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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第九章
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003 三四復活3




 万能感の勢い止まらぬグパック教員の熱を冷ますのは、非常に骨が折れた。

 あちらこちらに飛び散る放言に翻弄(ほんろう)されながらも、城下町少年は丁寧に、事細かく現在の状況を伝え、話し終える頃にはグパック教員も(ようや)く大人しくなってくれていた。



「そういう状況や。な? 早い事解決したいやんか。一度(もろ)たモンやろうけんど、三四ちゃんに返したってぇな」

「え、嫌だけど」

「あぁ?」

「嫌だなぁ、ちょっと嫌かも……」

「なんでじゃ! 話聞いとったやろが!」

「だって、あれ綺麗なんだよ? とてもね。林檎の様にとても綺麗なので、返すの嫌だなぁ」



 子供の様なまん丸の目で返却に否を唱えるグパック教員。

 飄々(ひょうひょう)とした表情にドクドクと流れ出る血液が異常なミスマッチであった。



「む、いかん。壁を割る事に夢中になって俺の額が割れてしまっている。林檎の様な真っ赤な血が足らない」


 スーツの袖で額を拭うも、新鮮(フレッシュ)な勢いは止まらない。

 グパック教員は(おもむろ)にスーツの内胸から林檎を取り出し、シャクリと一発やった。



「俺の体温で少し(ぬる)くなってしまったが(むし)ろ美味い。血が足りた。こっちの林檎なら山の様にあるが、こっちじゃダメか?」

「あっっかんわ阿呆(アホ)タレェ!!」

「何故だ? 林檎の様に綺麗な目玉は、まるで本当に林檎みたいな綺麗さの目玉なんだぞ? それはつまり目玉が最早(もはや)林檎だという等式関係の成り立つ、他に例を見ない素晴らしい特性同士を持ち合っていると言う事であって、……それが理解出来ないのか? 何故(なぜ)だ? 何故(なにゆえ)だ? それが俺には分からない」


 

 それまで抑えていた(かゆ)みを伴う微細な火花達が、城下町少年の背中を一気に走り回っていた。



「い、今お(まん)戯言(ざれごと)(かも)てる暇ぁ無いねん。は、(はい)三四ちゃんの目ぇ、出しぃな…」

「私からもお願いします…!」



 右の涙堂(るいどう)にひきつけが現れ始め、あわや感情の爆発もありなんと言わんばかりの城下町少年の背後から、ミ一(みひ)懇願(こんがん)の表情でもって声を上げた。

 潤んだ細い目には訴える様な必死の意思が込められており、その視線はしっかりとグパック教員の目を捉えていた。



「三四は私の子です! どうか、どうか三四を助けると思って……お願いします!」

「むっ……子を思う親の思い…、くっ…。(しか)思い(それ)目玉(これ)とは話が別……、林檎とそれ以外が別の様にこれは全く違う話……。あぁ、然し然し、俺は教師で三四君は生徒…。我が教え子を思う気持ちは親に勝らずとも劣らぬ、そう! 所謂(いわゆる)プラトニック(?)! そう、俺は教師だ、然しそれと同時に林檎を額で割る男でもある………、であれば林檎に込める気持ちもまた一層強い事に間違いは無く、正しく、真っ当な事……くそっ二律背反だ、俺は俺に勝ったと言うのに…………。え?」



 出鱈目(でたらめ)(つむ)五月蠅(うるさ)い口がピタリと止まった。

 魚の口元に似た素っ頓狂(すっとんきょう)な形が固定されたまま、グパック教員は暗い部屋の母を見()る。



 グパック教員に懇願する人物のサイズがあまりに普通だった。

 ピカタ三四とは、人ならざる縦に特大な化物であったはずだ。

 その親であるところの人物(化物?)とは、それに(かな)う大きさ、そうでなくともその大きさを感じられる何かがあって(しか)るべき。

 ………唯の人間ではないか!

 手定規や手カメラで、(ある)いは手を筒状に握り双眼鏡代わりにして覗いてみたり、はたまた簡易的な遠近法の真似事、果ては名探偵よろしく顎に手を添えむつかしそうな顔で計算をしてみて……。

 理屈が合わなかった。

 


「え? あなたが、三四君のお母さま…? えっ人間じゃないか、『まるで人間の様だ』じゃない。間違(まご)う事ない真っ白の人間、に見える」

「えぇ、私は人間ですけれども」

「人間? 旦那さんは?」

「化物です」



 暗い部屋の中、グパック教員の意中や。



 馬鹿な、化物と人間に子が?      大きな化物から産まれた大きな化物とばかり思っていたが…。     髪色も違う、この女性から感じられる知性も継承されているように思えない。 

                  この女性の腹の中にあったのか? あの巨体()が?        そもそも行為自体可能なのか?               染色体の配列も全く未知のもののはずだ。        生物学的に言ってもナンセンス。             もしかして血液型とかもあるか?  何類何目何科の何?        流石(さすが)に化物に適用は出来ないか。      三四君は化物でも人間でもない…?               だったら何だ?           人間、化物、黒い木、

       林檎…………………………………………………………。



 林檎だとしたら?



