第四話
あてもなく歩いてみる。なるべく火の光の当たらないところを、隠密を逐一使用しながらMPが切れないよう時々休みながら見つからないように。
一人、また先ほどとは違う遺体を発見して吐きそうになった。服のメーカーが日本の物だったのでやはり自分と同じ日本人だったのだろうか。
いずれあの一つ目とは戦う必要があるだろう。レベルという概念があるなら層を上がる事に敵も強くなるはずだ。
レベルの低い隠密を簡単に見破ってくる敵も当然現れる、そうなった時にレベルが低いままでは一瞬で殺されてしまうだろう。
一層目にいるうちに一層目の敵は倒せるようになっておかなければ、二層目に上がった時もっと苦労するはずだ。
一層目に帰れるのかどうかも分からない。今持ってる隠密、強襲と短剣を使ってあいつを倒す。戦わなければどのみち死だ。
奴を探して後ろから気が付かれないように殺す。一人でいる一つ目を探そう。自分がここで生きていけるのか、確かめなければならない。
歩く事数十分、前に歩く人影を確認する。
(…いたぞ…)
だが実際に目の前にしてみると、やはり全然脳内シミュレーションとは勝手が違う。
心臓が刻む鼓動のペースが速くなっているのを感じる。深呼吸をするが収まらない。緊張が止まらない、えずく。奴を殺すんだ。殺すんだ。殺すんだ…!
短剣を片手に走る、強襲…!確かに身体がさっきよりも軽くなった気がする。ギョロッとこっちを向く一つの目。
奴は持っていた棍棒のような鈍器を振り向きざまに遠心力をつけて振り回す。まずい!と思ったが遅く横っ腹に衝撃を受け、ガラスが割れたような音、衝撃が身体を貫く。
視界右上ピンクのゲージが一瞬にして消し飛ぶのが見えた。壁に背中から衝突し、続いて慣性で頭も壁に打ちつけられる。
横っ腹の痛みは無いが、背中、後頭部に激痛が走る。一瞬意識が飛びかけるが、なんとか持ち堪える。
だめだ…勝てない。これは勝てない。無理だ。逃げなきゃ。
一つ目は軽い足取りで近づいてくる。最初はよろよろと、全身に鈍痛を感じながら生存本能のみで走る。
思ったが一つ目は足はそれほど早く無い、全然追いつかれるほどではない。1層目にふさわしい敵なのかもしれない。
しかし自分と比較して凄い遅いわけでは無い。隠密と家の死角を駆使して暗闇に潜る。
途中3方向を壁に囲まれて不自然に咲いていた大きい一輪の綺麗な花がやけに印象に残った。
そしてなんとか一つ目を撒くことは撒けたようだ。
(これじゃ最初と同じだ…)
どう考えてもさっきは殺気を振り撒きすぎていた、心臓も息も乱れた状態で思わず走り出してしまった。これでは空気と同化することはできない。
暗闇で休みながら先ほどの戦闘を振り返る。
横っ腹が痛くない事について。衝撃は確かに感じたが、どうしてか今もなお激痛を感じているのは背中と頭。恐らくガラスの割れた音、あれが肝なのだろう。
ピンクのゲージが尽きるまでは攻撃を受けても、怪我もしないし痛くもないのかもしれない。
ピンクのゲージをHPバーと呼ぶ事とすると一発目、横っ腹を殴られた時にHPバーが0となり身体を覆った障壁のようなものがなくなり、壁への衝撃を生身で受けたのだろう。こう考えるのが一番自然だ。
でももう戦いたくない。怖い。喉が渇いた、お腹も空いてきた。
意味がわからない。もうお家に帰りたい。
泣きそうだ。
自分の人生今まで楽しいと感じたことはあまりなかった、でも今はその日常ですら本当に恋しい。
喉が渇いた…
もう、死んでもいいのかな、とすら思う。多分100層突破は無理だろう。どう死ぬのが楽かな。
……
ここまで思考が巡って思った、
(どうせ死ぬなら行けるところまで行って死ねばいいんじゃないか?)
