2話 邂逅
「このままじゃ、商店街がめちゃくちゃになる…!」
俺は周囲に目をやった。すでに何台かの車がひっくり返り、シャッターが壊された店舗もある。人々はパニックの極みで、ただ逃げ惑っているだけだ。警察も消防も、こんな相手にどうすることもできないだろう。
どうする?
頭の中を必死に回転させる。この状況で、どうにかして時間を稼ぐか、あるいは一撃でも与える方法はないか?
化け物は、俺の前に立ちはだかるように、ゆっくりと歩を進めてくる。その一歩ごとに地面が震え、俺の足元のアスファルトにひびが入る。
一対一で力勝負は無理だ。
ラーメン部で培った体力があっても、あれと正面からぶつかるのは無謀だ。あの巨体と力には、どうやっても勝てない。
化け物が、商店街の真ん中で立ち止まり、その巨大な翼を広げた。全身が漆黒の毛のようなもので覆われた翼が、夕暮れの空を隠す。そして、ゆっくりと地面を離れ、上空へと舞い上がった。
「くそっ、空も飛べるのかよ…!」
俺の頭の中で警報が鳴り響く。地面にいるだけならまだしも、空から攻撃されたら逃げ場がない。
奴は、商店街を俯瞰するように旋回し、俺めがけて一直線に急降下してきた。
「まずい…!」
俺は咄嗟に、近くの建物のひさしの下へと飛び込む。化け物の爪が、俺がいた場所の真上を通過し、ひさしを粉砕した。コンクリートの破片が降り注ぎ、俺は顔を腕で覆った。
奴は再び空に舞い上がり、次の攻撃の機会をうかがっている。俺は、このままではジリ貧だと悟った。
どうにかして、あいつの動きを封じるか、落とす方法はないか?
俺は周囲を見渡した。商店街の店々のシャッターはほとんど閉まっている。だが、八百屋の軒先にはまだたくさんの野菜が散乱している。キャベツ、大根、玉ねぎ……。瓦礫と化した商店街の中で、一台の軽トラックがひっくり返っているのが目に留まった。どうやら、荷物を運んでいた最中に巻き込まれたらしい。そのトラックの運転席から、けたたましい音量の音楽が鳴り響いている。
爆音だ。
化け物は、その音に一瞬動きを止める。その赤い瞳が、音楽が鳴り響く軽トラックに向けられた。奴は、まるで獲物を見つけたかのように、その車に向かって舞い降りて、そのトラックを粉砕した。
やばい、あんなのに当たったら、ひとたまりもないぞ。
俺はふと、商店街のアーケードに目をやった。アーケードを支える鉄骨の柱が、いくつも並んでいる。
そうだ、音だ。さっきのトラックみたいに音を出せば引き寄せられる!
俺は、アーケードの柱に手をかけた。その鉄骨を思いっきり叩く。
キィィィィィィン!!
甲高い金属音が商店街に響き渡った。化け物は、その音に一瞬動きを止める。
俺は、その隙に近くにあった空き缶を拾い、アーケードの屋根に向かって投げつける。カンカンカン!と、乾いた音が響く。
「こっちだ、化け物!」
俺は、アーケードの下を走りながら、手当たり次第に物を叩き、音を立てて化け物の注意をひいた。化け物は、俺の立てる音に翻弄され、商店街の狭い空間をうまく飛べないでいる。
よし、この調子だ…!
俺は、商店街の奥にある電気屋へと向かった。店内にはまだ、いくつかの家電が残っているのが見えた。狙いは、そこにあった巨大なスピーカーだ。
シャッターは半開きで、なんとか体が通る隙間があった。俺は全速力で電気屋の入り口へ向かう。
俺が店内に入ると、化け物はそれを追って電気屋に突進してくる。だが、奴の巨体はシャッターの隙間をくぐり抜けることができない。奴は苛立たしげにシャッターを叩き、店全体を揺らした。
「ここだ…!」
俺は店の奥にあるスピーカーを見つけ、配線を繋いだ。近くに落ちていたアンプの電源を入れ、マイクを手に取る。そして、最大音量で叫んだ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
ゴォォォォォン!!
と、商店街全体が揺れるほどの、爆音とハウリングが響き渡る。化け物は、その音に耐えきれず、翼で耳を塞ぐようにして、空中でバランスを崩した。
今だ…!
俺は、スピーカーのコードを引っ張り、空中に浮かんでいる化け物めがけて投げつける。コードは化け物の翼に絡まり、奴は身動きが取れなくなった。
化け物は、コードをちぎろうと必死にもがくが、スピーカーの重みとコードの絡まりで、じりじりと地面へと引きずり下ろされる。
俺は、瓦礫になった屋台の残骸から、鉄の棒を掴んだ。奴が地面に落ちてきたら、それで……。
その時、空に、一筋の光が走った。
まるで夜空を切り裂く流星のような、純粋な白い光。その光は、商店街の混沌とした空間を一直線に貫き、スピーカーのコードに絡まった化け物の全身を包み込んだ。
「…な、なんだ…?」
光に飲み込まれた化け物が、奇妙な悲鳴を上げた。咆哮でもない、苦悶に満ちた叫び。そして、まるで水に溶ける砂糖みたいに、みるみるうちにその黒い体が崩壊していく。漆黒の影が煙のように空に消え、最後に残ったのは、焦げ付いたアスファルトの匂いだけだった。
俺は呆然と、その光景を見つめていた。何が起こったのか、理解が追いつかない。
すると、光が消えた場所に、一人の青年が立っていた。
年の頃は俺と同じくらいか、少し上に見える。俺とは違う、どこか洗練された雰囲気の持ち主だ。彼は俺に視線を向けると、ゆっくりと近づいてきた。
「大丈夫か?」
その声は、静かでありながら力強かった。俺は、震える体でなんとか頷く。
彼は俺の前に屈みこむと、懐から一枚のカードを取り出した。黒地に銀色の文字が刻まれた、なんとも不思議なカードだ。
「お前、あれに抵抗する資質があるな。今の行動を見て、それが確信に変わった。」
青年が言った言葉に、俺は首を傾げる。
「俺は、レイ。創造代行者だ。」
彼は俺にカードを差し出した。
「これは、天令学園への招待状だ。あれと対峙する使命を持った、創造代行者を育てるための学校。お前みたいな、特別な資質を持つやつを求めてる。」
俺は、彼の言葉を理解するのに時間がかかった。創造代行者、そして天令学園……。ラーメン部を引退し、受験勉強に専念しようと決めた、たった数時間後の出来事だ。人生の歯車が、音を立てて全く違う方向へ回り出したような、そんな気がした。
俺は、レイという青年が差し出す招待状と、瓦礫と化した商店街を交互に見つめる。俺の日常は、あの空に開いた裂け目から現れた化け物によって、完全に塗り替えられてしまった。
まるで、新しいラーメンの味を探すように。俺の心は、これから始まるであろう未知の世界への、期待と不安で満たされていた。