7話 創造力
環輪は円形ホールの中央に立ち、右腕から伸びる漆黒の鎖を見つめていた。鎖はまるで意思を持ったようにうねり、鋭い金属音を響かせ、ホールの空気を震わせる。受験生たちのざわめきと、案内人の一瞬の硬直が、輪の胸に奇妙な不安を刻んだ。
「くそっ…これ、どうすりゃいいんだよ!?」
輪は鎖を引っ張ってみるが、鎖は地面を這い、まるで輪の情熱に応えるようにさらにうねる。魂に刻まれた「鎖」の創造者の感覚は確かだが、創名は黒く塗り潰され、読めないまま。
「創名が…見えねえって何だよ? みんなちゃんと名前わかってんのに、俺だけなんでこうなるんだ!」
受験生たちは第一試験を終え、ざわめきながらホールを出ていく。悠真が輪のそばに立ち、穏やかな笑みを浮かべる。
「環輪、派手な登場だな。これが創造の力か。創名が見えないのも…何か意味があるのかもな。」
輪は肩をすくめ、鎖を振ってみる。
「意味ってか、めっちゃ困るんだけど! お前の『無双の剣』、めっちゃカッコいいじゃん。俺、なんでこうなるんだよ!」
悠真はくすりと笑い、輪の鎖を指差す。
「まあ、この鎖、目立ってるぞ。良かったじゃないか」
「目立つって…恥ずいだけだろ! ほら、みんな俺のことガン見してんぞ!」
確かに、ホールに残る数人の受験生が、遠巻きに輪を見つめている。輪は照れ隠しに鎖を巻きつけてみるが、鎖は長すぎて地面を引きずる。
その時、案内人が輪に近づき、静かな声で告げた。
「環輪、鎖をどうするかは、次の試験で明らかになる。そのまま移動せよ。」
輪は目を丸くする。
「え、ちょっと待て! これ、どうやって戻すんだ!? こんなデカい鎖、持ち歩けねえよ!」
案内人は無表情で繰り返す。
「次の試験は、創造力の制御に関連する。その鎖は、お前の魂の一部だ。移動せよ。」
輪は唖然とし、鎖を指差す。
「魂の一部って…こんなゴツい鎖、どーすりゃいいんだよ!?」
悠真が笑いを堪えきれず、肩を震わせる。
「笑うなよ、悠真! お前も何か出てたら、こんな気分になっただ!」
輪はムッとするが、悠真の笑顔に少し安心する。悠真は冷静に言う。
「よし、手伝うよ。どうやって運ぶか、考えてみよう。」
輪は渋々頷き、鎖を手に巻きつけてみるが、鎖は重く、地面にずるりと広がる。悠真は鎖の端を持ち、軽く引っ張って輪をからかう。
「ほら、さっさと行くぞ。置いてくからな。」
「うるせえ! お前、めっちゃ楽しそうじゃん!」
二人は笑い合いながら、鎖をどうにかまとめ、ホールを出る。遠くで、白月が輪の騒々しい姿を一瞥するが、無表情で立ち去った。
―――
案内人に導かれ、広大な講堂へと移動した。講堂は、星空のような天井と、光を反射する石の床でできた、荘厳な空間だった。中央には、浮遊する光の玉が柔らかく輝き、受験生たちを照らしている。輪は鎖を肩に担ぎ、悠真と並んで席に着く。鎖はまだうねるが、輪の意志に少しずつ従うようになっていた。
「これ、ほんとに魂の一部って感じだな…。でも、創名がわかんねえのがモヤモヤするぜ。」
悠真は隣で微笑み、
「きっと次の試験で何か分かるさ。」
講堂に、軽やかな足音が響いた。黒髪を長く流した女性―学園長クウアが現れた。アラサーほどの若々しい外見だが、彼女の瞳は宇宙の深淵を映すように深く、神秘的な威厳を放っている。白いローブが光を反射し、講堂の雰囲気を一層荘厳にしていた。輪は、クウアの存在感に圧倒され、鎖を握る手に力が入る。
「受験生諸君、第一の試験を終えた魂に祝福を。」
クウアの声は、講堂全体に響き、魂に直接語りかけるようだった。彼女は光の玉に手を伸ばし、講堂に星屑のような光が広がる。
「汝らは『天啓の種』を取り込み、創造者として覚醒した。だが、創造者であることは始まりに過ぎない。今日、汝らに『形』、『創名』、そして『創造力の使い方』を伝え、第二の試験に備えさせる。」
輪は身を乗り出し、クウアの言葉に耳を傾ける。鎖が微かに震え、彼女の声に反応している気がした。クウアは続ける。
「『形』は、汝の魂の資質を象徴する。それぞれが、汝の可能性を体現する。『創名』は、その本質を名で表す。そして創名には3種類ある。武具を創造するような「具現創造型」、対象のは事象を変化させる[概念創像型]、自身に強化や変化をを創造する「自己創造型」に分けられる」
クウアの視線が一瞬、輪に止まる。
「そして、創名が隠された者もいる。それは、魂の可能性が未定であるか、あるいは…封じられている証かもしれない。」
輪はゴクリと唾を飲み込む。
「封じられてる…? 俺の創名、なんで隠れてんだよ…。」
輪は頷鎖を握りしめる。クウアの言葉は、まるで輪の魂を見透かしているようだった。
クウアは講堂を見渡し、続ける。
「『創造力の使い方』は、意志と想像の力に他ならない。創造力は、創名の形を具現化するためなら必要不可欠なものだ。また、汝らが『理想の動き』を想像することで、創造力を消費し、身体を自由に変化させることができる。」
彼女は光の玉に触れ、講堂に映像が浮かぶ。
「例えば、剣の創造者は刃を具現化し、斬撃を放つ。だが、創造力を消費し、身体を強化して素早く動くこともできる。創造力は有限だ。制御できねば、力は暴走し、汝自身を飲み込む。」
クウアの視線が再び輪に止まり、鋭く言う。「例えば、創造の力が暴発し、顕現することは、極めて稀だ。制御の重要性を、身をもって知るがよい。」
輪は顔を赤らめ、鎖をチラリと見る。
「うっ…俺のことバッチリ見られてるじゃん…。」
受験生たちの間に軽い笑いが広がり、悠真もくすりと笑う。
クウアは続ける。
「創造力は、汝の想像力と直結する。動きたい動きを強くイメージし、意志で制御せよ。だが、力を使いすぎれば、魂は疲弊する。第二の試験では、創造力の制御と応用が試される。覚悟せよ。」
彼女の声は、講堂に重く響いた。
「未来を創る種は、汝らの手にある。」
講義が終わり、案内人が受験生たちを次の会場へ導く。輪は鎖を肩に担ぎ、悠真と並んで歩く。鎖は重いが、クウアの言葉で少し扱いやすくなった気がした。
「悠真、なんか…めっちゃヤバい試験になりそうだな。創造力で動くって、どんな感じなんだろ?」
悠真は微笑み、頷く。
「そうだな。環輪、お前の鎖、どんな動きを見せるか楽しみだよ。」
輪はニヤリと笑い、鎖を握る。
「創名はまだよくわかんねえけど、ぶちかますぜ!」