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6:皇帝陛下は夜の帝王ではありません

アルベルトの一日のスケジュールは、最近は毎日ほぼ変わらない。


慢性的な不眠症状から、ほとんど眠ることのないアルベルトは、夜明けと共に武術鍛錬を行う。

それが終わるろ、入浴。その後に朝食と一緒に執務をこなし、閣僚との朝議。

朝議が終われば各省庁からの報告を受けながらの執務と軽い昼食。

午後には軍務と各国要人との会談、隙間に執務と夕食―――。



気付けばいつも夜だ。

今の自分の世界と、置かれた責務に、何の不満もありはしない。



望んで、この場所に居る。

望んで、皇帝となる為、全ての敵を薙ぎ払い打ち払ってきた。



西の国との大きな戦闘も終わり、戦後処理も終盤に差し掛かった今、国内にも皇宮にも何の問題もなく、日々国の安定を考えれば良いはずのアルベルトの頭は今、突如として現れた一人の男の事でいっぱいだ。


あいつは一体何者なのか?

西の女将軍の双子の兄だという事実は理解したが、その他のプロフィールが、あまりにもありえなさすぎる。

自分の命よりも本を優先するのも、おかしいと思う。

将軍家という武門軍閥の家に生まれながら、あの仕上がりは一体何なんだ?


自分は結んだ約束は破らない。

皇宮図書館の鍵を渡すと、飛び上がって喜んで図書館に走り去り、それから一度も姿を見ていない。


東の大国で銀狼王という二つ名を持つ皇帝アルベルトは、頭を抱えていた。




今日の皇宮は、西の国から来た戦争捕虜の話題でもちきりだった。

昨日の謁見の間での一件から、今朝(?)の私室での一件までが、皇宮内に広く話題を提供したらしい。




「皇帝陛下が西の女将軍を召したら、来たのは双子だとは言うが、似ても似つかないぼろぼろの男だって言うじゃないか?西の国ももう終わりだな」

と、誰かが言うと。

「いや違う!洗ったら女将軍そっくりの美貌だったらしい!そこに居合わせた女官侍女連中が大騒ぎだったらしいぞ!この世のものとは思えん美しさだと!」

すると、それを受けたものが続ける。

「手を出されない為に、わざと変装してきたってか?陛下、手が早いらしいからなあ。西までその話伝わってんの?笑えるな」

「でも、男だろ?いくらキレイといってもなあ、男に手ぇ出すなんてあの陛下が、ありえんだろう」

「俺が聞いた話によると―――」



・・・



騎士団(うち)の詰め所に流れてきた噂は、『陛下が速攻で手を出して手籠めにして、夜明けの武術訓練も朝議もぶっちぎって、昼近くまでお楽しみだった』という内容でした。―――あ、侍従連が部屋に押し入った時は、まだベッドにいたって本当か?陛下絶倫無双説まで、騎士団では噂になってたぞ」


はっはっはっ。と男くさい容貌で爽やかに笑う騎士団総長ヒューバート・ビル・アシュビーは、軍部トップの将軍職も兼任する、アルベルトの腹心の部下であり幼馴染でもある為、容赦がない。


噂話というものは、尾ひれがついて雪だるま式に話が大きくなるのは良くあることだが―――これはあまりにひどい。

アルベルトは本気で頭が痛くなってきた。


「言葉が崩れ過ぎです。ヒュー」

政務トップの宰相でアルベルトの片腕である、ダグラス・アトリー・ハミルトンが左目に装着するモノクルの位置を直しながら、ヒューバートをいなす。

「だってよダグ。笑えるじゃないか?アルが絶倫って!こいつ、夜の帝王とか言われまくってるけど、経験なしの童貞野郎じゃねーか!」

「―――ヒュー……言いすぎです」

もはや限界と腹を抱えてヒーヒー笑う将軍の横で、宰相も肩を震わせている。


自分は皇帝だと言うのに、付き合いの長いコイツらは全くもって本当に容赦がない。

アルベルトは不機嫌極まりない顔のまま、鷹揚に腕を組んで側近二人を睨みつけた。


「不敬罪で殺されたいのか?」

「いや、まだ死にたくない」

まだ笑い足りない様子で、涙の滲む目元の涙を拭うヒューバートは「笑った笑った」とアルベルトの執務机に腰を下ろして、主と定めた皇帝に視線を向けた。


「で?」

「で―――とはなんだ?」

「謁見の間でしか見てないが、あのぼろぼろに本当に手を出したのか?」


ヒューバートとダグラスは、皇帝アルベルトの最側近として、謁見の間での邂逅に同席していた。

本来居るべき西の女将軍クレアと二人は、戦場で行った降伏勧告で対面している為、謁見の間では「自称双子の兄」とクレアとの間違い探しをすることに終始していたらしい。


髪色以外、同じところを探すのが難しい位だったのに、その後どうしてか、私室に連れて行ったアルベルトとの間に何があったのか、二人がそれを聞きたいのはわかる。


「手なんて出すわけがないだろう。男に手を出す程困ってないし、そもそもそんなことに興味もない」

「では、どうしたというのですか?貴方ともあろう人が。興が湧いたとしても、あれは敵国の―――まったくそのように見えませんが将軍家の人間でしょう?私室に入れるなど、通常ならありえないでしょうに。危険すぎます」

ダグラスのまっとうな意見に、アルベルトは馬鹿にするなと呟いて、きつい目を向けた。


「あれが、危険?」

はっ!と笑って、アルベルトは続けた。


「あれは―――ただの頭のおかしい知識欲しかない学者だ。本さえあればいくらでも尻尾を振るし、本の為なら命も捨てるらしいぞ。武門軍閥の出生とはいえ、恐らく何の訓練も受けてはいまい」

「気配も足さばきもただのトーシローだ。武術の訓練は、アルの読み通りまったく受けていないのは確かだ」


武のスペシャリストである二人の意見に、ダグラスは「ふむ」と腕を組み首を傾げた。

「それなのに、『何故?』ですよ。アル。何かがないと、貴方は動かないでしょう?」

「俺もそこが気になる」


幼馴染二人の真剣な顔に、アルベルトは大したこともなさそうに、昨夜の状況を話す。


「俺も知らん知識がありそうだったから、俺の不眠をどうにかしてくれたら、皇宮図書館を開放する。無理なら殺す。ただそれだけの賭けをした」


アルベルトの言葉に二人が目を剝いた。


「―――ぼろぼろ双子兄が存命ってことは、お前っ?!」

「眠れたんですか?!」


皇帝の持病、治療のしようのない不眠症の根深さを知っている将軍と宰相は、幼馴染の顔でアルベルトに詰め寄った。


「―――わけのわからん睡眠障害の診断話しをされて、挙句、前世を憶えていてこことは違う世界で30年生きた記憶があるとか?今の精神年齢は合算して58歳とか?―――良くわからんが、そんなこと聞いてるうちに、どうしてだか理由はわからんが、昼まで爆睡してた」

実は朝方にスッキリと目覚めたものの、何故だか双子兄を腕に抱き込んでしまい、その後二度寝に入ったことは言わない方が無難と判断し、アルベルトはそれを伝えることは止めた。


国の重鎮臣下が認める、この国トップレベルの頭脳を持つはずの二人は、今の話を理解できずに固まっている。

まあ、致し方あるまい。

直接話を聞いた自分自身であっても、まだ理解できていないのだ。


二人揃って固まる姿が面白くて、小さく口端を上げるアルベルトに、将軍と宰相がぼそぼそと口を開いた。


「ツッコミどころが、満載すぎる」

「どこから要点を確認すれば良いか見当が………」

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