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猫人の俺が助けたのは、憧れのあの人(猫アレルギー)でした。

能力が一般化した街〈桃林市〉を舞台に、

猫に変身できるだけのCランク男子と、

猫アレルギーのAランク美少女のちょっとズレた恋を描きます。


「勘違いから始まる異能ラブコメ」が好きな方に、

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

――恋の始まりが、くしゃみの音だったなんて。

 そんなの、誰が予想できる?

 俺が猫に変身して助けたのは、憧れのAランク美少女。

 ……ただし、猫アレルギーだった。



 桃林市――人口およそ七十万人。

 能力のある人間が当たり前に暮らす街だ。


 火を灯す人、風を操る人、水を呼ぶ人。

 そして、俺みたいに――猫になる人。


 風祭凡平かざまつり・ぼんぺい、高校二年。

 ランクCのしがない一般能力者だ。

 変身能力。猫限定。

 便利っちゃ便利だが、戦闘にも仕事にも使い道がない。

 だから俺は今日も、カフェのバイトでせっせとラテを入れている。


「凡平くーん、ラテアートお願いー」

「はーい、ネコでいいですか?」

「また猫!? ほんと猫しか描けないの!?」


 バイト仲間に笑われるのも、もう慣れた。

 ……だって、猫しか描けないんだから仕方ない。

 でも俺にとって“猫”は特別なんだ。

 能力の象徴でもあり、唯一ちょっとだけ自信のある部分でもある。


 そんな退屈な日常の中で、俺にはひとつだけ特別な瞬間がある。

 それは――彼女が来る時だ。


 豪徳寺玲亜ごうとくじ・れあ

 銀髪のロングに淡い赤のピアス。

 どこを切り取っても絵になる、Aランク能力者。

 桃林の顔とも言える人気者で、火を自在に操る彼女のショーはいつも人だかりだ。

 街のミスコンでも一位。SNSでもフォロワー数十万。

 でも、そんな彼女が――たまに、俺のバイト先に来る。


「いらっしゃいませ。あ……」

「……カフェラテ、お願いします」


 その声を聞くだけで、少しだけ世界が明るくなる。

 俺なんかが話しかけられる存在じゃないけど、

 たまに“今日も頑張ろう”って思わせてくれる。


 たぶん、それが“憧れ”ってやつなんだと思う。


 玲亜はいつもひとりで、窓際の席に座る。

 マグカップを両手で包みながら、ぼんやりと外を眺めている。

 どこか寂しそうなその横顔を、

 俺はエスプレッソマシンの陰から、こっそり見つめるのが日課だった。


(ああ……やっぱ、綺麗だな)


 AランクとCランク。

 火の能力者と、猫になるだけの男。

 どう考えても釣り合わない。

 だけど、憧れくらいは自由だ。


 ――そのはずだった。


 このあと、まさか彼女を“命がけで助ける”なんて。

 しかも、そのとき俺が“猫人ねこびと”の姿だったなんて――

 この時の俺は、知る由もなかった。



 15時を過ぎたころ、玲亜はノートを閉じ、立ち上がった。

 会計の時に、俺の前で財布を開く。


「いつものでいいですか?」


「うん。ありがとう、凡平くん」


 名前を覚えて貰えてた!!!!

 コーヒー代を受け取る指先が、ほんの少し触れた。

それだけの事なのに心臓が少し跳ねる。


「あ、明日も、ここに?」


「……かもね」


 それだけ言って、玲亜は店を出た。

 銀髪が夕陽に溶けていく。


 残された俺は、空いたカップを拭きながら小さく息をついた。


「……全然、脈なしかよ」



 バイト終わり。

 制服を脱ぎ、駅へ向かう途中の橋で足を止めた。


桃林市では、週末になるとあちこちで能力者のイベントが開かれる。

 今日もどこかで、光を操るアーティストが夜空を飾っているらしい。

 スマホのニュースアプリには、そんな告知が山ほど並んでいる。


(……Aランクは、やっぱすげぇな)


 画面に映ったのは――玲亜。

 「桃林ナイトフェス特別ステージ」って見出しの下に、彼女の写真が載っていた。

 薄暗い背景の中、両手に小さな火を灯して笑っている。

 その姿が、まるで本物の炎の精霊みたいで、思わず息を飲んだ。


「……今日だったのか、あれ」


 たしか会場は、川沿いの広場のあたりだ。

 バイト先から歩いて十五分くらい。

 帰り道、ちょっとだけ見に行ってもバチは当たらないよな。

 そう思って、俺は足を向けた。



 川沿いの遊歩道には、すでに人だかりができていた。

 ステージの上、風に髪をなびかせながら、玲亜が立っている。

 両手を広げると、掌に灯った小さな火が――一瞬で巨大な花火のように弾けた。


夏の夜空に、大輪の火花が咲いた。

 朱と金が混ざるその光の中、ひときわ眩しい炎が、天に向かって舞い上がる。


 ――そして、落ちてきた。


「……は?」


 誰もが空を見上げ、歓声を上げていた。

 ただひとり、俺だけが、人が落ちてくることに気づいていた。


 長い銀髪。

 光を反射して、ゆっくり回転しながら落下してくるシルエット。

 炎の軌跡が夜空に残り、その中で彼女の姿がはっきりと見えた。


 まさか、落ちてる?


