21:噂がどこまで変化する?
『バージス辺境伯が軍壁に金銀財宝を貯めこんでる』
人の噂とは、恐ろしいものである。
発端は、誰かが呟いた、たった一言。
大きな湖にたった一滴投じた黒いインクの雫が跳ね、弾け、広がり、瞬く間に全てを黒く染めていく。
2−3日もすると、「金銀財宝」というキーワードが「金塊」にすり替わった。
更に数日経つと、「軍壁に金塊を貯蔵している」に変化し、そこから更に「金塊を煉瓦に偽装させて積み上げている一部軍壁がある」という内容に変わっていた。
皇宮のある処からリークされた話だから、きっと真実に違いない!
などと、まことしやかに囁かれる噂は、あっという間に皇城全域に広がり、皇城に出入りする貴族に、官吏に、侍従から従僕、女官から侍女に、そして、出入り業者から市井へと広がっていった。
市井まで降りてしまえば、噂は噂を呼び、尾ひれはヒレが飛び火して、遂には―――。
「噂のバージス辺境伯の軍壁。俺の知り合いの知り合いがマジで金塊掘ってきたって!」
「あの話し本当なんだな!俺の従兄弟の嫁さんの従兄弟も、一発当てたって聞いたぞ」
「親方の友達の友達が言うには、ある一角がマジで全部金塊だって!俺も堀りに行こうかな?!」
一攫千金狙いの強者達が大挙してバージス領に集い、今や辺境は金塊の「噂」特需で連日のお祭り騒ぎらしい。
・・・
「バージス辺境伯はこの事態の終息のため火消しに奔走し、その行動が『金塊を隠すため』と逆煽りとなり、更に大量の人々が集いだしています。ちなみに、辺境伯城近くの軍壁は、穴だらけになっているとの報告が上がっています」
ダグラスからの報告を受けながら、アルベルトは執務室の大窓から外を見つめていた。
そこには皇宮自慢の、中央回廊軸線から左右対称に広がる、幾何学的な植栽や池の配置を施した広大な庭園が広がっている。
「夜に乗じて増える宝探し連中の捕縛に、バージス騎士団を総動員してるから、辺境伯城の守りは、まあ手薄だな」
ニヤリと笑うヒューバートの声に頷くが、アルベルトが見つめるのはただ一点。
庭園の向こうにそびえる官吏拠点の東塔のさらに先、ここから見えない皇宮図書館を、アルベルトはただひたすらに睨みつけていた。
「――――ヒュー。第一師団を率いバージスを抑えて来い。平定は任せる。ダグは、北夷狄の襲撃に備え北軍壁の修繕の手筈を」
アルベルトの低く静かな声に、いつもの態度など微塵も感じさせない将軍の風格を持って、ヒューバートは騎士の最高礼を自らの剣を捧げた主君に向けた。
「承知いたしました。直ちに隊列を整え出立致します」
「承知いたしました、皇帝陛下。バージスは任せましたよ。アシュビー将軍」
無二の親友二人に言葉に再度礼を取り、ヒューバートは踵を返し軍靴を鳴らし走り出した。
同時刻の皇宮図書館には、自分の巣でにまにましながらヒューバートに借りた兵法書を読みふけるグレイの変わらない姿が在った。
レンタルした兵法書はついにオーラスの20巻だ。
もう少しで読み終わってしまうのが残念であり読破が嬉しくもあるグレイであったが、図書館内の方々から聞こえてくるさざ波の様な噂話にも注意深く耳を向けていた。
宰相閣下たちは、上手くやったみたいだな。
この調子でいけば、バージス辺境伯の反乱は未然に防げるだろうが、まだまだ、彼らには受難が待っている。
まあ、裏で手を回してやるのは、やぶさかではないが。
「バージス領軍壁の金塊の話って聞きましたか、グレイ?」
すっかり本の友と化した図書館司書長キースの言葉に、グレイはいつもと変わらないうらぶれた学者の顔を上げた。
聞いたも何も、噂の種を宰相閣下に植え付けたのは、俺です。
そんな真実はすっぽりと隠して、口を開く。
「あの、景気のいい話ですか?」
「ええ。行けるものならば、私も発掘調査に関わりたいです」
「発掘調査?」
金塊の発掘調査ってなんだい?
