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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第九章
88/89

006 感染拡大3




「ん~、つまりであるなぁ~、このビールを飲んだ時にまず感じるこの苦味。()と比べると明らかに強い。明らかに強くとは言うものの、それでいて後引く嫌味がなく、そして鼻から昇り来るこの(かお)りと言ったら大変に澄んでいて………」



 デカブツがPCの画面に向かって何やらブツブツと語っていた。

 四角く、白い頭にはその頭部の横幅に限界まで引き広げられたヘッドフォン。

 和室、渋い色の小さな木製の(デスク)、非常に味がある。

 光るゲーミングキーボードにマウス、スタンド式のマイク。

 (デスク)の脇に小振りのビール瓶、()ぐためのグラス、チェイサーとしてか水の入った大き目の湯飲みと小腹を満たすための乾き物を幾つか置き、準備万端と言った状態。



「暑くなく、寒くなく、丁度いい涼しさにある高い丘、草原に一人立ってバッと一陣の風に吹かれた様な想像(イメージ)を浮かび上がらせてくれる。風の通り過ぎた後に残る雑味無し。口内のベタつくものも多い中、これはザっと通り過ぎて、飲んだ物は水だったかとも言いたげな面持ちで、大変よろしい」



 煎餅(せんべい)のような薄くやつれた座布団にどっしりと胡坐(あぐら)をかき、甚兵衛(じんべえ)姿の化物はほろ酔いに任せてあれやこれやと口を動かし続けていた。



「いやいや、決して味が薄いという事ではない。ガツンと来るパンチや、舌を喜び狂わせるような濃厚さを持ち合わせているわけではないが、そう、ただただ"丁度良い"。この丁度良さ……バランスと言った方が良いか、一本三百五十円……値段を見てもそれ以上のものだと思わせてくれる飲み心地だ。惜しむらくはその重みの無さではあるが、とは言え、これは好みの範疇(はんちゅう)だと思われる。味に対する薫りの過ぎ去りか(とど)まりか、このバランスを整えるためには前者の選択で個人的には間違いはないと思う。一方でキレと言う表現については(いささ)か弱いように思える。強く、含み豊かな苦味による爽やかさはあるものの、キレに貢献する質のものではない。言うなれば癖がある。この癖が要因となり、脂っこいものには少々()が悪いとも言えるであろう。多少の青臭さがあることから、甘い菓子には合いそうな気もするが、生憎(あいにく)と検証できるモノがない。興味がある者は一度試して欲しい。あぁ、出来れば試した者は感想を送ってくれると助かる」



 モニターでは何やらガタイの良いアニメ調のキャラクターが左右に揺れていた。

 軽妙なBGMも合わさって、大変に和やかな空気。

 チャット欄に映されているコメントは、その一つ一つが一秒とかからず下から上へと昇り、盛況が垣間見えた。



「『酔っ払いにしては芯を突いたような感想で草』……? ふふ、この酔っ払いの舌を舐めて貰っては困るぞ。幾たびの飲酒、幾たびの酔いの果てに辿り着いた知と味の境地。(わし)は酔っ払いではあるが、酔いに(くら)み、消費に任せるばかりの呑兵衛(のんべえ)らとは格が違うのである」



 デカブツは酔いに任せて口上を垂れるが、若干(じゃっかん)呂律(ろれつ)がおぼつかない。

 ふらり、また一度(ひとたび)グビリとやると、大袈裟(おおげさ)なまでにその味を動きで伝えようと目を閉じ、鼻から溜息を()いて見せた。



「ふぅぅぅぅぅぅううううんんん…………………。良い、実に"丁度良い"。これだ、最近の人間にはこの"丁度良い"が足りていないのだ。言ってみれば少し(ぬる)くなって炭酸のくたびれた瓶ビールを"美味い"、"良い"と言えるか、思えるかと言う非常に文化・感性的な側面への問いかけに近いものではある。確かに、このビールには足りないものがある。その薫り・爽やかさへの追及の代償に舌に感じる一口目のインパクトというものを欠いている。水に落としても一旦沈み込んで浮上するどころか、落とした(はし)から波紋を起こすことなく速やかに水上で滑っているかのような、底を意識させない上辺(うわべ)をなぞり抜ける苦味。ハイライトともヘヴィともつかぬボディ。なのに後から感じる(かす)かな、(しか)し確かなコク。頭の肥えた専門家の評価としては、『没個性的』。いやいや、そんなことは無い。舌に現れる印象に隠れた、この(わず)かで奥床(おくゆか)しい主張。これを良いと表現する他、何がある。

 視線の向く先は(きら)びやかなものばかり。目も眩む金銭を表示され、ネームバリューとブランドに汚染された、豪華で(いや)しい身の丈に合わぬ見栄張り。成っていない。まるで成ってない。足るを知らねば。足るを知らねばこの幸せをも感じられず、知れず…………ん?」



 上機嫌の口上は、流れ()でるコメントらに遮られた。



『凄い事起こってる』

『まっちょさんこれ見て→ htt…』

『これニュースになるだろ』



「こらこら、他の配信者の名や配信自体を持って来ぬよう毎回言っているであろう。これはマナーやモラルと言った話であって決して規則と言う訳ではないが、儂の配信においてはそれをいけない事だとして何度も発言し、概要欄にも書いているというに……。その禁を破り、一体儂に何を見せたいのだ」



