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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第八章
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閑話休題 勢理客と三一4




 『マリンちゃん』こと、勢理客(じっちゃく)の心情は実に晴れやかであった。

 今日と言う危機的状況を無事乗り越えられたことへの安堵と共に、次の大型コラボ配信における成功並びに絶対的な勝利を確信したからだ。



 化物三一(みひと)と共に画策する次のイベント、これは面白いものになる。完遂した(あかつき)には『マリンちゃん』というバーチャルチューバーを数多存在する同業者の中でも一つ上のステージへ押し上げる事ができ、尚且つ業界における超優位的立ち位置を確立する事も夢ではない。

 おまけに『風車(かざぐるま)っちょ』という珍妙なる者も駆け上がって来る事にはなるが、それは今回の共同企画の功労者として当然のお(こぼ)れであり、何より『マリンちゃん』の配信とは相性が良かったために今後も何かにつけて積極的タッグを組むのも一つの戦略として大いに考える事が出来た。



 心強い協力者との成功を確信する配信内容。

 勢理客の心は実に晴れやかだった。



 喫茶サルテからの帰り道、空は既に紫色を滲ませており日没が近かった。

 鼻歌交じりに歩くアスファルトの上は少し肌寒さを感じるようになってきた気温に巻かれており、熱意をぶつけ合った話し合いの後に心地よかった。

 上機嫌な帰路について、足元が砂利道に変わっていることに気付いたのは、靴が少し大きめの小石を蹴飛ばした後だった。

 カツっと高すぎない小石が跳ねる音ともに、ふ、と勢理客は思い出した。



 『普段の喋り口調と今回の企画に対する頭の回り方、まるで人格が二つある様だ』



 『風車っちょ』から不意に放たれた言葉。

 単に賛辞の言葉だったのだろうとは思っていたが、勢理客の思いとは別に心の奥の方でぼやっとした違和感が熱を帯び始めていた。



 話し合いに気を入れる事で、遂には化物である事実を無視する事に成功してはいたが、そう、あれは化物だ。

 悪友から伝え聞いていただけでその真偽について疑問があったが、言葉の節々から、或いは醸し出す雰囲気が人とは一線を画していた。あれは、間違いなく化物だった。



 (かつ)て、自身らの眼前に現れた化物は原理不明の能力によりその体の大部分を未知の空間に隠し、腕だけを現わしてこちらを威嚇(いかく)していた。

 もし、今回遭遇した化物が前回の化物とは違う個体である場合、その能力もまた違う物を保有している可能性がある。



 考え始めると、段々と()の化物の言葉のニュアンスも思い出された。

 どこか納得したような、合点がいった様な物言いであった。

 軽く、(しか)し深く頷くような、そんな所作(しょさ)もあったと思う。

 


「……まさかな♡」



 勢理客の言葉は涼しい微風(そよかぜ)に乗って、柔らかく掻き消された。

 まるで『別に気付かなくてもいいよ』、と天上の大いなる存在らに諭されたかのような優しい微風だった。

 そうだ、相手が化物とは言え、人智を超越した理不尽な存在であるとは言え、人の心を読めるといった事なぞあるはずがない。



 勢理客は頭を振って、努めて晴れやかな気分に再度浸ろうとして、もう一つ、気になっていた事をつい口に出した。



「わっけ分らん恰好やったのう、あの化物(おっさん)♡」



 脳裏に焼き付いた屈強な(からだ)。角張り、彫刻の様にはっきりと美しいアウトラインをなぞる麦色の甚兵衛(じんべえ)、その体を支えるには貧弱な草臥(くたび)れた草履(ぞうり)、ワンポイント(?)(ある)いは顔を隠すため(あまり機能はしていない)のシルクハット。真っ白で、直方体の頭部……。

 確かに、その化物は『訳分らん恰好』であった。



…………………………



「ふむ、珍妙な人物であった。まさか心の内に女性を作り出し、(むし)ろ本来である男性の方を隠しながらコミュニケーションを取って来るとは……ん? 逆か? どっちだ? 女性が先か?」



 三一もまた、日没の近い景色を歩いていた。

 手には、無理を言って土産にしてもらったフィナンシェとラスクの入った紙袋を()げている。

 巨大な岩石をも彷彿(ほうふつ)とさせるその躰に、ピンク色の慎ましやかな紙袋は(いささ)か不気味であった。



「飲食物、音楽ジャンル、仕事……様々な物が細分化されてきているこの世界、人間の性もまた多種多様になってきていたのだな。儂の勉強不足であった」



 畦道を歩いていた。

 柔らかい陽光色のトンボが飛び交う帰り道。

 三一もまた、この度の配信内容に勝利を確信し機嫌よく歩みを進めていた。



「複雑になってきているのだな、人間達は。儂らの様に単純に生きる事が出来る存在であれば、取り巻く環境も何も関係ないのだが……」

 


 この畦道は、妻・ミ一(みひ)と出会った思い出深い場所であった。

 ここに来ると、三一は少しばかり思考が深くなる癖があったが……今回は仕事帰り、(しか)も前向きで成功が約束された様な内容、沈んでいては何のことか分からない。



 三一は頭を振って、努めて晴れやかな気分に再度浸ろうとして、もう一つ、土産を貰っていた事をふと思い出した。



「そうだそうだ、話し合いに熱中するあまり珈琲(コーヒー)の味は残念ながら忘れてしまったが、このフィナンシェとラスクは話を一旦中止する程に、実に美味であった。昨今の洋菓子は下品な甘味で毒されておるが、ここのものは気に入った。程良い甘味に薫りもまた良い。値段も手頃で何もかもよろしい。恐らくはウイスキーなんぞとも合うだろう。これは三四郎たちにも賞味させねばならん、これも一家の大黒柱である儂の重要な仕事であるな! ……そして」



 紙袋の中から、三一は小さめのステッカーを取り出した。

 それは自身の活動名『風車っちょ』の姿をデフォルメした所謂(いわゆる)ファングッズのステッカーであった。

 今回の配信を機にこれからはグッズ展開の躍進も考えており、その第一弾として『マリンちゃん』御用達の業者へサンプルを作ってもらっていたのだ。

 話し合いの折に『マリンちゃん』から渡された際には、思わずシルクハットを投げ捨てて感激してしまっていた。



「……儂の仕事……、いつ、どのようなタイミングでミ一たちに打ち明ければいいものか…」



 三一はその来たるべき時を想像し、日の暮れかけた景色の中、じんわりと赤面と素面(しらふ)を繰り返しながら愛妻ミ一の待つ山奥の家目指して歩いていくのであった。



 ()くして、勢理客と三一の第一回目の邂逅(かいこう)は穏やかに終わりを告げた。

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