カードを挿すのはそこじゃない
2022年 高速道路で乗り過ごした時のお話
夜の高速道路を走っていた。
お出かけの帰り道、もうすぐ最寄りのインターチェンジだ。遊び疲れた妻が助手席で寝息を立てている。
信号も渋滞もない高速道路は単調で、退屈しのぎに今日の出来事を思い返していた。妻は楽しんでくれただろうか、次はどこへ行こうかな。
ふと気が付けば車窓には見慣れぬ風景が流れている。あれ? ここどこだ? カーナビを見ると、どうやら目的のICを通り過ぎてしまったらしい。眠っていたわけでもないのにICを通り過ぎてしまうとは、どうやら思った以上に疲れているようだ。
まあ、通り過ぎてしまったものは仕方がない。次のICでUターンすることにする。とりあえず妻を起こさなくては。
「ごめ~ん、乗り過ごしちゃったから次のICでUターンするね~」
「あっ、ごめん、私が寝てたから」
いやいや、私のミスだから。もうちょっと寝てていいから。
私の車は2シーターのオープンカー。ETCカードの差込口が助手席の後ろにあるため、カードを取り出すためには妻に席を立ってもらわなくてはならないというメンドクサイ仕様なのだ。
ETC車載器のある場所ったらね。
助手席シートを前にずらしたら目一杯倒してぇ。
こんだけしか開かない隙間のぉ。
こんなトコにあるの。
しばらく走ると次のICが見えてきた。夜の小さなICは車の出入りが全くない。
「ちょっと待っててね」
妻に声をかけると、車をETCレーンの横にあるスタッフが常駐しているであろう建物の前に停める。料金所は無人だ。
建屋に入ると内扉に鍵がかかっている。インターホンを鳴らすとしばらくして係員が答えてきた。
「~~、何ですか~」
どうも声にやる気がみられない。「休憩してました」的な雰囲気がバシバシ伝わってくる。そりゃ、夜遅くに迷惑な話だとは思うが仕事だろう、悪いが付き合ってくれ。
「乗り過ごしちゃったのでUターンしたいんですが」
「ええ~? ちょっと待ってて」
しばらくすると70は超えているであろう係員が、やれやれという雰囲気を隠そうともせずに窓口に現れた。おおう、その歳で深夜勤務とはそりゃ休みたかろう。すまぬ。しかし仕事だ、頼む。
係員は書類を2枚持ってきた。1枚は住所氏名、利用区間と時間を書くようになっていた。なんでもこの制度を利用して高速道路を何往復もする者がいるので、その対策のためだそうだ。
もう1枚はUターンの説明書だった。Uターンに説明書などいらない気もするのだが、ICの平面図に矢印が書かれたものだ。
書類を書き終わると係員はヘルメットをかぶり、蛍光ベストと誘導棒を持って外に出てきた。
「一番手前のゲートを開けるから一回外に出て、ぐるっと大きく回って一番奥のゲートから入ってきて。ああ、ETCカードは抜いといてね」
係員はそう言うと機械を操作してゲートを開ける。妻に座席を立ってもらうとETCカードを抜き、誘導に従ってUターンする。
ゲートをくぐってUターンし、高速道路に入ったのを確認すると、係員は建屋に戻っていった。ああよかった、これで解決、ありがとうございます。心の中でお礼を言った私は、車を道路脇の空きスペースに停め、妻を下ろしてETCカードをカードスロットに差し込もうとした。
「危ないよ!」
えっ? 何が?
妻の声に驚いて周りを見るとゲートから大型トラックが入ってこようとしていた。車は空きスペースに停めたため、十分な間隔はあるのだが焦ったのだろうか、真っ暗な中私は手探りでカードスロットを探すと、急いでカードを差し込んだのだった。
するっ
ん? 手ごたえがないな。まあ奥まで差し込めばカチッとはまるだろう。
するっ
えっ?
本来ETCカードが差し込まれれば「ETCカードが挿入されました」というアナウンスがあるはずなのだが、何も聞こえてこない。さては裏表逆に差し込んでしまったか。カードを取り出そうと手探りでイジェクトボタンを押すが何の反応もない。あれ? おかしいな。
スマホのライトを当ててカードスロットを見てみるが、どうやらカードが入っていないようだった。なんだと、では先ほど私が差し込んだカードはどこに?