 決して怒りは混じっていなかったが、ダメな事はダメ。怒りの代わりに多少の茶目っ気を交えて、決まりごとの反故(ほご)に対する注意は毅然(きぜん)と行われた。



『これやば』

『逸材で草』

『モノホン』

『これ本当だったら凄いことだよ』



 なお()まぬ。

 (むし)ろ、加速が見えた。

 仕方ない、と言うと三一(みひと)はマイクを一旦切った。

 正面の配信画面を残したまま、自身の右側に備えたサブモニター内でカーソルを操作し該当のURLへ飛び、皆が言う「凄い」ものを見る事にした。

 注意はした、感情を荒げ、不機嫌で他人を操作したくはない。

 一度見て軽く感想を()けば、事は収まると考えていた。



『扉突破ぁ! ……うわ、生で見るとすっご……。おっきな神社行った時とかに感じる、「静か」とか「重々しい」って言う気持ちみたいな。神聖な空気みたいなのを感じる……これが(おごそ)ってやつなのかな?』



「うん? そうか、そうだな、ライブ配信だな。(しか)し、何となくテレビとかで見た事がある場所であるな。確か、日本国の運営を取り仕切る重要な場所だったと思うが……」



『待て! 止まれ!』

『こちら二班! 表ゲートより侵入者、既に館内へ侵入しております!』

『こちら二班! 二名を残して侵入者を追っております! 侵入者は若い女性、身長百五十~百六十、軽装、危険物の所持は不明です! 応援頼みます!』

『左だ! いやにすばしっこいぞ!』

『内からも応援を!』

『次のポイントで確保だ!』



 カメラを持っている人物は走っているためか、床へ通路へ映像がガクンガクンと激しく乱れていた。

 その他、騒がしい声も聞こえてきている。追われているようだった。



『こっちかな…、こっちっぽい! 偉い人は大体上にいるでしょ! 階段だからキツイけど、こっち行ってみよう!』



 カメラがより激しく上下し、見るに()えない酷い映像が映し出されていた。

 階段を急ぎ昇っている所為(せい)だ。ガコンガコンと何が映っているのか見当もつかない。

 三一は糸屑を丸めた様な目を(しか)め、これ以上見る必要もないと感じていた。

 どうせ、所謂(いわゆる)迷惑系というやつで、数日だけお茶の間を騒然とさせその後すぐに忘れ去られる存在だと思っていた。



『げっ!』

『いたぞ! 侵入者だ!』

『侵入者発見、制圧にかかります』



 先の廊下の角から警備員と思われる人物が三名、後に続いて二名、計五名が映し出された。

 かなりの大騒ぎだったのだろうが、前から後ろから囲まれてしまえば終わりだ。

 三一はカーソルを右上の×に向けて移動させ始めたが、カメラはまたもや上下を始めかけた。



『動くな! 所持品を地面に置いて床に伏せろ!』

『邪魔! そっちが動くな! 後ろも追ってこないで! ―――――止まれっ!』



 すぐに来るであろう、制圧に沈められる音が聞こえなかった。

 ブラウザを閉じる済んでのところ、三一は見た。

 相変わらず映像は乱れていたが、カメラを持つ人物の咆哮(ほうこう)に応じて、ビタリと不自然に静止し始めた警備官らの姿。



「む!?」

『なんだ!? 体が…!?』

『あ、待てっ!!』



 カメラがちらっと少女の顔を移した。

 まだ若い人間。三四の友人、安宅真白とそう変わらない歳に見えた。

 少女は制止の声を通り過ぎると、勢いを落とさずそのまま駆け続けた。



「今のは……」



 違和感に気付くと、三一は最小限の言葉で配信を終了した。

 いつも楽しんでくれている視聴者には悪いとは思ったが、これは明らかに準化物(セミ)の引き起こしている、緊急事態だと直感した。



 人の歴史には、時折(ときおり)催眠や暗示と言った不可思議な話が舞い上がって来る。

 時に宗教で、時に武術で、時に医学で、時に物語で。

 否定はせぬ。

 (しか)し、それは環境であったり心境であったり、自然・強制を問わぬ自身その他なりに整えられた特殊な状況下に置かれた中で惹起(じゃっき)されるものであり、先の様な感情的で直接的な命令に反応するものではない。(ある)いは、ぶつけられたその感情の強さ(ゆえ)に多少の(ひる)みが生じたとしても、それは一瞬の話であり完全に動きを封じる事は叶わないはず。

 出来るのであれば、環境等関係なく意のまま言葉のまま人を操れるのであれば、それは超常の力。化物の常識から見るに人外の(ことわり)であった。



「三四郎! 三三《ジョージ》! いや、誰でもいい! 誰か!」



 部屋の扉を乱暴に開け、三一は廊下へ飛び出した。

 巨体の体重から踏み出される丸太同然の足が、木張りの床にギシギシと悲鳴を上げさせた。

 取り戻しもつかないような破壊音の連続とともに一気に階下へ下ると、そこで三一はハッとした。



「そうだ! 今日は三四郎もジョージも、我が愛する妻・ミ一(みひ)も外出中! 愛娘・三四は病み上がりにつき自室で床に就き養生中! 実質誰もおらんと言う事だ! ………誰もおらんではないか!」



 気持ちよく叫んだ後、三一は数舜考えてから甚兵衛の内胸にスッと手を()った。

 抜き出された手が持つものは、最新型のスマートフォンであった。



「そうだそうだ、これを使えば事足りる事であった。儂とした事が全く失念していた、いやはや……」



 歳かのぉ、等とテキトーに呟くと三一はスマートフォンに入れてあったPINEを起動。ピカタ家に関与する人物・化物らにて構成されたグループPINEにて、「緊急事態発生につき、誰ぞ至急連絡されたし」と慣れない手つきで打った。

 即座に誰かの既読が付いた。

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