猫人の俺が助けたのは、憧れのあの人(猫アレルギー)でした。
能力が一般化した街〈桃林市〉を舞台に、
猫に変身できるだけのCランク男子と、
猫アレルギーのAランク美少女のちょっとズレた恋を描きます。
「勘違いから始まる異能ラブコメ」が好きな方に、
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
――恋の始まりが、くしゃみの音だったなんて。
そんなの、誰が予想できる?
俺が猫に変身して助けたのは、憧れのAランク美少女。
……ただし、猫アレルギーだった。
◇
桃林市――人口およそ七十万人。
能力のある人間が当たり前に暮らす街だ。
火を灯す人、風を操る人、水を呼ぶ人。
そして、俺みたいに――猫になる人。
風祭凡平、高校二年。
ランクCのしがない一般能力者だ。
変身能力。猫限定。
便利っちゃ便利だが、戦闘にも仕事にも使い道がない。
だから俺は今日も、カフェのバイトでせっせとラテを入れている。
「凡平くーん、ラテアートお願いー」
「はーい、ネコでいいですか?」
「また猫!? ほんと猫しか描けないの!?」
バイト仲間に笑われるのも、もう慣れた。
……だって、猫しか描けないんだから仕方ない。
でも俺にとって“猫”は特別なんだ。
能力の象徴でもあり、唯一ちょっとだけ自信のある部分でもある。
そんな退屈な日常の中で、俺にはひとつだけ特別な瞬間がある。
それは――彼女が来る時だ。
豪徳寺玲亜。
銀髪のロングに淡い赤のピアス。
どこを切り取っても絵になる、Aランク能力者。
桃林の顔とも言える人気者で、火を自在に操る彼女のショーはいつも人だかりだ。
街のミスコンでも一位。SNSでもフォロワー数十万。
でも、そんな彼女が――たまに、俺のバイト先に来る。
「いらっしゃいませ。あ……」
「……カフェラテ、お願いします」
その声を聞くだけで、少しだけ世界が明るくなる。
俺なんかが話しかけられる存在じゃないけど、
たまに“今日も頑張ろう”って思わせてくれる。
たぶん、それが“憧れ”ってやつなんだと思う。
玲亜はいつもひとりで、窓際の席に座る。
マグカップを両手で包みながら、ぼんやりと外を眺めている。
どこか寂しそうなその横顔を、
俺はエスプレッソマシンの陰から、こっそり見つめるのが日課だった。
(ああ……やっぱ、綺麗だな)
AランクとCランク。
火の能力者と、猫になるだけの男。
どう考えても釣り合わない。
だけど、憧れくらいは自由だ。
――そのはずだった。
このあと、まさか彼女を“命がけで助ける”なんて。
しかも、そのとき俺が“猫人”の姿だったなんて――
この時の俺は、知る由もなかった。
◇
15時を過ぎたころ、玲亜はノートを閉じ、立ち上がった。
会計の時に、俺の前で財布を開く。
「いつものでいいですか?」
「うん。ありがとう、凡平くん」
名前を覚えて貰えてた!!!!
コーヒー代を受け取る指先が、ほんの少し触れた。
それだけの事なのに心臓が少し跳ねる。
「あ、明日も、ここに?」
「……かもね」
それだけ言って、玲亜は店を出た。
銀髪が夕陽に溶けていく。
残された俺は、空いたカップを拭きながら小さく息をついた。
「……全然、脈なしかよ」
◇
バイト終わり。
制服を脱ぎ、駅へ向かう途中の橋で足を止めた。
桃林市では、週末になるとあちこちで能力者のイベントが開かれる。
今日もどこかで、光を操るアーティストが夜空を飾っているらしい。
スマホのニュースアプリには、そんな告知が山ほど並んでいる。
(……Aランクは、やっぱすげぇな)
画面に映ったのは――玲亜。
「桃林ナイトフェス特別ステージ」って見出しの下に、彼女の写真が載っていた。
薄暗い背景の中、両手に小さな火を灯して笑っている。
その姿が、まるで本物の炎の精霊みたいで、思わず息を飲んだ。
「……今日だったのか、あれ」
たしか会場は、川沿いの広場のあたりだ。
バイト先から歩いて十五分くらい。
帰り道、ちょっとだけ見に行ってもバチは当たらないよな。
そう思って、俺は足を向けた。
◇
川沿いの遊歩道には、すでに人だかりができていた。
ステージの上、風に髪をなびかせながら、玲亜が立っている。
両手を広げると、掌に灯った小さな火が――一瞬で巨大な花火のように弾けた。
夏の夜空に、大輪の火花が咲いた。
朱と金が混ざるその光の中、ひときわ眩しい炎が、天に向かって舞い上がる。
――そして、落ちてきた。
「……は?」
誰もが空を見上げ、歓声を上げていた。
ただひとり、俺だけが、人が落ちてくることに気づいていた。
長い銀髪。
光を反射して、ゆっくり回転しながら落下してくるシルエット。
炎の軌跡が夜空に残り、その中で彼女の姿がはっきりと見えた。
まさか、落ちてる?
