004 感染拡大1
別に、わたしは普通の人間だった。
普通の容姿に、普通の家庭。
普通の成績、普通の運動能力、普通の性格、とにかく普通普通。
ちょっと…、うん、ちょっとだけ承認欲求が強めなだけで、ね? 普通の人間だった。
楽しいことがしたい!
楽しいものを見たい!
楽しい事でずっと笑っていたい!
楽しいってなんだろう?
面白いってなんだろう?
直接的な笑いを誘うそういったものは、勿論楽しい、面白いものだよね。
でも、興味を持つ、興味が湧くっていうのも、楽しい、面白いものだよね。
どっちでもよかったけど、とりあえず、自分がそういったものを提供できて、目の前の人を笑顔に出来るとか色々なものに視線を向けるきっかけになれるのは昔からとても嬉しかった。
同時に、皆がそんな感じで目を輝かせると、自分も認められてる気分にもなった。
それが、わたしの承認欲求を満たしていく重要な要素だった。
高校生。
バイトを始めた。
出来るだけ、人と関われる仕事。
可愛い服に、可愛いスイーツ。
私を見て、私を認めてくれる店長さん、お客さん、この店が大好きだった。
足りない。
まだ、足りない。
わたしの承認欲求を満たすには、まだまだ足りない。
SNSでの動画投稿、配信を始めた。
面白いように再生数が上がっていく。
要因はなんだろう。
わたしの作る動画が面白いから?
わたしのライブ配信が楽しいから?
わたしが、可愛い……と思われてるから?
わたしの承認欲求は満たされていくけど、まだ、足りない。
わたしが、可愛い? から再生数が回るのは嬉しいけど、わたしが求めているのはそうじゃない。
変な事言って、みんながゲラゲラ笑ってくれるのも悪くない。
でも、もうわたしの気持ちは、皆が色んな事に興味を持ってくれて、その分野の事を自分で調べる気になって、知識を蓄えて……そういった面白さを見出させることが出来たら、もう滅茶苦茶に嬉しい! ……そんな方に傾いていた。
とある日、学校帰りのアルバイト。
店長さんの弟さんと、わたしと同じくらいの女の子が来店した。
暫く、なんか話し合いをしてたけどその後、度肝を抜かれた。
とんでもない大男と小っちゃな女の子が来店したんだ。
大男は人間じゃないような四角い頭をしてた、ううん、多分人間じゃない。
衝撃的だった。
頭もそうだけど、人とは違ったぼっこぼこの筋肉。
お客さんの視線を一斉に集める、空間を占領する圧倒的な大きさ。
わたしには輝いて見えた。
ボディビルダーも真っ青な大きく仕上がった体に、冗談みたいな頭。
こんなの、面白い。
「こいつは何者なんだ!」……皆が興味をそそられて仕方ないものじゃない!
わたしの承認欲求が負けじと対抗心を燃やし始めるのが分かった。
沸々とした気持ちのまま退勤、その後暫くは大男を見た衝動か、動画投稿や配信をいつもよりハイペースで遂行して再生数とコメント稼ぎに奔走した。
足りない、足りない。
それまで満ちかけてた承認欲求が暴れ回ってる。
こんなのじゃ、あの大男のインパクトに勝てない!
ヤダ!
ぽっと出の大男に負けてたまるものか!
もっと人の注目を集められるような題材、刺激的な内容……なにか、なにか欲しい。
わたしの動画で、わたしの配信で、わたしの行動で、わたしの言葉で、人を動かしたい! 導きたい!
あぁ、違う違う! 宗教とかスピリチュアルとかホラーとか、違う違う違う! 好奇心を掻き立てられる……そうかもしれないけど、わたしの目指すのはそっちじゃない!
あぁ、みんな、みんなもっと色んな事に面白さを、興味を! あぁ、違う、なんでなんで!
可愛いってコメント嬉しいけど違うの!
ワロタってコメント好きだけど違うの!
人生に活力が湧いてきたって、そう! そうなの!
日々の幸せがって、それ! それなの!
そう! 興味を持って、好奇心で動いて、小っちゃな幸せを積み上げてくの! 導きたいの! 先導したいの!
