第4話:辞表提出RTAとギルドの惨劇
「た、頼む! 緊急なんだ! この辞表を受理してくれ!」
王立ギルド本部の重厚な扉を勢いよく開け放ち、俺、アルヴィンは受付カウンターへと滑り込んだ。
昼下がりのギルドは、依頼を求める冒険者たちでごった返している。
突然の勇者の乱入に、喧騒が一瞬にして静寂へと変わった。
視線が痛い。
だが、背後からはセシリア王女率いる騎士団が迫っているのだ。
恥を捨ててでも、ここで「一般人」
に戻らなければならない。
「ゆ、勇者アルヴィン様!? お帰りなさいませ! 今回の遠征は長期になると聞いておりましたが……えっ、辞表? じひょう、とは何でしょうか?」
受付嬢のルナが、目を白黒させながら俺が叩きつけた羊皮紙を覗き込む。
「言葉通りの意味だ! 俺は今日限りで勇者を辞める! 退職金はいらない、年金も放棄する! だから今すぐ処理を――」
「そんなことよりアルヴィン、ここが私たちの新居の手続きをする役所?」
俺の悲痛な叫びを遮り、銀髪の美少女――魔剣グラムが、興味津々な様子でギルド内を見回した。
その腕はしっかりと俺の右腕に絡みついている。
「違う! ここは俺が職を失うための場所だ! あと新居の話はまだ早い!」
「あら、照れちゃって。でも、ここなんだか汗臭いし、鉄と血の匂いがするわね。新婚家庭にはふさわしくないわ」
グラムが不機嫌そうに鼻を鳴らした、その時だった。
ドォォォォォン!!
ギルドの奥、高ランク魔物の解体や一時保管を行う「搬入区画」
の壁が、内側から弾け飛んだ。
「ガァァァァァァッ!!」
土煙の中から姿を現したのは、全身が黒鋼の鱗に覆われた巨獣――「鉄甲熊」
だ。
本来ならば山脈の奥深くに生息し、ベテランの重戦士パーティが総出でようやく足止めできるかどうかの、災害指定級モンスターである。
「な、なんで生きたままの鉄甲熊がここに!?」
「鎖が千切れたぞ! 総員、戦闘配置! 一般職員を守れ!」
ギルド内は瞬く間にパニックに陥った。
冒険者たちが武器を抜くが、鉄甲熊の暴走は止まらない。
一人の戦士が大剣を振り下ろすが、硬質な鱗にかじりついた剣は、無残にも半ばから折れ飛んだ。
「ぐあっ! だ、駄目だ! 刃が通らねえ!」
「魔法使い隊、詠唱急げ! 前衛は時間を稼げ!」
飛び交う怒号と悲鳴。
鉄甲熊の剛腕がカウンターを粉砕し、瓦礫が受付嬢のルナに向かって降り注ぐ。
「きゃあああっ!」
「くそっ!」
俺は反射的に動こうとした。
勇者としての条件反射だ。
だが、俺が剣を抜くよりも早く――隣にいた「剣」
が動いた。
「うるさい」
冷ややかな一言と共に、グラムが右手を軽く振るう。
ヒュン、という風切り音すら置き去りにするような、不可視の斬撃。
直後、暴れまわっていた鉄甲熊の巨体が、祭りの日のハムのように薄く、均等な厚さでスライスされて崩れ落ちた。
ズズズズズ……ドサッ。
一瞬の静寂。
最強の硬度を誇るはずの鉄甲熊が、断面を鏡のように輝かせながら肉塊へと変わっている。
「え……?」
誰かが漏らした困惑の声が、ギルド内に響いた。
「まったく、ただでさえアルヴィンとの愛の語らい(手続き)で忙しいのに。……ねえ、そこの貴女」
グラムは返り血一滴浴びていない涼しい顔で、腰を抜かしたルナを見下ろした。
「この邪魔な熊、お祝いの粗品として置いていくわ。だからさっさと、夫の退職手続きを進めてくださる?」
グラムの背後で、スライスされた鉄甲熊の山がガラガラと崩れる。
その光景は、この世界の「常識的な脅威」
など、魔剣の前では紙切れ同然であることを雄弁に物語っていた。
俺は頭を抱えた。
これでは「一般人」
に戻るどころか、新たな伝説の幕開けではないか。
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【登場人物】
- ルナ: ギルド本部の受付嬢。アルヴィンの顔なじみ。
【場所】
- 王立ギルド本部・ロビー: 多くの冒険者で賑わう場所。依頼の掲示板や受付カウンターがある。
- 搬入区画: ギルドの奥にある、捕獲した魔物や素材を運び込むスペース。
【アイテム・用語】
- 鉄甲熊: 災害指定級のモンスター。鋼鉄のような鱗を持ち、通常の武器は通じない。
- 勇者の辞表: アルヴィンが国王に提出しようとしている羊皮紙。魔剣との結婚生活を優先するため「世界平和より家庭の平和」と書き記されている。