人だかりの悲鳴が上がる。
俺の身体が、勝手に動いていた。
「……マジかよ」
ポケットの中の、小さな銀色の袋を取り出す。
コンビニで買った、猫用キャットフード。
非常時用の、俺の“変身トリガー”だ。
――カリッ。
噛んだ瞬間、世界が裏返る。
血管が熱を帯び、視界が鋭く、暗闇がまるで昼間みたいに見えた。
全身の筋肉がしなる。背筋が伸び、耳の感覚が広がる。
「行くぞ……!」
橋の欄干を蹴る。
足が弾けるように宙を切り、風を裂く。
落ちてくる彼女の影に向かって、まっすぐ飛び込んだ。
夜空の中、花火の残り火が弾けた。
その瞬間、彼女の身体を抱きしめる。
金色の火花と、猫の尻尾が同時に翻る。
――ドン、と水面ぎりぎりに着地。
足の裏が、ひりつくように痛い。けれど、腕の中は温かい。
「だ、大丈夫……ですか?」
玲亜の目がゆっくりと開く。
金色の光を宿したような瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。
その顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、あなた……」
「立てますか?」
「……あ、う、うん……」
言葉が詰まっている。
手を取ろうとすると、玲亜は一瞬びくっとして、顔を逸らした。
「ご、ごめんなさいっ……!」
何を謝っているのかわからない。
けど、顔は紅潮して、息も荒い。
涙のような光が目尻に浮かんで、頬を染めている。
(え、これ……もしかして――)
抱きとめた瞬間のドキドキ?
それとも、助けられたことに感動して……?
(いやいやいや、そんな都合よく……でも顔真っ赤だし、息上がってるし……)
頭の中で“理性”と“勘違い”が殴り合っている間に、玲亜は距離を取った。
両手で頬を押さえながら、後ずさる。
「ありがとう……でも、私、もう行かなきゃ」
「え、あ、でもケガ――」
「平気! ほんとにありがとうっ!猫さん!」
「猫さん!?」
そう言って、マッチを取り出した。
火を灯し、それをくるりと回すと、炎が橋の上まで続く階段になった。
玲亜はそのまま駆け上がり、夜の光の中へ消えていった。
残されたのは、凡平ひとり。
しばらく立ち尽くして、ぽつりと呟いた。
「……もしかして、脈アリ?」
さすがに調子に乗りすぎだとは思った。
でもあの顔、息、声。
普通じゃなかった。
恋愛ドラマだったら、完全にそういう流れだ。
思わず頬を掻きながら、にやけそうになるのを必死に抑える。
「いや、落ち着け凡平……俺は猫だ、いや猫人だ。冷静になれ……!」
頭を振って、橋の下を見下ろす。
川面に花火の光が揺れていた。
それを見つめながら、胸の奥が少し熱くなる。
彼女の中で、ほんの少しでも“何か”が残っていれば。
それでいい。
そう思って、空を見上げた。
◇
その夜、イベントが終わったあと。
控室で玲亜はハンカチで鼻を押さえていた。
「は、はくしゅんっ!」
「大丈夫ですか? 豪徳寺さん」
「……うん、大丈夫……ちょっと、アレルギーが出ただけ」
「アレルギー?」
「猫アレルギー」
言って、自分でも少し笑ってしまう。
助けてくれたあの“猫人”の顔を思い出して、頬がまた熱くなる。
あの黒髪の人、優しかった。
手が温かくて、匂いが少し甘くて――。
でも、鼻がムズムズして仕方なかった。
あのあとすぐに涙目になって、息が詰まったのは、そういうこと。
(助けてくれたのは……猫人さん、か)
ふっと笑って、玲亜は窓の外を見た。
夜の街に、まだ小さな火花が残っているように見えた。
……でも、あの猫さん。なんであんなに、優しい目をしてたんだろ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
猫人・凡平と炎使い・玲亜の物語、
まだまだ“勘違い”は始まったばかりです。
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