ベッドの中、頭ん中キンキンしてきた…、鉄より固くて、光より激しくて、音より見える衝撃が線が、まとまって一つになっていっぱい、に分かれて前から後ろに流れて波になって頭の中を駆け回ってる……。
まるで目まぐるしい現代の潮流がわたしの頭の中を侵食してきてるみたい、違うかも、そうじゃないかも、もっと別のものなのかも、だってだって、これおかしい、気持ちい、おかしいの。
おかしいの。
おかしいの。
そうおかしいの、今の日本て。違和感だらけなの、不自然なの。
違う違う、それも面白いけど、そういう面白さって、動画や配信で出すにはリスクがあって、でもそれって個々人の思想・考え方に依存してて、凄いスピードで虹が流れて来るのも分かってるけど、それも違くて、そう、個々人の考え方で面白さも幸せの感じ方も違うっていうのに、無理やりに一つの軸に意思統一を企むみたいなある種の陰謀めいた強引さがあって、それが凄く気持ちいい流れの中にぶち込まれたみたいで虹は強烈な幾つもの一本の光の線になってそれらで自分の脳が染まっていくのも知覚しているけれども、あぁ、違う違うゲインの掛かり方がおかしい、これじゃない、自分じゃない、そうじゃなくて、問題とするべきは一軸の内に人を詰込もうとするその考え方であって、十人十色を一色にしようとするその浅ましい思想にあって、その是非を問うまでもなくそれは人権や人格の否定でありモラル品格の破壊にも繋がり、そうそうそう、これこれこれ、人の興味は好奇心はそういった一本軸にまとまるものじゃないって言うのはわたしくらいの人生分の時間を経ただけでも分かる事なのに、大人は、偉い人は、権力者は、世界は、自分の部屋が拡張していくのを見てる、原色カラフルでそれぞれの色の境目ははっきりしているようで馴染んでもいるけれどもその速さゆえにそれぞれが白色に近付き始めてて、光の中で色が光を伴って、わたしが発信していかなければとまでは言わないけどわたしがその一端を担うくらいには行動を起こせるはずだから、わたしがわたしであるままに、他人が他人であるままに幸せを追求できるように、ともすればわたしが起こすべき行動というのは何かしら社会に歪みを与える様なものでなければいけなくて、その小さな歪みでも数打てばその個々の周波数は互いに干渉しあってより大きな或いは凄まじい破壊力でもって発言できる強烈なカルチャーとして体を成して、あ、でもこれは人の意思を一つにしようとする浅ましい思想に沿う結果にもなって、それはわたしの望むべき場所ではないのも分かってはいるけれども、あぁ、そうか、そうなのか、変えるには「集」でなければいけないのか、そうだよ、「個」や「一」ではダメなんだ、強さの決定には「個」は勿論必要だけども強くて最短距離を目指すのであれば「集」なんだ。なんだよ、結局そうなるんじゃん、正しかったじゃん、世界。え、待って、違う違う、「集」って違うじゃん、「集」は結果として出来るのであって「集」を作るのは、導くのは強烈な「個」じゃん、カリスマじゃん! で統治じゃん、自分の考えを適応させるために「集」に飛び込んで「集」の中で全く別思想の「集」が集って……………え、つまりは流転? 鉄の打ちあう音が遠くの色んな所から迫って来る、カンカンカンカンキンキンキンキン眩しい。散りばむ火花を左右の眼球がそれぞれに独立して追っている。眩しい眩しい、五月蠅い五月蠅い、痛い痛い痛い、耳まで昇って来た鼓動に合わさって気持ちい気持ちい。白色の速度に、風圧に、勢いに体が吹き飛ばされそう、ほんとにもう凄い速さ。煽られた思考の速度がまとまりを待たずして暴れて走り回ってる。間違っているのはどれ? 貫き通すべきは何? わたしの小さな歪みはどこから始めればいい? 鉄の音が濁音に変わって近付いてくる、怖い、嬉しい、わたしのところにまで来るまでに到達するまでに決めなければ始めなければ。意思決定はここで済まさなければ、どうなっちゃうのわたし、これから先どうなっていくの!? 怖い、楽しい、面白い、どうなってもいいけど、軸は、軸は決めなきゃ、人がしがみ付く一本を決めなきゃ、世界に仇なす不徳の一本。世界を変える不意打ちの一太刀。世界に轟く初めの一歩。なんでもいい、なんでもよくない、意思を擲つ最敵手、世界はまだ大きい……、周囲の人々からでは速さに欠ける、わたしの見るべき最初の敵は
「社会が悪い」
お腹にストンと何かが落ちた。
何かがピッタリとハマった感じがした。
思考に発生した熱を吐き出すように呼気が吐き出された。
社会って漠然とした言葉ではあるけど、吹き抜けた光の後では何の違和感もなかった。
まぁ確かに「集」に当たるものではあるかもだけれども、であればこそ「集」として人々を束ねている物に焦点を当てて、そこに向けて物事を発信していくべきなのだ。
スマートフォンのアラームが鳴った。
そっか、もうそんな時間だったんだ。
白熱した思考はわたしが思ったよりも長い時間で、わたしの思っていた一瞬の出来事はその密度に見合わない恐ろしい躍進をわたしに与えた。
頭は濁っているけど……、いや、寧ろスッキリしている。
吹き抜けた幾数の光の後に、重厚で清々しい匂いが空気を震わせている。
まだまだ何かありそうな気がする!
わたしの進化、絶対にここで終わらない!
確信に似た変えられない自信がある!
今なら、どんな行動だって起こせるはず!
「よし……、よし…、ヨシ、良し!!」
声を発する度、確かめる様に手に力を込めると、それに応える様な力強い拳が何度も握られた。
漲っている。
行動力が、この手の中に。
ガッと握られた左手がわたしの力を蓄える。
ギッと喰いしばった歯が笑顔を作る。
グッと持ち上げた腰が勢い余って体を持ち上げる。
ゲッと思ったのは、あまりの力強さに自分でも引いたから。
ゴッと頭を天井にぶつけるとわたしは愈々自信を持って確信した。
わたし、三雲あかね。
今、絶対人に無い能力を持っている。
急いで着替えてスマートフォンを拾い上げた。
この勢い、見過ごしてなるものか。
この全能感、見逃してなるものか。
財布! ウエストバッグに入れて
腕時計! 左手に巻いて
運動用に買ったスニーカー! 紐を締めて準備完了!!
「あんたこんな時間にどこ行くん!?」
ママの言葉は頭から小さくて、聞き終えるまでに自然と閉まる扉で遮られた。




