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7:グレイの夢の国

グレイは今、幸せの真っ只中にいる。

天国って案外近くにあったんですね。


幸せで幸せで、この幸せがこのまま一生続けは良いと本気で考えながら、手元の本のページを捲る。

長年の夢の場所だった皇宮図書館の机席に、目についた未読本を片っ端から本棚から持ってきて積み上げ「蔵書の要塞」を作ると、グレイはただひたすらに自らの探求心の向くままに本を読みふけっていた。




今朝というか、ほぼ昼に近い時間、側近連中に公務に引っ張って行かれた皇帝陛下が「約束は約束だ」と男気を出され、皇宮図書館の鍵を渡してくれた。


はい。飛び上がって喜びました。

天にも昇る心地とはこのことだと、身をもって知りました。


案内をするとの侍女さんの申し出は丁重にお断りして、グレイは出された着替えに袖を通し、ボタンを留めるのもそこそこに裸足のまま走り出した。


案内なく脱兎のごとく走り出したグレイに、侍女さん達は立ち尽くしていたがそれはどうでもよかった。

グレイの現在の身の上は、いつ殺されてもおかしくない戦争捕虜だ。

一分一秒が惜しくて、侍女さんとしずしず廊下を歩く時間がもったいなかった。


実は、大きな声では言えないが、東の大国の皇宮図は頭に入っている。

東と国と西の国との戦前に、皇宮図書館の蔵書量を知ったグレイは、何とか潜り込めないかと図面を暗記したことがあるからだ。


迷いもせず皇宮図書館の扉にたどり着く。目の前に「未読本」という餌をぶら下げられたのだ、全速力で走るに決まっている。


息を切らして追ってきた近衛兵達はグレイのあまりの足の速さにあっけにとられながら「単独行動は認められていない!今後このようなことがあれば不審行動として、切り捨てることもある!」と強く断じてきた。


かなりの剣幕で怒られたが、夢の図書館にたどり着いて頭に花が咲いているグレイが、にへらと笑うと、彼らはなぜか頬を赤く染め「今日は許します」ともごもご言いながら、図書館の警備に付いてくれた。


お陰でこの広大な図書館に、グレイはただいま絶賛ひとりきりだ。

祈ったこともない神に「ありがとうございます」と心の中で手を合わせる。




「―――天地開闢記に載ってた通りだ、やっぱり、バルトサールとバルナバーシュが分断した理由はこれか」

「古代古語記述が読めんのか?本当に何者―――って、なんだその顔?!女将軍そっくりじゃなねえか!!ええっ、昨日のぼろぼろ双子兄か?本当に、同一人物なのか?!」

聞いたこともない声が耳元で聞こえて、夢から覚めたように瞬いて顔を上げると、思い切り指を刺されて思わず引いてしまう。


グレイは声の主の顔をじっと見た。


緩い癖のある濃茶の髪の男前。その軍装から、まごうことなき軍人とわかるが、記憶の中、昨日の謁見の間で、皇帝に近い位置に守るように立っていた?……気がする。

ううんと。あれ?戦場でも数回見た気がするが、その時は甲冑姿で顔も目元くらいしか見えなかったが、その印象的なオリーブの瞳には見覚えがある。

名は確か―――。


「ヒューバート・ビル・アシュビー………公爵閣下?」

「―――妹君には会ったことはあるが、貴公に会うのは初めてなはずだ。何故俺を知っている?」

不審げに眉を寄せる将軍兼務の軍閥公爵に、グレイは立ち上がって礼を取った。

「戦時中は、軍略分析に入っていましたので、皇帝陛下の側近の方々は絵姿で―――。お初にお目にかかります。グレイ・ブラッドフォードと申します」


戦争は終結したとはいえ、戦場で数回邂逅があるとは言えない。何故戦場に居たかと問われれば、答えられる言葉がグレイにはない。

西の国に属するグレイだが、西の国でもそれを知るものは数名に限られる。

実は、クレアが負傷した時に、影武者として数度戦場を駆けたことが、あるのだ。

理由は………貴重文献の探索の為である。


「解せんが、まあいい。しっかし、化けたなあ。女将軍にそっくりだ」

「化けるではなく今が素でしょう。謁見時の方が、擬態していた?違いますか?」

公爵閣下の後ろから、もう一人癖のない金髪を後ろに結んだ左目にモノクルを装着した男が、現れるなりグレイを一刀両断してくる。


皇帝陛下に面差しが似たこれまた綺麗な顔立ちをした、神経質そうな男だ。

金髪にアメジストの瞳で、皇帝に似ていると来ると、恐らくは皇帝の従兄の宰相様だ。

()()貴公の事だ、私の事も、知っている顔ですね?」


おう………。

これは、喧嘩を売られているな。

軍閥公爵はただ単に不審者を見る目だが、こちらの宰相様は、明らかにこちらに探りを入れている。

であれば、下手に喧嘩を買うよりも舐められている方が、グレイには都合がいい。


「いえ、ダグラス・アトリー・ハミルトン宰相閣下の名を知らない者の方が、今の世には少ないのでは………」

したでに出て腰が引けた感じで礼を取るグレイに、ダグラスはモノクルの下のアメジストの瞳を冷たく光らせた。


これは、ヤバいかもしれない。

皇帝陛下からの「首ちょんぱ」はどうにか避けられたものの、宰相閣下から、その引導を渡される可能性が出てきたかもしれない。

なんとか、この机に積み上げた文献を読む時間だけは生き永らえたい。


なんでまた、この図書館というグレイの楽園に、皇帝陛下の超側近の二人が現れたんだ?

皇帝陛下が約束を守って、ここの鍵をくれたというのに。くそう。

何か宰相閣下の気を紛らわせる話の一つや二つ、かまして―――。

と、グレイがそこまで考えた時である。


「バルトサールとバルナバーシュの分断の理由―――。とおっしゃってましたが、貴公はまさか………」

「これ!!ここに!!―――――――この本に記載がありました!!!」

崖っぷちに足先だけで立つ心境だったグレイは、諸手を挙げて開いた古代古語文献を指差した。

「おおっ!!まさか、見つけたのですか?!」

もの凄い勢いで、軍神の二つ名を持つ将軍を脇に投げつけて、宰相閣下が飛びついてきた。


目がらんらんに輝いています。

これは、間違いない。宰相閣下はまごうことなき、俺と同種の同胞だ。


グレイとダグラスは、互いに手を握り合わんがごとく、ひとつの本の文脈を二人の指で指し示しながら、顔を紅潮させ頷き合っていた。

そんな彼らの後ろから、真打が登場した。




「これは―――一体どういう状況だ?」




アルベルトの凍り付くような冷たい声に、ダグラスに投げつけられ茫然と床に伏していたヒューバートが瞬時に立ち上がり、本の虫二人は「今がいいところなのに」と眉を寄せながら顔を上げた。


「―――なんだその恰好は……シャツのボタンが掛け違っている。子供かっ?というより、子供以下だな………」

皇帝陛下が肺の空気全部を吐き出す、お決まりのため息を盛大にこぼしてくれた。


見れば、確かにグレイのシャツの前身ごろはがおかしい。

なぜこんなによじれているかよくよく見ると、ボタンの掛け違いがあった。

掛け違い箇所は、ほぼ全部だった。

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