15:オカン三人衆そろい踏み
最近図書館に、オカン三人衆以外のキラキラしい方々の来館が増えた。
遺憾であります。
読書時間は邪魔をしないで頂きたいものだ。
キラキラした方々は、本も選ばずグレイに突進してきて、煩いほどに話しかけてくる。
彼らの種類は大まかに分けて2つ。
ひとつは、論外のどうでもいいグループ。
もう一つは、大変厄介なグループ。
この集団は一目でわかる。前者だ。
ひとまず「へらり」とグレイが笑ってみせると、彼らは一斉に話しだした。
「西の国の名家の出自でいらっしゃると聞きました」
「あちらの国では高名な学者様だと――――」
「本当にお美しくて驚くばかりです」
最後の一言の意味はわからんが、今日の来客達は、「皇帝の寵愛」を受けていると噂の西国の人質に取り入り皇帝陛下の庇護下に入りたい、日和見主義者の皆様であらせられる。
いつ・どこで・誰が「皇帝の寵愛」を受けたのかこちらが聞きたい位だが、何かの情報があるかもしれないのでひとまず「へらへら」笑って正解を濁している。
図書館司書長キース曰く、「この顔」は相手を黙らせたり情報を引き出すのに大変有効だそうだ。
使えるものは何でも使う主義のグレイは、キースが「その顔!」と太鼓判を押してくれた、伏し目がちに斜め45度に視線を流す必殺の顔でギャラリーに話し掛けた。
「ええ。武門の生まれではありますが、役目は妹が継いでいて、私はポンコツです。学者という肩書も父と妹の七光りで一応名乗れているレベルでして、お恥ずかしい限りです」
そこで儚く笑うと完璧です!とキースに演技指導された笑みを浮かべると、ギャラリーから溜息が漏れ聞こえた。
何回聞いても解せぬ。
いったい何の溜息だ?
呆れかえっているのでしょうか……。
「なんと奥ゆかしい!」
「陛下の御寵愛も頷けますなあ」
「陛下と出会われる前に、お会いしたかった……」
何の話だ?大丈夫かな、この人達。
頭のネジ抜けているのだろうか。
たいした有益な情報も出てこないし、そろそろお帰り頂きたい。
なんだかんだで最近すっかり気心がしれたキースに助けを求めて視線を流したが、顔前に両手でバッテンするNGマークを出されてしまう。
うん。キースより上位貴族なんだな。
わかっておりますとも、無理なお願いは致しませんとも。
よし。ここは彼らが帰りたくなるような長演説でもいっちょ披露して―――。
「おや。皆さんお揃いで御寵姫様のご機嫌伺いですか?」
御寵姫――――――――――――。
誰のこと?まさかの俺か?と、大爆笑しそうな自分を律しグレイは下唇を噛みしめて吹き出すことをギリギリ止めた。
だがしかし、対抗馬に当たるキースは図書館内に打撃音が響き渡る勢いでデスクに頭を打ち付けた。
うん。気もちはわかるよ。
キースは、真の俺をよく理解しているものね。
「「侯爵閣下?!」」
ギャラリーが潮が引くようにジリジリとグレイから離れ出す。
侯爵と呼ばれた見事な赤髪を持つ長身の美丈夫は、ゆっくりとギャラリー全員のひとりひとりの顔をみて口を開いた。
「お邪魔でしたかな?エリン伯、シュミット卿」
「いえ、私はそろそろお暇する所で」
「ええ、私も――――――」
ギャラリーの中からピンポイントで侯爵からご指名を受けた2名が、狼狽えながらさり際の礼を取る。
「それが宜しいでしょう。財務部の官吏がお二人を探しておりましたよ。ああ、ミュラー子爵。あなたは法務次官がお呼びでした」
誰よりも優雅に怜悧に一同に解散を申し付ける赤髪の侯爵から、彼の宮廷での立ち位置がグレイには見て取れた。
ウルトラ級に厄介なのが出てきた。
このタイプには、関わりたくない。
ギャラリーにあれこれ指示を出し始めた赤髪の侯爵閣下の視界をすり抜け、グレイは数冊の本を小脇に抱えて彼らからは死角になる大机の窓際に移動した。
この席は外からは丸見えだが、図書館内からは居並ぶ本棚と大机の間仕切りで姿が見えなくなる。
来客からの隠れ読書に勤しめる絶好の席です!とキースが言うだけある。後でお礼をせねばならない。
『東の国の近代系図と主要産業史』というあまり貸出の形跡がない題の本のページを捲る。
国を知るためには面白い本なのに、自国人は興味がないのだろうか?
