14:将軍閣下の遠回り
本日の天気は快晴。
初夏の気持ちいい陽射しと風を浴びて、散歩や乗馬などに向かうには絶好の日和だ。
だと言うのに、図書館の主。いや、図書館司書長キースの命名の方がしっくりくる「図書館の王」は、あいも変わらず本の海に溺れて幸せそうだ。
ヒューバートの最近の皇宮内移動は、皇宮図書館横を通過する「外周路」を通るルートがデフォルトになっている。
軍部のある騎士塔から、皇帝陛下の執務室と居室がある本宮の行き来には、迂回路と言っていいほどの遠回りなルートで、騎士塔勤めの人間が本宮に向かう際、好き好んでこのルートを使用する者はほとんど居ない。
バルナバーシュ城は、皇帝の居城である本宮を中心に、東西南北に守りを固める塔4つを配した強固な城だ。
四方の塔は、名目上「塔」と呼ぶが、他国から見れば城も同じの巨大さだ。
騎士団の本拠地である騎士塔は北塔。皇宮図書館は官吏拠点の東塔と、魔術師拠点の南塔の中間に位置する。
本宮と東西南北の塔を繋ぐ皇宮回廊を使用すれば雨知らずの屋内ストレートコースだが、「外周路」はバルナバーシュ城の4つの塔をつなぐ円形の道で、レンガ敷きとはいえ屋外路。
北塔から皇宮図書館に直接向かう場合は外周路を使う者もいるが、本宮に向かうのに外周路を使用するものは皆無だ。誰も好き好んで遠回りする者等いない。
だというのに、ヒューバートは騎士塔から外周路にでて東塔を回り、東塔と南塔との間にある皇宮図書館横を通り抜け、東塔の皇宮回廊から本宮に入る。
超・遠回りである。
軍部トップで有能にして最強と名高いが、「読書をすると5分で寝る」という逸話を持つ将軍閣下が、図書館に用事などあるはずもない。あえてそのルートを使うのには、何某かの理由があるはず。
その理由を知る為に、幾人もの騎士が外周路ルートを分析し使用する事となったが、その発端のヒューバートはそんな事に構わず、今日も幻の珍獣の定点管理に勤しんでいた。
ヒューバートがこのルートを通るのは、その定点管理の為である。
このルートは遠回りではあるが、皇宮図書館の大窓から内部が良く見える。
大窓の向こうには大机がならんでおり、珍獣の巣が大変良く見え、定点管理には絶好のビューポイントとなるのだ。
西の国から来た武門家出身の変わり者の学者の監視。
アルベルトの護衛としての重要任務と心得とてはいるが、実のところ自身の健やかなる眠りを守るための保険の意味合いもあったりする。
アルベルトが皇帝として立ち、国は平定され、長年の懸案だった西の国も傘下に抑えた。
だがまだ自国の不安分子の一掃は完璧には出来ておらず、恒久の安寧には程遠い。
南の国と北の国の夷狄の動きもある。
ダグラスとともに動けるだけ動いてはいるものの、国を成す駒が足りない。
アルベルトの睡眠障害とまではいかないまでも、自分もダグラスもここ数年、真の意味での眠りなど、無かったに等しい。
それがどうだ。
あの珍獣は、眠りの神か?
西の国の将軍家の生まれで、更には人質で捕虜。
寝首を掻かれてもおかしくない相手に、眠りの安らぎを貰ってしまった。
最初は、アルベルト。
次は自分。そして、ダグラス。
各々、考える所は、あると思う。
思うが、この三人だぞ?
自分達三人以外、誰も信じない俺達が、あんなもっさい。いや、洗ったらびっくりするくらい綺麗で眉目秀麗な美人に変貌した、アルベルトの求めるただ一人の女そっくりの珍獣を、あろうことか、抱き枕として取り合っている。
「おお!月下美人が笑ってる!」
「おお!ラッキー!」
何故か最近増えたギャラリーにより、珍獣は騎士団を中心に「月下美人」と呼ばれ出している。
夜に咲き一晩で散る透けるように白く美しく、生涯に一度見ることが出来れば幸運と言われる花の名。
それになぞられ、滅多に見れない笑顔を見るとその日一日幸せが訪れる。と、昨今の騎士団で珍獣は謎のラッキーアイテムと化している。
確かに綺麗だし、にまにま笑う顔は、可愛い。
ではなくて。
何でそんなに「にまにま」しているのだ?
本を覗き込んで、何がそんなに楽しいのか、笑顔が、溢れまくっている。と、今度はすうっと表情を戻し、女神の如く神々しく微笑む。
「わあああああ!」
「―――ヤバい!ヤバいって?!」
大窓前の大木に縋り付いて珍獣から目が反らせなくなっている騎士2人に、何故かイラつき、瞬間殺気をはらんでしまったようだ。
「「―――ああ!将軍閣下?!」」
今まで気付かなかったらしい騎士二人が慌てて礼を取り、踵を返し騎士塔に走り去った。
うん?
何で殺気が出たのか。と首を傾げてみるもどうしてかはわからない。
珍獣は相変わらずの百面相だ。
と、その表情がふいに色を無くす。
青くなるとかそういうのではなく、作り物の様な、温かみのない、偽物の顔。
珍獣に近付く人影が、2人。
最近、皇宮図書館に出入りする貴族が増えていると、ダグラスが顔を顰めていた。
キースの記録からの分析では、通常業務で蔵書を閲覧する官吏とは、明らかに理由が違う。との報告も上がっている。
貴族達は、珍獣が「図書館の王」となってから現れだした。その理由は、明白だ。
今、珍獣に近付いているのは、明らかに官吏ではなく、貴族。後ろに付いているのは、この距離からでも分かる、私兵の護衛だ。
遠目にもわかる赤毛の貴族。
彼は、親し気な笑みを浮かべて珍獣に何かを話しかけている。
珍獣が困り顔に曖昧な笑顔を浮かべて、情けなさそうに頭を掻いた。
赤毛貴族が、珍獣の肩を抱いた。
その瞬間、ヒューバートは走り出していた。




