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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第九章
87/89

005 感染拡大2




 乙女の部屋を囲う六面は、(おびただ)しい(バルク)を宿した雄どものポスターに彩られていた。

 頭の高さに構えた腕の隆起(りゅうき)を見せつける者、突き出した胸の雄大さをアピールする者、ステージを踏みしめた脚に流れる太い筋を誇る者……。

 肉々しさに囲まれたうえ、ダンベルやチンニングマシン等の器具(インテリア)御洒落(おしゃれ)にキメた彼女の城は、今か今かと思い描く"完成"を間近にその色を深めていた。



 三四が形を取り戻してから一週間が経とうとした土曜日、昼。

 独特の匂い漂いそうな神秘の空間、椅子に座って一息つく乙女の顔は汗に光り、彼女は右手に持ったシェイカーを口に(あて)がうと、小さな喉をリズム良く上下させた。



 思考を飛ばす程の運動の(のち)、定まらぬ呼吸を正すための呼吸が嚥下(えんげ)の間に現れていた。

 一口飲み込むとンフ、一口飲み込むとスゥ。

 ドリンク(プロテイン)は栄養補給よりも(むし)ろ冷却水としての役割を(にな)わんとばかりの速度で彼女の喉に吸い込まれていった。



「っうはぁ」



 口が天井を(あお)ぎ、すぐさま元に戻るとそんな音が出た。

 空になったシェイカー。(しか)し、その内側にはまだバナナ味の色が雫となって張り付いていた。

 ペットボトルから少量の水を(そそ)ぎ、(ふた)を閉め、(ゆす)ぎ、飲み、乙女はシェイカーの内に(にご)りがなくなるまでこれを繰り返した。



 やがてペットボトルの水はなくなり、乙女は「うっぷ」と品の無くなった吐息を出したところでデスクに置いたモニターへと目を移した。

 止まぬ汗をタオルで(ぬぐ)い、少し落ち着いたとは言え旺盛(おうせい)な鼻呼吸。

 汗の浸透を少しでも防ぐためにバスタオルが敷かれた椅子。その背凭(せもた)れに体重を預けると、乙女はモニターへ移していた視線を天井へと持って行った。



(……………………)



 先週の三四の騒ぎ。

 強度のトレーニングにより吹き飛ばしたはずの記憶と思考が、じわじわと乙女の時間を(むしば)みにかかっていた。



 グパック教員の手から溶け落ちた黒色。

 紫煙の(もや)が揺らめいていた。

 床に(こぼ)れた端から、意思を感じさせる流動を見せてビルビルと三四の下へと這って行った。

 全ての靄が三四の下に集まると、グチリと(いや)な音が聞こえた。

 その瞬間なのか、どの瞬間なのか。認識の出来ない程の極短時間の内に、三四の体は形を取り戻し横たわっていた。

 その短時間の内の更に瞬間、真白の目には弾け飛ぶ金色と紫色の混じった極小の粒が見えた。

 極小の粒は、真白以外の誰にも気づかれなかったのか、音も無く壁や天井をすり抜け、瞬く間に消え去った。



 「何だったのだろう」、思うと同時に友・三四の顔が目に入った。

 形を取り戻した三四は、苦しいでもなく、痛いでもなく、極めて安らかな表情で横たわっていた。

 頬には、健康的な赤みがあったのも覚えている。

 横たわった三四に(すが)り泣くミ一(みひ)の姿。あまりに巨大な娘に、小さな母。それまでの出来事に加えて、更に現実的でない光景。顔から胸にかけて、何かしらの感覚がぐるぅりと重力を失ったのを感じた。



 飛び散る汗も気にせず、真白は顔をブルブルと振ると、もう少し強くタオルで顔を拭った。



(この一週間、かかさずミ一さんと連絡を取ってたけど、三四ちゃんは、もう一応目を覚ましてるらしい。まずは、御家族さんとの時間を優先して貰って……)



