第二話
寝ていたのだろうか、目の前の景色に心当たりが無い。
夜の江戸という表現が適切だろうか。昔両親に連れて行ってもらった江戸を模したテーマパークによく似ている。両親が離婚する前の最後の記憶だ。
その記憶と比べると暗いが、松明上のものに火が灯っているものが等間隔に並んでおり、一応視界は確保されている。
数少ない両親との思い出に意識が逸れたが、ここはどこだろうと我に返る。
人はどこにもいなさそうだ、生活感が無い。ここからどうやって家に帰ればいいのだろう。
持っていたカバンもスマホも財布もない。スマホが無いと落ち着かないのは現代病だなと自分でも思う。
(とりあえず歩いてみるか。)
歩けば歩くほど不気味だ。建物があるのに人がいない。ドアをノックした後開けようとしたが、開く気配はない。
ホラーはあまり得意な方では無いので、怖くないといえば嘘になる。普通に怖い。所々で煌々と光を放っている火が生ぬるい風に揺られていてなおさら不気味だ。
歩く、歩く、何分経ったのだろう、景色はずっと江戸。
30分くらい歩いただろうか、疲れた訳ではないが少し休むかと腰を下ろしかけた時、ガラスの割れるようなパリンといった小さい破砕音とゴン、という鈍い音が聞こえた。
(人がいるのか..?)
走って確認に行く、多分そこの角のあたり..?
ゴン、ゴン、という音が聞こえる。目に入ったのは頭の潰れた死体、鈍器、顔に一つだけの目を鼻の上に添えた男。一つ目の男がギョロッと首をこちらに向ける。
口からヒッという情けない割に大きな声が漏れ出てしまったせいだ。あれは、間違いなく死体だ。死体だ。
逃げなきゃ…!反射で足が動く、本能に身を任せ走る。あれ、若干体が軽い…?
袴のような着物を着た一つ目男が追いかけてくる。笑顔と鈍器を携えて。やっぱりそうなるのか。胸がバクバク鳴っているのが分かる、疲れている場合じゃない、後ろの一つ目をたまに確認しながら全力で走る。
しかし、思ったよりも早めに距離を取れたようだ。
完全に振り切ってやろうと角を左に、右に、左に曲がり絶対に後を追ってこれないようにしてやったと思ったその時ガラスが削られるような不協和音が耳元で鳴る。
右頬に刃物の触感を感じ、顔を手で拭うが血はついていない。何が起きたのか訳がわからず後ろを振り返るとさっきのとはまた別の腕が刃物と共にぬぅと伸びている。
いままで気がつかなかった視界右上ピンクのゲージが短くなったのが見えた。
(別の一つ目かよ…!いい加減にしてくれ…!)
逃げる自分に対して追いかけてくる影は1つ。先程とは違う真顔の一つ目が後ろに迫ってきている。
酸素が足りなくなって来た頭でどうしたら逃げ切れるのか考える。
(さっき減ったように見える右上のバーは体力ゲージか?・・・ゲームの世界に転生したのか?だとしたら…何か…何か身を守れる手段は…)
結構体力が限界に近い…捕まったら…あの死体のように…
そんな考えは振り切る、今は生きる手段を探すんだ。
走っててある事に気がついた、ブレザーのポケットの中に入れた覚えのない何かが入っている感触。
走りながらポケットに手を伸ばしてみる。手に触れたのはおよそ10cmくらいの棒と紙。
こんな短い棒は役に立ちそうにもないので、紙をなんとか走りながら取り出して読む。
{メニューを開け}
従うしか無い、頼む、何か起きてくれ…息が苦しいが、吐き出すように
『メニューよ、開け…!』
掠れた声を出したのと同時に角を曲がり、疲れで足がもつれて転倒する。
もう一つ目はすぐ後ろなはず、立って走る気力は…もう…目の前に出たホログラムのようなものに書かれている文字に縋るしか無い、もうそれでだめなら駄目だ。
怖い、何か、何か起きてくれ。震える喉を絞るようにして平仮名3文字を紡ぐ。
『<隠密>』