星野天使に言ってはいけない言葉
ジャドウは骨と皮かと思われるほど痩せた外見をしているが、かなりタフでスタミナも豊富だ。
しかしそんな彼でも最大必殺技を放った後は相応に疲弊している。そこへ若い星野が現れた。
無機質な声、半開きの瞳からは何の感情も読むことができない。天使とは思えぬほどに瞳の輝きが失せているが、星野は自分の興味の対象外は常にそうなのだ。
ショートヘアの美少女にしか見えないが、これでも男子である。
老紳士の腹に少年の拳がめり込む。ジャドウは唾と血を吐いて悶絶。
早く鋭く正確で重い。星野の拳の技術に関しては上位陣にも勝るとも劣らない。
普段は漫画好きのインドアだが天使としての職務には極めて忠実だ。
オンオフの切り替えが巧みで、今は彼の行動がオンになっている。
いつもは力を抜いている分、本領を発揮したときの働きは目を見張るものがあった。
加えて先の戦闘でジャドウは剣もタロットカードも使い切ってしまった。
近距離と中距離に対応できる武器がない。老体に若者の相手は辛い。
星野のパンチの回避に専念しつつ同時に頭を働かせる。
あのヨハネスが何の策もなく倒されるとは思えない。
まさか、これを見越していたのか。自ら倒され囮となることで体力の消耗を狙って?
馬鹿な。そんなはずがない。ジャドウは唇を噛みしめ星野を睨む。これは偶然だ。
だが、ヨハネスに限って偶然で済ませられるのだろうか。まだ何か他に策があるというのか。
冗談ではない。倒した相手の想像に振り回されるようなことがあっては戦闘は継続できぬ。
平静を取り戻そうとするも顔面に幾度も打撃を受け、ジャドウの思考は正常に働かない。
星野の打撃が脳を揺らし響かせるのだ。
撤退しようにも瞬間移動を使えば星野も同様の手を使うのは確実。
翼で飛翔しようにも不完全な自らの翼では飛行は安定しない。不揃いな翼。
己の出自を恨めしく思った。
「この、堕天使が!」
苛立ちからつい口から出た言葉に、星野の声色が変わった。涙声で尋ねられる。
「今の言葉、もう一度言ってください」
基本的に無表情な星野が唯一、顔を変化させる時がある。
それが「堕天使」という言葉を言われたときだ。目から静かに涙を流す。
星野の背後から透明なオーラが放出されているのをジャドウは感じ取った。
無言の圧が重い。言葉次第では自分の命がない。次の一撃で勝負が決まる。
仮にも星野は不動の異父弟だ。弱いはずがない。否、非常に強い。
星野が同じ問いを繰り返す。機械のように冷淡だ。
老紳士は覚悟を決めた。
「この堕天使!」
「天使のアッパアアアアアアアッ!」
放たれる必殺のアッパーが顎に着弾。そのままジャドウを天高く飛ばしていく。
空を超え成層圏を抜け、異世界の外まで飛んでいき、二度と戻ってくることはなかった。
星野は服の埃を払って戦闘終了の決め台詞を口にした。
「自業自得です」
【ジャドウ 退場】
【星野天使 離脱】
【ヨハネス 脱落】