 すぐにでも飛び出して行きたい気持ちもあった。

 ソワソワしているのが自分でも良く分かっていた。

 衝動を抑えて、抑えて、真白は配慮した。

 三四はもう目を覚ましているらしい、万全ではないが御飯も食べているらしい。

 であれば、まずは家族との時間だ。

 自分はいつでも、学校で会える。

 真白は、配慮した。



 ギっ、と体勢を戻すと、真白はモニターに映し出された動画共有プラットフォームの検索欄にカーソルを持って行った。

 クリックして出て来る検索履歴は、彼女の為に具体性を省略するが、それはもう、フィジカリーなものばかりであった。



 文字を打ち、消し、打ち、消し。

 シャワーを浴びる前の心拍数を落ち着けるための時間。

 適度な時間の面白い動画、それを見つけねばならない。

 従って、『今』に的確なワードを選出せねばならない。

 疲労した体、火照(ほて)りに乱れる思考。

 真白は(しばら)くアレコレと試行錯誤するも、やがて諦めてホーム画面に並ぶオススメからモノを選ぶことにした。



 『時代遅れ!? その筋トレ方法、間違ってます』

 『美味い、早い、安い 最強筋肉飯 発見しました』

 『【飲酒】風車っちょの呑兵衛(のんべえ)セレクト クラフトビール編【その59】』

 『筋肉は必要ない! 効率的な身体操作を古武術から学ぶ』

 『あなたの運命、これで丸裸! 占星術の全て』



 過去見たものからどうでもいいものまで、様々な「あなたへのオススメ」が散りばめられていた。

 そろそろ真新しいものも見てみたい。

 そんな思いが、ホイールを(ころ)がしてページを下へ下へと潜らせた。

 目当てのものが出て来ないとページの更新をかけ、またホイールを操作して潜った。



「うーん……、良さそうな動画ないなぁ…。………」



 無為な時間がトロトロと流れていく。

 諦めようか、とマウスに置いた手を止めかけた時、ふと『ライブ』の文字が目に入った。



「ライブ配信かぁ~、そう言えば見た事ないかも。試しに何か見てみようかな」



 真白は早速ライブのタブをクリックすると、現在ライブ配信中の一覧を見遣(みや)った。



 『腕立て3000回やるまで終われまてん! ―筋肉魔人譚―』

 『ひき肉消費レシピ『冷凍ハンバーグ』下準備編 ―家庭内料理執行人―』

 『電波ソング歌いつくす!!! ―マリン・ビン・シュリンプのお部屋―』

 『DIY 格安で作る夢のマイトレーニングルーム ―肉の不届き者―』

 『となりの首相官邸! 内閣総理大臣へアポなし突撃取材! ―アカネちゃん参る!―』



 初めて開いたタブだったが、その活動者の多さに真白は少し驚いた。

 知っている者、知らない者、名前だけ知っている者。

 世の中にはこんなにも多くの配信者がいたのだ。



 驚きながらも、真白は魅力的なタイトルたちを順に舐めていき、最終的に『DIY 格安で作る夢のマイトレーニングルーム  ―肉の不届き者―』に興味を惹かれた。

 たちまちクリックに向かうが、懸垂(チンニング)後の腕橈骨(わんとうこつ)筋がそれを嫌がった。

 自分では、魅力的なタイトルをクリックしたつもりだったが……



「あっ、」



 疲労に痙攣(けいれん)気味だった腕がうまく動かず、隣の別のタイトルをクリックしてしまったらしい。

 己のミネラル不足を悔いる間にローディング画面が映したタイトルは 『となりの首相官邸! 内閣総理大臣へアポなし直撃取材! ―アカネちゃん参る!―』。



「変なの(クリック)しちゃった」

『さぁさぁさぁ! やっとこさやって参りましたぁ! ここまで長かったぁ……首相官邸前! 内閣総理大臣がお仕事とかする、わぁ、なんかアレです!』



 騒がしくも明るい声は女性のものだった。