自分の生まれ育った西の国との近代史の違いは、同じ血を分けた民族だというのに、成り立ちと変革が真っ向から違っていて、読めば読む程に面白い。
自分の知らない歴史、知識を知ることが何より楽しいグレイは、自分でも分かる位にまにましていた。
ページを捲る手が止まらない。
産業史が特に面白い。
一つの国が、二つに分かれた兄弟国だった東西の国は、相互不干渉の鎖国時代が長かった為、同じ民族なのに産業へのアプローチの仕方が全然違う。
二国が共に手を携えて進んでいたとしたら、もっともっと両国は富み繁栄していたかもしれないと思うと、少々残念でもある。
―――――感傷が過ぎた。
意識を本に戻そうとしたその時、来て欲しくなかった気配を近くに感じ、グレイは標準装備のうらぶれた学者の仮面を被った。
「少し、お話しさせて頂いて宜しいか?」
間仕切りの向こうから聞こえた感情を感じさせない声に、グレイは「へらり」と笑って顔を上げた。
「俺で良いのですか?」
「ああ。君と話したいのだよ。私は、カーティス・セラト・グレイブル。外務卿をしている」
紳士の所作で笑顔で右手を差し出すカーティス殿は、女性ならば見とれる様な端正な姿だったが、目がまったく笑っていない。
「あ、ご丁寧にありがとうございます。グレイ・ブラッドフォードと申します」
へらり。曖昧で無害な笑顔を浮かべて立ち上げり差し出された手を取る。
カーティスの後ろには屈強な側付が一人付いていた。
見るからにわかる。騎士あがりか現役騎士または傭兵の護衛官だろう。
「西の国から陛下の指名でいらっしゃったと伺った」
カーティスの紫の瞳の奥には、冷たく暗い淀みがグレイには見て取れた。
「いえいえ。指名を受けたのは俺の妹でした」
「妹君?だとしたら、何故、貴君が我が国に?」
う~~~ん。知ってるでしょうにお芝居がお上手ですね、侯爵閣下。
初見で予想はしていたが、皇帝陛下の情報を取ろうとしていますね?
ということは、やっぱりこいつは陛下の敵陣営で、俺の夢の国を守るための敵に当たるな。
「ははは。自分でも良くわかりません。俺は読んだことがない本がたくさん読めて幸運だと思ってますよ」
さあ、どう出る。
「―――――妹君と貴君は顔が生き写しとの噂を聞き及んでおります。陛下が貴君を御寵愛しているのですから、本当は、もともと貴君を指名していたとも、考えられませんか?」
うん。それは確実にない。
何といっても、初謁見の時にクレアじゃない。と剣を向けられてますのでね。
ああ、そうだそうだ。この赤髪。思い出したぞ。
皇帝陛下に初謁見だったあの時、宰相閣下の左隣三番手位に、赤髪の人がいたな。あれが、侯爵閣下ですね?
曖昧な笑顔を浮かべて、情けなさそうに頭を掻いて見せると、カーティス殿が何故か肩を抱いてきて耳元で話し始めた。
「皇帝陛下の寝所に侍り、宰相にも将軍にも、寝所に呼ばれているとか―――――。ああ、4人一緒に皇帝陛下の寝所に籠り、朝までご一緒のこともあったとか?どうやって我が国自慢の三英傑を誑しこんだのか、是非お聞きしたいのですよ」
外郭から攻めてくるとばかり踏んでいたら、ストレートで来ましたね。
てか、それ、どこの阿婆擦れの事言ってるのでしょうかね?
俺がしてるのは、幼稚園児に対するレベルの寝かし付けですが。
「貴君の、何があの三人を虜にしているのか―――」
「顔でしょうかね」
恐らく駆け引きで、オカン三人衆の弱点を拾おうとしていただろう侯爵閣下は、グレイの一言に固まった。
「かお?」
「はい。皇帝陛下は俺の顔だけに用があると思います」
虚を突かれたその顔を見るだに、予想もしていなかった返答に理解が追い付いていないな?
よしよし、主導権は取れた。
グレイは女神の笑顔でにっこりと笑って見せた。
「この顔」です。と印象付ける為だ。
「さ、宰相と、将軍は?貴君を取り合っていると―――」
「それが真実であれば、皇帝陛下の寝所に全員集合していないと思いますが」
「では、全員で何をしているというのだ?それも夜通しだろう。私は貴君を助けてあげたいのだ。私の手を取れば、西の国に戻してやることだって出来る!」
大分化けの皮が剝がれてきたな。
もうちょっとクールだと思ったのだが、俺の返答に惑わされ過ぎだぞこの人。
「いやあ、俺は本が読めれば幸せなんで。ここは宝の山ですしね。ああ、宰相閣下とは古語文献の解釈について良くお話させて頂いてます。趣味が同じなので。皇帝陛下と将軍閣下は、わかりません。何せ、先に寝てしまうんで」
「誰が」とは言わずに「はっはっはっ」と声を上げて笑って見せると、カーティス殿はそれをどう取ったのかグレイの両肩をわし!っと掴んで声を上げた。
「君は、自国に戻りたくないのかね?」
「は――――」
はい。とグレイは返事をするつもりだった。
「我が寵姫を口説くのは止めて貰おうか、侯爵」
聞きなれた低い声に振り返ると、そこにはオカン三人衆―――――いや、間違えた。
皇帝陛下と宰相閣下、将軍閣下の三役揃い踏みの姿があった。
しかし、皇帝陛下……。陛下まで「寵姫」に乗ることはないと思いますよ?




