閑話休題 勢理客と三一3
本日の喫茶サルテの盛況はまちまちであった。
昼時ではあるものの、近くの飲食店がイベントを行っておりそちらに客が集中していた。
お陰で午前中に来店していた数名の客が帰った後からは一時間に一人、客が来ればいい方だった。
日頃多くの客で賑わう喫茶サルテも町の飲食店がイベント毎を催せば、水を打ったように静かになる。
一月に一度か二度ほどこういった日はある。
珍しくも無く、寧ろ久々に悠長に過ごせる、と女店主は呑気にもカウンター奥で足を組み紫煙を燻らせていた。
無駄にバイト代を持っていかれても困るし、折角の休日、うら若い時期はたんと遊ぶのが良いだろうとバイトの子も今日は正午を回ったあたりで帰らせた。
今日は一人でもなんとかなるというか完全に暇であったために、女店主も完全に油断をしていた。
ピンクが支配する我が城。
愛らしいキャラクターのフィギュアやぬいぐるみに囲まれながら、耳に入るアニメソングや電波曲に心が洗われていく。
彼女はその厳めしい見た目と反し、非常に繊細な趣味を持っていた。
一人を堪能し、洗い物でもと立ち上がりかけた時、店の扉が開いた。
客だ。
女店主は吸っていた煙草を灰皿に押し付け雑に鎮火させると、来店した客らに声をかけた。
「………いらっしゃい」
「うむ、二人でお願いする。……おぉ、なかなか物珍しい店であるな」
デカい。
第一印象はその一言に尽きた。
山が屹立する如くの肩回り、広大な大地をも思わせる胸の厚み、丸太をそのままくっつけたかの様に太い両脚。
それらに加え、しめ縄を幾本も束ねたかの如く高密度で筋走る腕はその男が只者ではない事を物語っていた。
同じ様なものを見た事がある。
確か、この間、少女とともに来店したあの四角い頭部の化物と一緒だ。
明らかに関係者だ。
品のある大き目のシルクハットで誤魔化してはいるが、その矢鱈に白く角ばった顔が隠せていない。
「私の行きつけなんです♡」
「ふむ…、良い趣味であるな」
隣に佇むのは、よく来る客の女だった。
これに安心し、女店主は「この客らは何かしらの被害を与えにきた訳ではない」と思った。
化物と言えど、客は客。もてなしは必然である。
女店主は気を取り直すと一体と一人を席に……出来るだけ窓から見えない奥の方の席へ案内した。
――――――――――
「では改めて…、『風車っちょ』と言う。今日は宜しく頼むぞ」
「マリンです♡ 宜しくお願いします♡」
明るい言葉とは裏腹に、マリンこと勢理客の内なる心は席からの離脱を強く要望していた。
声が震えていないか、不審な所は無いか、ボロを出しては食われる、自身が汗一滴とも流すことが許されぬ極限の場面にあると勢理客は考えていた。
それもそのはず、目の前の化物、あの時の、知り合いに活を入れていた時に現れたあの腕の化物と恐らくは同じ種……或いは同一人物(?)。
口髭は蓄えているものの、その巨躯、その雑な瞳の造り。
悪友箙瀬から伝え聞く情報と完全に一致していた。
何を考えている。
あの時の仇討ちとばかりに、用意周到に今日のこの会談の日までを計算して親しさを見せていたのか?
「店員さん、儂は『天にましますウィンナー珈琲』…。こちらの方には『血の池アップルティー』を……。それから……『徳川埋蔵金フィナンシェ』、『富本銭バナナラスク』を一皿ずつ頂こうか。あぁ、それとこの季節のフルーツ盛り合わせ小サイズもお願いする」
いつの間にか呑気にも注文を始める化物。
先程席へ通してくれた女性は、さらさらと伝票にメニュー名を記すとサッと一礼した後にカウンターへと帰っていった。
「ふむ……。随分と個性的な名前だ。何のメニューか分かるのが幸いであるな」
一息ついたと言った雰囲気の化物は、メニュー表をそっと戻すと、さて、勢理客へ向き直った。
「然し、写真と実物では天と地ほどの差があるな。大変にお綺麗な御仁だ……。おっと、儂は既に結婚を済ませており、生涯を決めた愛する妻がいる。そういう気はないので安心して欲しい」
「えぇ~残念♡ まっちょさんみたいな素敵な方に褒められて、私にもチャンスあるかなぁとか思っちゃいました♡」
動揺は隠し通せている、と勢理客は思った。
とりあえずの対応も恙無く、違和感も無い。
相手の目的が何にせよ、この調子で大型コラボの内容を固められれば今日を終える事が出来る。
勢理客は一大決心の下、話題を切り出した。
「気が早いですけど早速コラボのお話いいですか?♡」
「うむ、そうだな。次は何と言っても参加者総勢二十人を超える大型コラボ。これを失敗に終わらせてしまえば我々の活動にも少なくない影響が出る。ここは気を引き締めてかからねばなるまい、気が早いなどと言うつもりもないのだ」
「ありがとうございます♡ それじゃあ、私達二人以外の参加者と配信時間内にやる企画なんですが…」
一人と一体の話は本格的な企画内容へと移った。
参加者の確認と、今回は長時間に及ぶ配信のため時間内における企画内容のお浚い、進行に関わるタイムテーブルの再考。それから視聴者層へ配慮するために設ける禁止事項や、参加者・視聴者へあらかじめ通達しておくべき事項等々、事前に話し合う事は山の様にある。
コラボ内容の打ち合わせに集中すればする程、勢理客の精神状態も次第に良くなっていった。
自分の心境も然る事乍ら、やはり次のコラボに掛ける熱の入れようも本物であった。
これは勢理客の今後の進展に大きく関わる一大イベントであり、それは相手方の三一にとっても同じ事であった。
互いにとって大きな分岐点となる、今までの配信活動の成果を試し次なる躍進を果たすための橋頭堡的な意味合いを込めた共同企画、一人と一体の正念場であった。
話し合いの最中、注文したメニューが配膳された。
勢理客は『血の池アップルティー』、三一は『天にましますウィンナー珈琲』、互いに一口ずつ含むも話への入れ込み様が凄まじく、その芳醇な薫りやふくよかな味に対する言及は不自然な程に行われなかった。
その様子を見ていた女店主の表情はあまり変わっていない様にも見えたが、ある程度にはメニューへの自信があったために紫煙を吐き出す所作に多少の動揺が現れていた。