これは初耳だぞ。と頭を捻るグレイに、キースは自慢げに胸を張った。
「表立っては、金塊はバージス辺境伯の隠し財産と言われていますが、本当は、フラリン金貨でゴブリンが貯め込んだ貴重な古代通貨らしいんです!!歴史的な発見ですよ!!是非、発掘調査にいきたいものです―――!!」
それは―――――――――――本当に初めて聞きました。
ついにそこまで噂話が変化しているとは………。噂って、怖いですね。
もう、笑うしかない。
「グレイ!」
久しぶりに聞く声に振り返ると、初めて見る軍装姿で部下を二人従えたヒューバートが駆け寄ってきた。
オカン三人衆に会うのは、噂というガセネタを進呈したあの日以来だ。
お陰様ですっかり図書館の住人となり、ひとり寝にも慣れた今日この頃である。
「お久しぶりです。将軍閣下」
「ヒュー。だ」
「はい。ヒュー。行かれるんですか?」
アルベルトの事だ。そろそろ騎士団を動かすだろうとは想定していたが、自分の右腕を向かわせるとは、本当に肝っ玉が強いというか、なんというか。
「流石の読みだな。これからすぐ出る」
その忙しさの中で、どうしてここに来るのだね?
ガセネタを進呈したのが自分とバレたら、身の置き所が―――。
「皇帝陛下の命でな。俺が皇城を離れる間、御寵姫様に護衛を付けろとのご用命だ。俺の副長のイザックと、第二師団長のレイアードだ」
「初めましてというか、先日は団長の執務室で失礼いたしました」
「私も以下同分です」
正しく挨拶するイザックと簡略化するレイアードは、ヒューバートと肩を並べる程の長身に立派な体躯をした「いかにも騎士!」という成りであるが、人懐っこい笑顔をグレイに向けてきた。
なるほど。執務室のドアから雪崩れてきた騎士連の中に、この二人の顔もあったな。
だが、それは今は横に置いておく。
「御寵姫―――止めてくれってお願いしましたよね?」
「ははっ!その顔可愛すぎだ。俺を喜ばせるのもそこまでにしてくれ」
不本意という文字を顔に浮かべぷんすかするグレイに、ヒューバートが破顔する。
「その顔もダメだ。あ~行きたくね~な~」
砕けた言葉を発するヒューバートに、何故か、抱き込まれてしまう。
甲冑に鼻をぶつけ目の前に星が散る。
寵愛演技にしてもなんだいそれ?
「―――将軍閣下?」
憤慨の意味を込めての出来る限りの低い声を上げたのだが、彼はびくともしない。
「エネルギーチャージだ。許せ」
「はい?」
益々意味が分からない。
「あ、もう一つアルからの命令がある。今日から図書館内での就寝は非許可だそうだ。アルかダグとの共寝以外は、騎士塔の俺の騎士団長室で寝ろとさ」
「は―――――――――――?!」
「あそこで寝起きすれば、騎士塔詰め全員皆護衛になるしな。ちなみにイザックとレイアードは常勤護衛になる」
腕の中に抱き締められたまま、頭をぽんぽん撫でられてることも忘れ、グレイが吠える。
「図書館と俺を分かつというんですか―――――――――――?!」
「日中は図書館にいて問題ない。夕刻からは、俺の部屋に強制移動だ」
「承服できません!!」
読書時間が、貴重な夜中の読書時間が――――――!
「俺の執務室の軍略本。全部読んでいいぞ」
「ありがとうございます」
グレイの口が感情より先に礼を言っていた。