 林檎だとしたら説明がつくかもしれない。()のニュートンは林檎の落ちるに重力のヒントを得た。自然物には自然物の(ことわり)があり、発見されていない未知、一見不自然に見える不可解なものも自然の一部であり、全ては極自然的フェノメノン、対自然には必ず導き出される道理が存在するはず。ともすれば化物も自然の一部に疑いは無いのであるから自然の一部として自然の理から導き出す事も可能な事は明らか。俺が一番信頼を寄せる、精通している林檎に照らし合わせて考えればこの複雑な里程をも難なく踏破する事が可能。分かったぞ…つまり俺が今やる事は林檎を考える事だ。林檎を考える事で、ひいては化物の理を明らかにする……天才だ、矢張(やは)り俺は林檎を額で割る男。球体の林檎を撫ぜる様に高速輪廻する論理的思考が未知を既知の情報へと変える。俺は林檎の事を考える事によりこの世そのものを解明する崇高なる数学者。学び舎で愛する教え子達に教育を施す一介の英語教師の器でなかった。データを元に、ではない。情報(データ)を作るのは俺、George(ジョージ) Pitman(ピットマン) - "Apple(砕く) Crusher()"だ。



「えっと…あの、先生?」

「おい、おい! グパック先生(せんせ)! 何で動かんのや、何固まっとんや! おい!」



 偉大なる主導者の様だ。

 両腕を柔らかく広げ、天(井)を仰ぎ動かなくなったグパック教員。

 周りが正気を疑い声をかけるも意に介さず。

 何処(どこ)を見ているとも知れない眼球の奥底には、確かに何かを得ようと、そしてその何かを確かに視認している様に渦巻く芯が()った。



「あかん、何や知らんけど動かんなった。ポンコツや、使い(モン)にならん」

「あぁ、どうしたら…」

「城下町くん、グパック先生……血、ダラダラのまんまだけど」

()っとく、どうせ死なへん」

「でも、その出血量……」



 ぱちゃりと音の聞こえそうな程の血()まりに立ち、天窓から光が差し込もうものなら愈々(いよいよ)救世主の姿だ。(きら)びやかな反射を武器にハウスダストも一役買っただろう。

 然しそうならないのが準化物(セミ)なのだ。

 静と動が繰り返される、夜闇も逃げ出す暗い部屋。

 再び始動するグパック教員の目は、穏やかに沈んでいた。



「そうか、三四君は、林檎だったんだね」

「…?」



 細められた(まぶた)の隙間から漏れ出る、光とも匂いともつかない不思議な気。

 眉の力は和らぎ、笑みを(たた)える口元も、ほど自然。

 良い方か悪い方か、分からなかったけれども、何かしらの悟りが降りてきているのはその場の誰もが感じていた。



「三四君は、産まれたんじゃない。"成った"んだよね…」

「今回は新しい別角度やな」

「つまりは、そう…。林檎の様に。ううん、違う。三四君は林檎そのものだったんだ。俺は、そのあまりの美しさに、三四君が林檎の木で、三四君の目を林檎だと思っていた……そうじゃなかったんだ。俺が独りよがりの勘違いを起こしていただけだった。三四君が、三四君こそが林檎本体。そうすると辻褄(つじつま)が合う」

「今までの辻褄を付けてくれや」



 静かながらも、その勢いはまだまだ続きそうだった。



「貴方が、"木"だったんだよね」

「ひっ……」



 穏やかな狂気がミ一に向けられる。

 その威光と言うか凄味と言うか、何と捉えるかは当人次第で、その当人となるミ一からすると恐怖以外の何物でもなかったに違いない。

 無意識に漏れ出た音が何よりの証明だった。



「貴方という"木"に成った"林檎"。

 "木"は親、子は"林檎"。

 子にとっての親とは、守ってくれるもの、習うもの、目指すべきもの、超えるもの……。今の三四君の姿にもはっきりと表れている、守ってくれるもの、習うものだ。(しか)し、いつか来たる成長の果ての迎合か拒絶の未来。……まだ未熟だったんだ。この道理は、分かるね?

 そんな"林檎"が、優しき心で俺に手渡した………大切な大切な己の一部。考えられるか? 幼子が、自分の血肉の一部を誰かに差し出すことを。まだ、習っている道半ば。俺が煽り、俺が差し出させた。優しい子は、応えてくれた……。化物とは言え、全ての生物に課せられる生存競争に背く、その大罪を……先を知らないとて、身内どころか赤の他人であるこの俺に…」



 ミ一を向いて喋っている……いや、もっと向こうだ。

 三四か? 三四でもない、もっと向こうも向こう。果ても果て。何も見ていないし、全てを見ているような、穏やかで太く、空間に個が浮き出る程に達観した目線。



(かえ)そう」

「!!」

「えっ」

「俺が間違いを起こしたのは、間違いない事だ。俺は林檎を額で割る男。その一方で、過去、林檎農家に誇りを持ち、ひたすらに…。

 どんな林檎も糞の上に落ちてはならない。俺は林檎を額で割る男。額を投げるは熟した真っ赤な林檎にのみ。それも自らが栽培、或いは買い求めたものにだけだ。林檎自らに林檎を手渡されるなんて、林檎を額で割る男の風上にも置けない」



 所々に林檎の赤い影の見えるスーツの内胸から、一際輝く一個が取り出された。

 グパック教員は、(かつ)て三四の右眼窩(がんか)(はま)っていた球体を右手でしっかりと持ちながら、立体感の無い木まで悠然と進んだ。



「還そう」



 もう一度そう言った。



「俺は俺の間違いを認める。これは三四君のものだ、受け取りなさい」



 血みどろの笑顔は、右手を真っすぐ突き出した。

 正しき(あるじ)に呼応したか、球体は紫煙の揺らめきの黒色に(よど)み、それに満たされると形の維持を解き、溶け、指と指の間からズルズルと(こぼ)れ落ちていった。

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