告白中に転移されて激怒した李はロディの仇を討つ
林の中にひとりの少女が戦闘の構えをとっている。身長一六〇センチ。
赤毛を背中までかかるほど長い三つ編みに結っており、ツリ目が迫りくる敵を睨みつけている。
黒を基調とした中華風の上着を着こなし、黒いスパッツからは健康的な白い美脚が覗き、黒いヒールが大地を踏みしめていた。彼女の名を李といい、スターの弟子のひとりである。
彼女は襲いかかってくるキョンシーの軍団を相手に大立ち回りを繰り広げていた。
手を前に突き出し、うさぎのようにぴょんぴょんと前進してくるキョンシーの胸を前蹴りで蹴とばし、手刀で首を落としたりと同郷の怪物が相手であっても一切の情けはない。
眉を吊り上げ、掌から火球を放つ。
李はスターにより与えられた超人キャンディーの力で炎を自在に発生させたり操ることができる能力を体得していた。
優れた体術と敏捷さが加えられることで、能力をより高い次元で使いこなすことができている。
幾度もの戦闘経験のある李だけに、異世界に転移させられ突然のキョンシーの強襲にも落ち着いて対処しているように思われた。
肢体を武器とし、突き、蹴り、殴る。高速で放たれる打撃に身体が固く動きの遅いキョンシー達は逃れる術を持たず頭部や身体を粉砕されて塵と化してしまう。
圧倒的多数を相手にしても単騎で無双していた李だが、その全身からは彼女の精神状態を現しているかのように赤い闘気が噴出していた。
最後の一体を鎌のように鋭利な飛び回し蹴りで首を切断して息を吐く。
服の上からでもわかる陶器のように整った胸が上下し、呼吸を整える。軽く汗を拭って遠方を見ると西洋風の城が見える。あの場所に領主がいるのだろうと推測し、李は駆け出す。
彼女は一刻も早くこの世界から帰還したかった。転移されたタイミングが最悪だったのだ。
数百年もの長きにわたって片思いを続けてきたカイザーに、告白を決意して彼に声をかけた時だったのだ。
孤独な想いを募らせ、親しい仲間に悩みを打ち明け、大変な決心の果てに想いを告げようとした矢先の転移。
想いが実るか否かという少女にとっては重要な局面での転移は李の心に激しい怒りを宿した。
自分の気まぐれで簡単に人を異世界に移動させることなどあっていいはずがない。
帰還したら絶対に一撃食らわせる。そのあとでカイザーに告白をする。
そのためにこの世界のことを知る必要があった。城の手前にかけられている木製の橋を歩く。
下は深い渓谷となっており、落ちれば命はないだろう。橋の半分まで渡った時、背後からの殺気に身を翻す。見ると、カボチャ頭の怪人が大鎌を手に立っていた。
敵を上から下まで観察して李は爽やかな微笑を浮かべた。
「君がカボチャお化けだね。スターさんから話は聞いているよ。ロディを倒したそうだね」
「ケケケケケッ」
「そうやって笑っていられるのも今のうちだよ。君はボクが倒すッ」
両脇を締めて拳を構えた刹那、瞬時に間合いを詰めてカボチャ怪人の細腹に無数の打撃を見舞う。
正確に素早く撃ち込まれた連打にカボチャお化けは橋を後退していくが、どうにか留まり大鎌を振るった。しかし李は笑顔を浮かべたままでギリギリで回避している。
躱すのが遅れるから寸前で回避しているのではなく、相手の刃が命中する直前で回避行動をとっているのだ。
それほどまでに李とカボチャお化けとのスピードには開きがあった。軽々と鎌を躱しながらも李は爽やかにお喋りを続けた。
「君はロディを倒したのは不意討ちをしたからだよ。しかも彼は満身創痍だった。そんな相手に勝ったと誇っても何の自慢にもならないよ」
李の煽りにカボチャ怪人の顔から笑顔が消えた。カボチャをくり抜いた漆黒の目は吊り上げり、口はへの字に曲がっている。
李とは対照的だ。怒りのままに振るう鎌は雑であり、一発されもヒットしない。
と、李が鎌の刃先に触れた指先から炎が噴き出し、あっという間に武器を消し墨にしてしまう。
ボロボロと崩れ落ちる鎌の末路に地団太を踏んで悔しがったところで、李が両肩に触れた。
一瞬で全身に引火し絶叫と共にカボチャお化けは消滅。
炎の威力は調整できるので橋に燃え移る心配もない。敵の末路を見届け、李は自分の肩にかかった三つ編みを払って言った。
「カボチャは焼くと美味しくなるけど、お化けは火葬に限るね」
ロディの仇を取った李は城へと踵を返そうとして足を止める。
上空からの気配にジャンプして後退すると、ぼとりと青いゼリー状の塊が降ってきた。
謎の塊はグニョグニョと動いていたが、やがて屈強な人型となる。スライムだ。
「次の相手は君か。仕方がない。相手になってあげるよ!」
捻りを加えた拳が着弾するが殴った手ごたえがない。
見ると拳がズブズブとスライムの体内に吸収されていくではないか。
引き抜こうにもコンクリートのように固まって外すことができない。
動きを封じられたところを狙われ、鉄拳を見舞われる。
水の塊かと思われるほどの衝撃が頭部を直撃し、李の脳を揺らしていく。
スライムは頭の部分に口を出現させてニヤリと笑うと拘束を解除。
掌を上に向けて人差し指でくいくいと招くポーズ。
完全に格下扱いだが李は顔が真っ青になっていた。引きつった笑顔で呟く。
「強い……」
果敢に向かって行く李だが力の差を覆すのは難しい。
敵のスライムは身体の特長を活かし、李の繰り出すいかなる打撃も無力化してしまう。
水面を殴っても効果がないのと同じで、スライムに拳が着弾しても衝撃波さえ発生しない。
足払いをしかけても揺るがず、首を掴んでフロントネックチャンツリーに極めても僅かな隙間からスルリと抜け出してしまう。
そもそも骨がないので関節技が通じない。
李は足を掴まれ逆さに持ち上げられると、口の中にスライムの腕を突っ込まれてしまう。
呼吸ができず瞳孔を開く。嚙み砕こうにも弾力があり、噛み切ることも叶わない。
苦肉の策として李は口から火炎を噴き出し、腕を焼き尽くした。
右腕を失ったスライムが怯んだ隙に足を掴んでいる左腕にも引火させ、拘束から脱出。
素早く後退して間合いをとるが、両膝に手をついて苦しい呼吸を吐き出した。息が続かない。
転移されてからキョンシー軍団を相手に無双し、ロディの仇のカボチャ怪人と戦い、今度は謎のスライムと連戦をしている。李は先手必勝タイプだ。矢継ぎ早に攻撃して敵を制圧する。
速度と手数が命だが、反面スタミナが少ないという弱点を抱えている。
攻は強くとも防と持久戦に弱い。弱点が露呈し、追い詰められる。
流れた汗が細く尖った顎を伝って橋床に落ちた。