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妹はSランク、兄は恋愛Fランク

 昨日のことを思い出すたびに、胸がちくりと痛む。

 玲亜さんが来店した瞬間、心臓が跳ねたのに。


「会話、間違えたかな……」


 ほんの数秒のやりとりだったのに、まるで心に冷水を浴びせられたみたいで。

 布団の中で天井を見上げながら、ため息をつく。


「……やっぱ、変身してたときの俺の方が良かったんだろうか」


 猫耳と尻尾を出した――あの“猫人”の姿。

 あのときの玲亜さんの顔。

 頬が紅くて、息が荒くて、少し震えていて……。

 もしかしたら脈アリだったのかもしれない、なんて。


「お兄ちゃん、独り言で自分慰めるのやめよ。哀愁出すの下手すぎ」


 ぼそりとした声がドアの隙間から聞こえた。

 視線を向けると、そこからぴょこんと狐耳がのぞいている。


「……聞いてたのか、陽鞠」

「うん。聞いてたけど、聞きたくなかった」


 するりとドアを開けて入ってきた妹――風祭陽鞠ひまりは、十歳にしてSランク能力者。

 顔にはフェイスパック、頭にはピンと立った狐耳。

 その白い耳がちょこちょこと揺れるたびに、妙に腹が立つのはなぜだろう。


「スキンケア中なんだけど、そんな顔でため息つかれると乾燥しそう」

「朝から何言ってんだよ。てかお前、病院とか行かなくていいの?」

「ううん。今日も知恵力と幻術能力の提供日までオフ。Sランクの特権」


 フェイスパックを押さえながら、誇らしげに胸を張る。

 ……十歳にして、俺より稼いでる妹。

 国や医療機関から能力を提供するだけで、月に数百万の報酬を受け取っている。

 それ以外の日は家にこもり、美容と勉強と兄の観察を趣味にしているという変人だ。


「で? またその“玲亜さん”の話?」

「……やめろ。名前出すな」

「はいはい。じゃあ“塩対応の人”って呼ぼうか?」

「呼ぶな」

「お兄ちゃん、顔が猫より赤いよ」

「お前ほんと口悪いな!」


 陽鞠はくすくす笑いながら、ベッドの端に腰を下ろす。

 フェイスパックを外しながら、俺の顔を覗き込んだ。


「で、どんな人なの?」

「どんなって……炎を操るAランク。ミス桃林にも選ばれた人だよ」

「ミス桃林が玲亜って名前なんだ。いいね、美人のAランク。

 やっぱり格差恋愛ってやつだね。お兄ちゃんじゃ容姿もランクも釣り合ってないよ」

「そういう言い方やめろ!」


 陽鞠はパックを折りたたみながら、さらりと続ける。

「でもAランクって言っても、上位八百人くらいでしょ?

 そこそこ優秀だけど、国家登録のSランクはたった百人。

 わたし、上から数えて三十七番目」

「自慢かよ」

「事実。Sは存在してるだけで国の資産扱い。

 ランク制度の上限っていうより、異能社会の“壁”なんだよ」


 俺はその言葉に、少し肩を落とした。

 Cランク――平均よりちょっと上。

 確かに能力はある。でも突出してはいない。


 陽鞠の変身能力は“狐”。

 猫の瞬発力に似た身体能力を持ちながら、“知恵”が付属されている。

 そのため、発動イメージの精度が人間離れしており、

 古来“妖狐”や“九尾”が操ったとされる超常能力を再現できるという。


 それに引き換え、俺の能力なんて“猫になるだけ”だ。

 戦闘にも役立たず、実用性も低い。


「でもね、お兄ちゃんの能力、けっこう希少だよ」

 陽鞠は急に真面目な顔になった。

「動物型変身は遺伝的発現率0.02%。

 ちゃんと鍛えたら、応用の幅、広がると思う」

「……ほんとか?」

「うん。たとえば――」


 陽鞠は立ち上がり、指をひとつ鳴らした。

 次の瞬間、部屋の空気がふわりと揺れた。

 目の前に現れたのは――昨日見たばかりの銀髪の女性。


「どう? この姿、いい感じでしょ?」

「幻覚能力……って、さっきまで曖昧だったじゃん! ど、どこで覚えたんだその顔!?」

「私の知恵力で覚えてないことはなーい」

「無駄に能力を使うなよ!」

「ざーんねん、常時発動してまーす」


 陽鞠――いや、“玲亜の姿をした陽鞠”は、

 そのまま俺の方へ一歩、二歩と近づいてきた。

 銀色の髪が揺れ、視線が真っすぐにぶつかる。

 思わず息が止まる。


「……お兄ちゃん、ちっっちゃいねぇ」

「やめろ、それ以上言うな」

「顔、真っ赤。ほんとに好きなんだ」


 にやりと笑って、彼女はパチンと指を鳴らす。

 幻が霧のように消え、いつもの陽鞠に戻った。


「まあ、幻術のコツも“集中と感情”だからね。

 お兄ちゃんの変身能力も、感情の動きで安定すると思うよ」

「……そういうもんか」

「うん。試してみれば? いつもみたいにキャットフードをトリガーにしてさ」


 陽鞠はしっぽを揺らしながら、軽く笑った。

「そのまま変身して会いに行けば? バレないように。

 継続時間は三十分だったよね? 前の検査で伸びた? 伸びてないよね?」

「三十分だよ!」

「うん。お兄ちゃんの集中力的にそれが限界。

 でも“恋の特訓”にはちょうどいい時間じゃない?」


 いたずらっぽく笑う妹に、俺は頭をかいた。

「お前なぁ……。そのうち油揚げでも買ってきてやるよ」

「無理。油とか美容の敵だから。どうせなら美容液でお願い」

「十歳児のセリフじゃねえ……」


 けらけら笑う陽鞠。

 その笑顔を見ていると、ちょっとだけ元気が出てくる。

 バカみたいだけど、少し勇気が湧いてきた。


「……じゃあ、今夜、練習してみるか」

「練習?」

「変身の」

「いいね。じゃあ私が“玲亜さん役”やってあげる」

「え、いやそれは……」


 言い終わる前に、またパチンと指が鳴る。

 再び現れる銀髪の幻影。

 微笑みながら、彼女――玲亜さん(陽鞠)は言った。


「――じゃあ、恋の練習、始めよっか?」

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