10:皇帝陛下の目覚めは爽快です
見上げた空が青い。
皇居の森の緑も綺麗で、世界のすべてが美しく見える。
アルベルトは毎日の睡眠が、体と精神に及ぼす影響を、我が身を以て思い知る。
悔しいが、あの良くわからない西の国から来た学者が、自分を眠らせてくれるのは確実なようだ。
「第一回入眠チャレンジ」はことごとく失敗に終わったというのに、図書館の引き籠もりを招集してみたら、瞬殺でアルベルトは眠りに落ちたと、ダグラスからの報告を受けた。
以降、週に一度の頻度で引き篭もり学者を招集し睡眠を確保。それが数日に一度の招集となり、いまや―――自分でも認めたくはないが、毎日、自分ではシャツのボタンもまともに止められないあの学者に寝かしつけられている。
その事実に無性に腹が立つ。
ヒューとダグには毎日心外だと怒りの言葉を伝えているが、実のところ、体を取り換えたかのように、生き返った自分がいる。
「―――アル、最近別人みたいに元気だな」
護衛の任に着いているヒューからの言葉には振り返らない。
何故ならそれを認めたくないからだ。
◇◇◇
目覚めは、驚くほどにすっきりと清々しかった。
深い眠りから目が覚めたということは、瞬間理解したが、周囲の状況の理解は出来なかった。
アルベルトの腕の中には、自分が焦がれる女将軍と同じ顔をした引き篭もり学者。悪夢にうなされてるみたいに眉根を寄せ唸り渋い顔をして、寝ている。学者の背後には彼を背中から抱き込んだ、わが友にして国の将軍であるヒューバートが大いびきをかいて熟睡していた。
「―――おはようございます。アル」
恐らく昨晩から一睡もしていないであろうダグラスが、目の下に隈を作った顔をヒューの背後からにゅきっと出した。
「………この、状況は?」
「アルが瞬殺で眠りについたので、検証をしようとヒューも混ざって―――こうなりました」
重い…。と呻き体を丸めながら未だ目覚めないグレイを、背後からぎゅうぎゅうに太い二の腕で抱きしめて、涎を垂らしてヒューバートも熟睡したままだ。
「―――検証は、できたか?」
自分も学者を抱きしめたままだったのがなんとも、バツが悪い。
のそりと上体を起こし髪をかき上げたアルベルトに、ダグラスがぽつりと言葉を溢した。
「58秒と86秒」
「は――――――?」
「アルが58秒。ヒューが86秒で入眠しました」
嘘だろう。と目を剥くと、本当です。と一刀両断された。
「さすがに―――男4人で同じ寝台での共寝は避けたかったので、私は朝まで検証を行っていました。………今晩にでも別途、私が実験させて頂きます。あまりに信じられないので」
「男3人でもどんだけだ………。他には絶対洩らせんぞ、バルナバーシュの皇帝である俺が、男3人で寝台で共寝したなどと―――」
ぐしゃぐしゃと銀の髪をかき上げるアルベルトに、寝不足顔のダグラスが溜息を吐いた。
「事実ではありますが、絶対に洩らせませんねえ。さ、朝議の時間までに風呂でも入ってきてください。もっとスッキリしますよ」
ダグラスに言われるままに朝風呂を浴びると、生まれて初めて位の爽快感を味わった。
今なら世界も取れそうな感覚のまま寝室に戻ったら、学者と将軍はまだ寝ていた。
学者は相変わらず背後からヒューにぎゅうぎゅうに抱き締められたままで、辛そうに眉を寄せてはいるものの、目覚める気配がまるでない。
対するヒューはなんだか幸せそうで、アルベルトの腹がむかむかしてきた。
なんでかわからないが大変イライラしてきて、ヒューを学者から引っぺがしたら、少々スッキリしたのは、一体何だったのだろう。
◇◇◇
日々のルーチン業務である午後の軍務を終えた頃、ダグラスから引き篭もり学者の現況報告を受け、瞬時に眉が寄ってしまう。
またか。との呆れと、ほんの少々の、本当にほんの少しではあるのだが、顔を見ないと安心出来ない心待ちがあり、アルベルトは皇宮図書館へと足を向けた。
「呑まず食わずで図書館から出てこないと聞いて、様子を見に来てみれば………」
自分でも思う、あまりにも冷たいあきれ果てたような声が出た。
引き篭もり学者は安定のボタン掛け違いまみれのシャツ姿で、意識せずとも、わやくちゃになったシャツの前身ごろに目が刺さりこんでしまう。
学者は、むうっとした幼子が怒って膨れたような顔をしてアルベルトを見上げ、納得がいかない顔のまま、面倒くさそうにシャツのボタンの掛け違いをもそもそと直し始めた。
「ボタンなど、どれだけ掛け違えていても、誰にも迷惑はかからない。って顔だな」
「俺の考えを読まないでください。そんなことを言う為に、わざわざ側近まで連れていらっしゃったわけではないでしょう?ご用件をどうぞ」
用件だけ伝えてとっとと、出て行ってもらいたい。と、その顔にははっきりと書いてある。
この国の主である自分に対して、こいつは本当に恐れも敬いもなく、まったく遠慮がないのだと理解する。
幸せな読書天国時間を邪魔されたことが余程悔しいのか、学者がぷうっ!と頬を膨らませた。
「「「子供かっ?!」」」
アルベルトとヒューバートーとダグラスが声を上げたのは、ほぼ同時だった。




