置のカードだから、かなり悪い意味になる。この場から動かなければ、窮地に追いこまれてしまう。
「はぁ!? お前さ、あれもこれもダメって何なんだよ……!」
ダミアンに訝しげな眼差しを向けられた。
それはそうだろう。占い師だった亡き祖母から受け継いだ不思議なタロットカードは、ニーナと祖母以外の人には見えないのだから。洞窟に落ちてからニーナが何度もタロット占いしているのを、パーティーメンバーは知らないのだ。
「どうするのが最善でしょうか。どうか、あなたの考えを教えてくれませんか?」
ニーナの言葉を疑う素ぶりも見せずに、女性に優しいアレクシスは話を聞いてくれる。しかし、さりげなく手を伸ばされて、腕に触れられそうになった。
油断ならない男だ。あとずさって面倒事を避けつつ、ニーナは冷たい洞窟の壁に手をつく。
「えっとね……、この壁、誰か壊せないかな」
藁にもすがる思いで右の壁の方角を占ったら、なんと『運命の輪』のタロットカードが出たのだ。逆さになっていない正位置なので、チャンスや幸運を示す。くわしい占いの結果も知りたくて、宙に浮かんだ『運命の輪』のカードに指先で触れたら、壁の向こうにも通路があると判明した。
ニーナの突拍子もない提案に、しばらく沈黙が訪れる。
……当たり前か。ちゃんと理由を説明していないのだから。
だが、タロット占いが絶対に当たるなんて言いたくない。そもそも信じてもらえるかも分からない。このカードの元の持ち主である、占い師の祖母のタロット占いは、たまにピタリと当たったけれど、当たらない日だって多かった。当たるも八卦、当たらぬも八卦。元来、占いはそういうものだ。
たまたまニーナと不思議なタロットカードの相性が抜群によかっただけ。ニーナの占いが当たりすぎて、家族には気味悪がられたし、仲の良かった友達も失った。
もう何年も占いの結果を誰にも話していない。今回だって、命がかかっていなければ、占いで知ったことは黙っていたかった。
無言が続いた後、吸血鬼のロルフは壁をコンコンと拳で叩き、面白そうに口角を上げる。
「あー、なるほどな。ま、やってみりゃいいんじゃねぇか」
「……え、えぇー……マジで? 壁壊せる土魔導士って、俺だけじゃん……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ダミアンは壁に手を当てて魔法陣を起動させ、あっという間に石の壁を破壊した。ガラガラと崩れていく瓦礫の向こうの景色に、凄腕の暗殺者は目を大きく見開く。
「すげっ、抜け道じゃねぇか!」
全員が抜け道に移動すると、さっきまでいた場所から、ガシャーンと大きな金属音と地響きがした。振り返ると、数多の槍が床に突き刺さっている。
あのまま動かなければ死んでいた。
「こ、こ、怖ぁっ!!」
ガクガクと膝を震わせたダミアンは、それからはニーナの指示を素直に聞いてくれるようになった。惜しみなく土魔法を使って道を切り開いてくれる。
数歩進んだ先の床を壊し、螺旋階段を下りて途中の壁も壊した。細い道の奥にある小さな部屋で、二箇所の床スイッチをふたりで同時に踏んだ。その奥の何枚もの壁を壊し続けて、まっすぐにひたすら突き進んだら、先ほどのスイッチで起動済みの光り輝く転移魔法陣を発見。転移魔法陣で古代遺跡の入口に戻ってこられた。
洞窟に巣食う獣との戦闘や即死級の罠はすべて回避。正攻法ではないけれど、最短経路で洞窟を抜け出したのだ。
「おぉ、無事でよかった……!」
古代遺跡探索中、封鎖されていたはずの死の迷宮に落ちたのは事故だった。トラップの床自体は開かないように固定されていたが、床の下が空洞だったので、人が乗った時の重みで経年劣化した床が崩れてしまったようだ。
ニーナたちのパーティーを助けに行くため、魔法学園の教師たちは捜索隊まで組んでいた。しばらくの間、古代遺跡は点検のために立ち入り禁止になるらしい。
「どうやって自力で戻ってきた?」
「たまたま遺跡の入口に戻る転移魔法陣を見つけたんですよ」
教師に尋ねられた時は、そのように誤魔化した。
しかし、ニーナが案内したのを知っているパーティーメンバーには追求された。
「えー、たまたまじゃないよね」
「転移魔法陣の場所を、どうして知っていたのですか?」
聖女のエルザとアレクシス皇子に訊かれて、ニーナは目を泳がせた挙句に断言する。
「ただの勘! 私が危なくないって思う方に進んでみただけ!」
こんな説明でもアレクシスは腑に落ちたようだ。
「危機察知能力が高いのですね。あなたの才能は素晴らしいです」
眩しい笑顔で褒め称えながら、ちゃっかり握手を求めてきたので、そこはスルーした。
「か、勘なわけねぇだろ!? そんなんで納得できるかぁっ!」
ニーナの指示で土魔法を散々使わされたダミアンには詰め寄られる。
「……まあ、殺気に気づく人っているしぃ、そういうのが分かる人もいるかも」
顎に人差し指を当てて、ゆっくりとエルザは頷いた。
「今回は詮索しないでおこうぜ。オレらはニーナのおかげで助かったんだ」
「ん。ありがと、ニーナ」
魔人族のロルフと妖精族のリタには問い詰められなかった。ニーナが型破りな脱出経路を伝えなければ、パーティーは生命の危機にさらされただろう。
死の迷宮だからでもあるが……、遺跡の床が崩れて死の迷宮に落ちたのは、本当は事故ではない。あれは、人為的なトラップだ。
ニーナは迷宮に落ちた時、とっさに床が崩れた理由を占った。
裏切りや不安定さを意味する『月』のタロットカードの正位置が出た。月夜に砂漠からサソリが這い出る絵が描かれた、曖昧で危険な精神状態を暗示するカードだ。
あの時点では、まだ犯人は迷っていた。
だから、ニーナは急いでパーティーメンバー全員の素性を調べたのだ。勝手に他人を占いたくはなかったけれど、緊急事態だから仕方ない。
そしたらパーティーメンバーに普通の学生はいなかった。タロット占いを繰り返せば犯行の動機も分かっただろうが、くわしい事情を知ったところで、普通に生きてきたニーナに犯人の説得は難しそうである。そこで、犯行が起きる前に迷宮から脱出した。
ニーナは年をとったら、趣味で作った焼き菓子を孫や友達に振る舞い、穏やかに余生を過ごして老衰する予定である。まだ成人もしていないのに悲惨な事件に巻きこまれて殺される……、そんな人生の最期なんてお断りだ。
とにかく、ニーナは事故に見せかけた殺人事件を未然に防いだのである。
もう学園の授業では古代遺跡へ行かないので、また同じ手口の事件は起きないだろう。
念のため、今後はパーティーメンバーとも距離を置こう。未遂で終わった事件の容疑者を興味本位で特定はしないが、殺人計画を立てるような怖い同級生には関わりたくない。
でも、死の迷宮から奇跡的な生還を果たしたせいで、ニーナは厄介なパーティーメンバー全員から強い興味を持たれてしまった。そのことを、占いで彼らの気持ちを確かめなかったニーナは、まだ知る由もなかったのである。