いい意味か、悪い意味か開き直るこの視点。どうせ餓死するなら今度こそ逃げずに一つ目と戦って死のう。
多分じわじわお腹が空いて死ぬよりぶん殴られて一瞬で死ぬ方が楽だ。
そうなったら探そう、奴を。
探し始めたら一瞬、すぐに見つかる、こちらに背中を向け機械的に動く『奴』が。
もう開き直った。緊張もしない。心臓も一定のリズムで体に血を巡らせている、呼吸も意識しない、同化している、空気と。
奴の事も大して頭にない、ただ走り出す、思い立ったかのように。
スキルを使う。短剣をすっと鞘から出し、首に押し当てる。
人を斬る感触。首を断ち切る力は無いから、首筋をなぞるように。
一つ目の首から血が噴き出て、声もなく膝から崩れ落ち、一瞬見えた目には驚愕の色が映っている。
思ったより罪悪感がない事に驚いた。一つしか目が無いのが逆に幸いしたのかな。
空気と同化したこの感覚は忘れないようにしよう。
闘える、このダンジョンで。この暗殺者という職業は絶対に自分と肌に合っている。
ばたり、という音と共に奴が光の粒子となって自分の中に入ってくる。
え、普通に嫌だ、何これ、背筋がぞわっとした。経験値になったのか?と思いメニューを見るがレベルは1のまま、右下に目を移すと所持品:トランスLv.1と記載されている。
しかもよく見るとexp:1と書いてある。一人倒すと経験値が1上がる。単純なシステムのようだ。
まぁとりあえず短剣は一本で十分だからトランスはこのままにしておこう。
ってあれトランスをdrinkの下にある黒い丸の中に入れたらもしかしたら水が手に入ったりしないだろうか。
本当に喉が渇いたので食糧よりも水が欲しい。
頼む、これで水よ手に入ってくれと願いながらトランスを手に取って穴に放り込む、が何も起こらない。
いやもうほんとに…頼むよ…せめてトランス返して。
この穴の中にトランス落ちてたりしないだろうか、ともうどうにでもなれという勢いで手を突っ込むと手触りのいいコップに手が触れる。
あ、そういうことか、いきなり手に収まってるわけじゃなくてここに保存してくれてるのか、と把握して勢いよくコップを回収し飲む。
初めてここで飲んだ水はぬるくてなんかすごい不味かった。
喉の渇きはちょっとマシになったけど。コップはドリンクの穴に入れて再び水がチャージされないのを確認して捨てた。
とりあえずトランスを穴に入れれば水、食糧が手に入るだろうということは分かった。
なので当面の目標はどれだけ時間がかかっても敵を倒してトランスを手に入れてレベルを上げて、水と食糧を手に入れて生きて100層を突破することだ。
日本に帰って特にやりたいことがあるわけでも叶えたい願いがあるわけでも無いけれども。
強いて言うなら自分が働ける気がしないから一生分のお金が欲しいかな。
そうと決まればまた次の一つ目を探そう。青のMPゲージも満タンだ。
多分スキルの説明からするとMPが技量ってことなんだろうけど技量ゲージって言い難いよな、とどうでもいいことを考えているとこちらに向かってくる影が遠くに見える。
咄嗟に角に身を隠す。
自分がやりたいのは徹底的に背後を取って刺すやり方だ、真正面からというのは怖い、けれども隠密で身を隠したとしても道路幅およそ6〜8mくらいだろうか、真横を通って気が付かれないという保証もない。
戻るか…?いや、100層突破しようと思った時100層までの敵全員を後ろから刺して終わり、なんて都合の良い事にはならないだろう。
絶対に相対して戦わなければいけない時は来るはずだ。
何回も、何回も。そうなった時経験が無いままでは絶対に殺される。
それなら普通のゲームならチュートリアルだと思われる1層である程度慣れておきたい、だいぶハードなチュートリアルみたいだけれども。
短剣を強く握る。やっぱり…隠密も使って気が付かれずに殺せるなら殺してしまおう。
駆け出す。
真正面から突撃してる割に相手は気がついていないみたいだ、もしかしたら普通に横も通り抜けることができたかもしれない。
暗くてあんまり分からなかったけど相手も短剣を持っている、強襲…!と心の中で唱え短剣を突き出す。
喉先一寸、相手の剣が喉を突き刺す邪魔をする、一つしかない目が見開かれていて驚愕しているのが分かる。
殺せなかった。一旦奴の脇をすり抜けるようにして距離を取り、再度短剣を握りしめ、次は完全に認識されている状態で突撃する。
相手が剣を突き出す軌道を予測し、こちらも剣を合わせ…られなかった。
自分の剣にかすってそのまま自分の体をガリリと削るように剣が通り過ぎてHPバーが4割程度になる。
脇の当たりに嫌な刃物の感触を覚える。しかし相手の腕は伸び切ってる、今なら…!
短剣を両手で持ち、勢いをつけて奴の腹に剣を突き出す。
相手がよろめいたところにもう一突き、体重をかけて。
すると今まで感じていた敵の質量が無くなり、光の粒子となって、またもや自分の中に入ってくる。
緊張が解け、はぁ、はぁと息を吐き出す。思っていた勝ち方とは違った。
想像ではいくつか剣を交えつつ隙を見つけて斬りつけようかと思っていたのに。
自分のHPを削って相手を刺す、骨を削って肉を断つようなパワープレイになってしまった。
耐久を上げて今のようなパワープレイで敵を殺すやり方が一番強いのではなかろうか、HPがある限りは自分の体は傷つくことはない。
でも相手が持っていたのが短剣じゃなかったら死んでいたかもしれない、自分は暗殺者らしいステータスにしようと決心する。
今はスピードが足りてなくてまだ完全には出来ないけど一撃離脱のスタイルで。
(それとやっぱり正面から戦うのはもう少しステータスが上がったらにしよう。)
などと考え事をしているうちに結構お腹が空いた。このトランスを食糧に変えようとメニューをオープンさせてfoodの右の黒い穴に入れ、手を伸ばす。
すると小さいキューブのようなものが手に当たる、取り出してみてもやはり立方体だ、一辺はおよそ500円玉くらいだろうか。
(えぇ…命懸けで戦ったのにこれだけ…)
致し方なしと口に放り込むがもうめちゃくちゃパサパサのくせにどろどろしてまずい。
カロリーをたくさんメイトできるらしい例の奴の最低下位互換みたいな感じだ、味もない。
しかし気がつくとお腹がいっぱいになっているのに気がついた。とんでも科学すぎて訳が分からないけどとりあえずお腹はいっぱいになった。