 人だかりの悲鳴が上がる。

俺の身体が、勝手に動いていた。


「……マジかよ」


 ポケットの中の、小さな銀色の袋を取り出す。

 コンビニで買った、猫用キャットフード。


 非常時用の、俺の“変身トリガー”だ。


 ――カリッ。


 噛んだ瞬間、世界が裏返る。

 血管が熱を帯び、視界が鋭く、暗闇がまるで昼間みたいに見えた。

 全身の筋肉がしなる。背筋が伸び、耳の感覚が広がる。


「行くぞ……!」


 橋の欄干を蹴る。

 足が弾けるように宙を切り、風を裂く。

 落ちてくる彼女の影に向かって、まっすぐ飛び込んだ。


 夜空の中、花火の残り火が弾けた。

 その瞬間、彼女の身体を抱きしめる。

 金色の火花と、猫の尻尾が同時に翻る。


 ――ドン、と水面ぎりぎりに着地。

 足の裏が、ひりつくように痛い。けれど、腕の中は温かい。


「だ、大丈夫……ですか?」


 玲亜の目がゆっくりと開く。

 金色の光を宿したような瞳が、真っ直ぐにこちらを見た。

 その顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、あなた……」


「立てますか?」


「……あ、う、うん……」


 言葉が詰まっている。

 手を取ろうとすると、玲亜は一瞬びくっとして、顔を逸らした。


「ご、ごめんなさいっ……!」


 何を謝っているのかわからない。

 けど、顔は紅潮して、息も荒い。

 涙のような光が目尻に浮かんで、頬を染めている。


(え、これ……もしかして――)


 抱きとめた瞬間のドキドキ?

 それとも、助けられたことに感動して……?


(いやいやいや、そんな都合よく……でも顔真っ赤だし、息上がってるし……)


 頭の中で“理性”と“勘違い”が殴り合っている間に、玲亜は距離を取った。

 両手で頬を押さえながら、後ずさる。


「ありがとう……でも、私、もう行かなきゃ」


「え、あ、でもケガ――」


「平気! ほんとにありがとうっ!猫さん!」

「猫さん!?」


 そう言って、マッチを取り出した。

 火を灯し、それをくるりと回すと、炎が橋の上まで続く階段になった。

 玲亜はそのまま駆け上がり、夜の光の中へ消えていった。


 残されたのは、凡平ひとり。


 しばらく立ち尽くして、ぽつりと呟いた。


「……もしかして、脈アリ?」


 さすがに調子に乗りすぎだとは思った。

 でもあの顔、息、声。

 普通じゃなかった。

 恋愛ドラマだったら、完全にそういう流れだ。


 思わず頬を掻きながら、にやけそうになるのを必死に抑える。


「いや、落ち着け凡平……俺は猫だ、いや猫人だ。冷静になれ……!」


 頭を振って、橋の下を見下ろす。

 川面に花火の光が揺れていた。


 それを見つめながら、胸の奥が少し熱くなる。

 彼女の中で、ほんの少しでも“何か”が残っていれば。

 それでいい。

 そう思って、空を見上げた。



 その夜、イベントが終わったあと。

 控室で玲亜はハンカチで鼻を押さえていた。


「は、はくしゅんっ!」


「大丈夫ですか? 豪徳寺さん」


「……うん、大丈夫……ちょっと、アレルギーが出ただけ」


「アレルギー?」


「猫アレルギー」


 言って、自分でも少し笑ってしまう。

 助けてくれたあの“猫人”の顔を思い出して、頬がまた熱くなる。


 あの黒髪の人、優しかった。

 手が温かくて、匂いが少し甘くて――。


 でも、鼻がムズムズして仕方なかった。

 あのあとすぐに涙目になって、息が詰まったのは、そういうこと。


(助けてくれたのは……猫人さん、か)


 ふっと笑って、玲亜は窓の外を見た。

 夜の街に、まだ小さな火花が残っているように見えた。


……でも、あの猫さん。なんであんなに、優しい目をしてたんだろ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


猫人・凡平と炎使い・玲亜の物語、

まだまだ“勘違い”は始まったばかりです。


この作品が少しでも面白いと思っていただけたら、

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