うん、暗くてよく分からない。
※写真にはカードが挿入されています
狭い隙間に頭を突っ込んでよく見ると、車本体と車載器の間に微妙な隙間がある。
ここじゃなくて。
ここ?
まさかここに? え? こんなトコにカードなんて入るの? そんなことがあるのだろうか。いやしかし他には考えられない。私の手には確かにカードを差し込んだ感触が残っているのだ。しかし。
これ、どうやって取るの?
車載器は4つのネジで車体に留まっているようだ、つまりねじを外して車載器を取り出し、その上に載っているはずのカードを回収しなければならないのだがしまった、工具など一つも持ち歩いてはいないのだった。仕方がない。私は道路を横断してさきほどの建屋に戻ったのだった。
チャイムを鳴らす。
「すいませーん」
「はい?」
さきほどの係員が「何だよまだ何かあるのかよ」といった雰囲気で答えてきた。
「ETCカードを変なところに入れちゃったんで、ドライバーを貸してもらえませんか?」
「???」
いや、言ってることが分からないかもしれないが、それ以外にどう言えばいいというのだ。せっかくくつろぎモードに戻った係員はやれやれな感じで出てきた。
「なに、どうしたの」
「ETCカードを変なとこに入れちゃって、取り出すのにドライバーを貸してほしいんです」
係員はやはり言ってる意味が分からなかったのだろう。「どれ?」と言うと、ヘルメットと蛍光ベストをつけて出てくると、先導しようと車道を渡ろうとする私を止めたのだった。
「そこ! 車道だから渡らないで! こっち来て!」
それまで気にもしなかったのだが、ICのゲートの上には歩道橋がかかっており、そこを通って反対側に行けるようになっていた。どうやら横断歩道ではない道を渡ることは禁止されているらしい。たとえ車が1台も来なくても。
歩道橋を渡るとやれやれな係員は私の車を覗き込もうとするが、暗いうえに狭く、しかもヘルメットなんかをかぶっているものだから見えやしない。私が「ここに入っちゃったんです」と言うと散々覗き込んだ挙句「ドライバーだね?」と来た道をやれやれ戻り始めた。
さて、この狭い場所でどう作業しようか。私がスマホのライトをつけて車載器のネジをよく見てみると、あれ?
これって六角穴付きボルトじゃね?
※写真にはカードが挿入されています
私はあわてて車を飛び出し、歩道橋を渡っているやれやれ係員に向かって大声で伝える。
「すいませ~ん! ドライバーじゃなく、六角レンチおねがいしま~~す!!」
やれやれ係員がやれやれ言う声が聞こえた気がした。
しばらく待つとやれやれ係員は六角レンチの束をもってやってきた。ありがたい。貸してもらえるのかと思ったらやれやれなままに、自分で車載器を外そうとし始めた。いや、自分でやるんで貸してもらえればいいです、と言ってみるが、やれやれ係員は手を止めない。そんなにやりたいのかな、ベルトの金属が車体にカチカチ当たってるのでやめてほしいんだが。
それに万が一車載器を外した時、上に乗っかったETCカードがするりと車体内に滑り落ちてしまったら、もはや私の手には負えなくなってしまわないだろうか。
やれやれ係員が車のあちこちにヘルメットをぶつけながらもうまくねじを外せずに、やれやれ状態になったのでこれ幸いと交代する。しかしやりにくい。狭い。幌を開けて上から覗き込み、そして、ついに車載器は外され、カードが顔を出したのだった。
と、とれた。
ありがとうみんな、ありがとうやれやれ係員。お礼を言うとやれやれ係員はやれやれという顔をしてやれやれながらやれやれ歩道橋を渡っていった。
さて。
ようやくカードを車載器に挿し込めたのだが、この車載器、いったいどうやって車体にねじ止めするんだろうか。
車載器を(つまめる場所も無いのに)引っ張りながら(見えもしない)ねじ穴を合わせるだと?
そして今更だが、ETC車載器に挿し込まなくても、窓口でETCカードを渡して精算すれば良かった。
結局この日は予定より1.5時間遅れの帰宅となったのだった。
やれやれ。