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4:皇帝陛下の独白

―――なんということだ。



アルベルトは驚愕の()()()の中、目の前に見える寝台の天蓋を睨みつけた。



ぐっすり―――眠ったようだ。

頭がスッキリしてるし、夢も見ない本物の眠りからの目覚めは最高だと、今、知った。


国内の権力闘争から、国外の領地争いへと、戦いに明け暮れ人殺しに終始した、この10年。

まともに眠れる夜などなかった。


眠りなく人間は生き続ける事は出来ないと、身をもって知っている。

更には、眠る事なく朦朧と日々を過ごすことは、刺客からのいい標的ともなる。


睡眠に特化した薬で無理矢理に体を眠らせる日々が続くこと、10年。

最近はとうとう薬が効かなくなってきた。

薬が効かないのであれば、魔法で眠らせるのはどうか?と、宮廷魔法士が総出で対策を講じたものの、剣技に特化したオーラソードマスターである自分には、魔法、魔術は効きにくく弾き返してしまう。

接種量が増えた薬による強制的な睡眠は目覚めが死にたくなるほど最悪で、寝台横に護衛を立たせて眠らねばならん事も、正直ストレスで勘弁して欲しかった。



静かにひとりで、自然に眠りたい。

その願いが叶わないまま過ぎた、10年。


そんな10年が、一夜にして変貌した。

いつ寝たのかすら、アルベルトには、わからない。



驚愕の目覚めに、起き上がる事すら出来ないでいるアルベルトの足元で、何かがモゾモゾと動いた。


「―――――――――?」


視線を足元に向けたアルベルトの前に、腹から下を寝具に突っ込み、寝台にくっつけた1人掛けのソファーに座し、天井を向いた姿勢で大口を開けて眠る、戦争捕虜にして人質のグレイの姿があった。


「………………」


その姿から察するに、部屋から退出する事が出来ず、眠るにしても自分と同じ寝台で同じ寝具で眠ることは流石に出来ず、かといって雪もちらつき出したこの時期に寝具無しには寒くて眠れず、折衷案として、足だけ皇帝の寝台にお邪魔して寝た。と言うことが、聞かなくとも見ればわかる。



無礼者の命知らずの馬鹿で、想い人と同じ顔をした、変な兄。

自力では決して眠る事が出来なかった自分を何故か眠らせた、変な男。



西の国の女将軍と戦場で剣を交えた時、その顔を見て、心の奥底にしまい込んで消えかけていた何かが蘇った。

どうしても欲しいと、戦勝の報酬として西の国には女将軍クレア・ブラッドフォードを寄越せと求めた。


そうして捕虜として皇宮に現れた、よれよれでぼろぼろな「兄」を見た時、正直切り捨てて西の国を潰そうと思ったが、職業が「学者」と聞いて、手を止めた。


すべてを学んでいる。というのならば、自分の不眠改善の糸口が見つかるかもしれない。

すべてを手にする皇帝である自分の望みとしてはどうかと思うが、ここ最近の唯一の望みで願いである眠りへの探求から、アルベルトはグレイの命を絶つことを踏みとどまった。



侍女たちによる()()()()()後、びっくりするほどに女将軍と同じ怜悧な美貌を見せた学者兄に、顔には出さなかったが正直驚いた。


まあ、驚きはそれ以上の驚愕に即時打ち消されたのだが―――。



魔法呪文か、魔術構築術式詠唱かと感じる程の、謎の言葉の羅列に、意味がわからないと尋ねれば、睡眠障害の診断医療だとのたまう。

前世の記憶を持っていて精神年齢が58歳で、ここではない違う世界の知識だと、冗談みたいな話を平気な顔でつらつらと伝えてくる。



こちらの問いに、100倍くらいの返答を寄越し、自分の知る常識の範疇を軽く超え、延々と聖殿の経典のように途切れないグレイの話を聞いているうちに―――朝が来て、今となった。



むくりと上体を起こし、片膝に頬杖をついて、アルベルトはグレイを見つめた。


首が天上から壁へと向き、今にももげそうになっている。

と、くしゅんとくしゃみを一つこぼし鼻をすするグレイに、アルベルトはのそのそと近付いた。



日が昇りだした空から薄く光が差し込む薄暗い部屋の中で、暗闇の様な黒髪と、同色の長い睫毛が薄闇に浮き上がって見えた。

綺麗な顔をしていると思う。

こうしていると、あの美貌の女将軍クレアに本当にそっくりだ。


アルベルトはそうっと、グレイの白い陶器の様な頬に手で触れた。

体温の低い自分とは違い、ほわりと温かいぬくもりに指先から手のひらへと触れる面積が増えていく。


「………ん」

すりっと、アルベルトの手にグレイが頬を摺り寄せてきた。


「―――猫みたいなヤツだ……」


グレイに目覚める様子は見えない。

目線を落とすと、グレイの膝には分厚い本が載っていた。


これは、おとといの夜に眠れなかったアルベルトが、暇つぶしに捲っていた帝国の天地開闢(かいびゃく)の本だ。

正直面白いとはいえない、更には古語である為、辞書を引きながらでないと読めない難解な本だ。


ははあ。読めたぞ。

皇宮の図書館を解放してやるといったとたん、涎を垂らしそうな顔をしたコイツだ。

未読の本への探求心から、チェストに置いてあったこの本を手にし、本を読みながらの寝落ちとなったというところか?


頬を突いてみる。

まったく起きる兆候はない。


頬を引っ張ってみる。

むにゃむにゃ言いながら、両手で俺の腕を抱き込んでしまう。


「無防備だな―――殺されるかもしれない相手の前で―――」


抱き込まれた腕を引き抜こうとすると、グレイの体が揺れ横倒れになりそうで彼の腕を引くと、ぽすんとアルベルトの胸の中に倒れこんできた。


「あったかいな………子供か。って体温だ―――」

何故だか瞼が重くなる。


アルベルトは胸の中のグレイごと寝台に倒れこむと、我知らず、その身を腕の中に抱え込んだ。


「あたたかい―――」


そこからさきは、もう、憶えていない。


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