 画面が荘厳な建物を映し出すと、次にカメラを回旋させ見せたものは撮影者の顔だった。



「え、同じ(くらい)の子?」



 配信に慣れていないのか、不細工(ぶさいく)なカメラワークでずんずんと進んでいく。

 ずっと見ていると酔いそうだったが、真白は一瞬で釘付けになった。



『450キロの道のりはさっすがに、大変だったよぉ。皆も付き合ってくれて、ありがとう! ここからが、本番、ハァハァ。やばい、歩き過ぎて、しんど……』



 配信時間を見ると、既に11時間を超えていた。

 更によく見てみると、<パート11>……?

 この子は一体、何をしているんだろう?

 疑問が(もた)げたが、画面に映った荘厳なる建物は幾度となくニュースに映し出されたよく見知ったもの。



「ここって、そんな勝手に行っていい場所なの? えっ?」



 画面の向こうの彼女はなんらの躊躇も見せず、ずんずんずんずん進んでいく。

 (つい)ぞ、敷地内へ侵入しようした矢先、ゲートにて警備員に呼び止められた。



『ちょっと、ちょっとお姉さん! 何しようとしてるの、こんな所で。ここどういう所か知ってるよね?』

『知ってます! ちょっと総理大臣に取材をしたくて』

『は? 取材? 何? イタズラ?』

『イタズラなんてとんでもない! マジメですよマジメ! マジメな取材ですよ』



 画面から、異変を察知した他の警備員たちが集まって来る様子が分かった。

 同時に、コメント欄の動きが明らかに活発になった。内容を読む時間もなく恐ろしい速度で流れている。



『君、こっち来てくれる? ちょっと冗談じゃ済まないよ』

『こっちも冗談でこんな所来てないですよ! わたしが用があるのは総理大臣で』

『お姉さん、もう小さな子供じゃないんだから。大人しく、ね? お(うち)はどこ?』

(うち)なんてどーでもいいじゃないですか! わたしはこの奥に用があるっての!』

『それ、動画取ってる? スマホ下げてください』

『こちら表ゲート。不審者を発見、拘束中。若い女性、15~18歳頃、軽装です。危険物の所持は未確認、これより取り調べを…』



 短時間の間にどえらい事になっていた。

 コメント欄の熱は加速を続け、何やら金銭を意味するコメントも飛び交っている。

 間違って開いてしまったとは言え、真白はいつの間にかその配信に、その終結の仕方に強い興味を持ってしまっていた。



『あー! もう! 話にならない!』

『話も何もないよ全く…。今日はお偉いさん方が集まる会議があるんだ。警護に力入れなきゃいけない日だってのに……。君、今流行りのなんちゃらチューバーってやつ? 趣味でしょ? で、こっちの時間取られちゃ仕事にならないんだから』

『不審者を取り締まるのも警備員さんの仕事でしょ!?』

『不審者に言われたかないけど、その通りだよ』

『ちょっと変なとこ触らないで! セクハラ! セクハラですよ! あーもう、もうもうもう面倒臭い! ―——――みんなあっち向け!』



 幼稚園児か小学生のような、あまりに幼稚な台詞(セリフ)だった。

 本人にとっては、咄嗟(とっさ)に出たイラつきと要求を表す言葉だったのだろう。

 (しか)し、緊急時にそんな世迷言を誰も聞くはずはない。

 事、警備という任務を預かる彼らにとっても、そんなふざけた要望は聞き過ごして(しか)るべき、何なら問答無用に確保へ行動を移しても問題ない、全くの意味が無い言葉だった。



「あれ?」



 真白は、気が付くと壁を見詰めていた。

 画面と全く逆の壁だ。

 椅子ごと、体ごと、壁に貼り付けられた肉々しいポスターに顔の正面を向けていた。



 スピーカーから、駆け出す音と警備員の制止の声が荒々しく響いてきた。

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