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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第八章
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閑話休題 勢理客と三一2




「えっとね~、今日はこれから用事があるんだ♡」



 暗い部屋で、ヘッドフォンを掛けた一つの人影がパソコンのモニターに何やら呟いている。

 その声は高いものの決してキンキンと耳に刺さるものではなく、(むし)ろ甘く脳に溶けてくるような蠱惑(こわく)的な色があった。

 モニターの前にはキーボードと、マイクが用意されておりそこに向かって話す事で誰かと遣り取りをしているのが様だった。



「準備しなきゃだから、ちょっと早いけど今日は終わりっ♡」



 相手からの反応は聞こえてこない。

 人影は(しき)りに目で何かを追っているのか、光を放つモニターを食い入る様に見つめ続けていた。



「え~?♡ 行き先特定しようとしてる~?♡ そんな事したらダメだぞ~?♡」 



 相変わらず相手方の反応は無い。

 一体全体何が目的なのか、相手は文字のみで人影と遣り取りをしているらしい。



「もお~♡ 明日もちゃんと配信するから、良い子にして待ってるんだぞ~♡」



 合点がいった。

 どうやらこの人影はネット上での配信活動を行っていたらしい。

 と言う事は相手は複数おり、わざとらしい甘ったるい声の人影はリスナーと呼ばれる彼ら彼女らが書き込んだチャット欄での会話を楽しんでいたのだ。



「それじゃ~ね~♡ バイマリン~♡」



 人影が配信終了の言葉を掛けると、チャット欄は『バイマリン~♡』の文字で埋め尽くされた。時折、『かわいい』や『結婚してくれ』などの賛辞や欲望が見えたが、人影はそれに反応する事なく速やかに配信を終了した。

 人影はパソコンを操作し、配信が確実に終了している事を念入りに確認(チェック)すると椅子の背凭(せもた)れに思い切り背中を預けた。

 値の張る物なのだろうか、それなりの勢いで体を傾けたはずだというのに椅子は少し軋んだだけでバランスを崩すことなく、人影の体を優しく受け止めた。



「ふぅ~、今日もようけ稼げたわぁ♡」



 おや、何やら声が一気に低くなった。これが地の声であろうか、何処(どこ)か中性的ではあるがどちかと言えば男の声に近い。

 人影は椅子から立ち上がると肩を回しながら部屋の入口付近まで移動し、やにわに電気のスイッチを押し込んだ。



 パチリと点灯した電気により部屋全体が照らされ、それまではっきりしなかった家具や置物、部屋の構造など全ての物・箇所が露になった。

 どうも人影は整理整頓を不得意としている様で、ベッドや本棚などの家具は綺麗に配置されているものの部屋のあちこちに大小の段ボール箱が積み重ねられており、またその隙間を縫う様に洋服等の布類が散乱していた。所々菓子の包み紙等が落ちていたり、食事もこの部屋で摂っているのか下げられていない汚れた皿やコップも幾つか散見した。整理整頓のみならず、どうやら衛生的観念にも疑問が浮かぶ人間の様だ。

 


 さて、部屋が明るくなり、更にカーテンを開けた事により人影も人影と称するには相応(ふさわ)しくなくなった。

 人を惹きつける甘い声に、人を(たぶら)かす様な言動を行う魔性の人物とは一体どのような容姿をしているのか……。



 初めに目につくのは、綺麗に刈られた坊主頭だった。

 そういったファッションなのだろうか、然しボーイッシュと言うにはかなり思い切っている様に見える。

 上下灰色のスウェットの出で立ちで、体のラインは分かりにくいもののそれなりガッシリとした印象を受ける。袖から覗く手の骨ばり方や肉の付き方など、何となく男性的と言える特徴があった。

 顔、顔は目鼻立ちがしっかりとしておりまるで男かの様な…………。



 いや、人影は男だった。

 中性的な顔立ちではあるものの、彼の肉体は確実に男のものであった。 

 昨今、心や恋愛対象等々様々な性別が主張・認知される中、そうは言っても彼の体は生物学上における男で相違なかった。

 恐らくは男性を男性たらしめる最も特徴的な部分も、彼はしっかりとその体に宿している事だろう。



 そんな彼は開いたクローゼットの前に立ち、吊るされた見目麗しい洋服たちを物色している。

 あれでもない、これでもない、季節と天候を加味するともう少し落ち着いた色のものが良い……。彼が呟きながら手に取る洋服は、どれもこれも愛おしいフリルの装飾で彩られており、正しくロリータファッションと呼ばれる物のド真ん中に位置する物ばかりであった。



 精選が終わったのか、彼は吊るされた中でも地味目な服をハンガーごと取り出すと次はクローゼットの右奥に設置された簡易棚へ目を移した。

 簡易棚には幾つかのウィッグが頭部のみのマネキンに掛けられ整然と並べられていた。黒髪を始めとした金髪や茶髪、挑戦的なピンクや紫、また長さもショートからロングと抜かりなく、ストレートや軽くウェーブを施した物等その内容は様々であったが、その一つ一つのウィッグが(かも)し出す嬋媛(せんえん)とした(おもむき)只事(ただごと)ではなかった。



 その道における高名な職人による傑作であるのは疑いようもなく、興味の無い素人であればこれがウィッグであると看破する事はおろか作り物とすら認識することは不可能で、精通する者であればその精緻(せいち)に富んだ作り込みに舌を巻き、狂気的とも言える細部の(こだわ)りへ恐怖を覚え(おのの)きつつも、この巨匠の傑作をどうすれば手に入れられるかに躍起になるだろう。



 彼は飾り立てられたウィッグの幾つかを見繕(みつくろ)うと、綺麗なブラウンで染められた群の中から軽く内巻になったセミロングを選定した。

 彼はそこまでの選定作業を終えると、彼の部屋に置かれている化粧台の前に座り自身の顔に化粧を施し始めた。

 慣れているのであろう、彼の化粧における技術は卓越(たくえつ)しており、そして何より堂に入っていた。

 中性的と言えど、男性性の見えていた顔が波に(さら)われる様に失せ、波が引いた後には佳麗(かれい)なる女性の顔が造り上げられていた。



 化粧を終えた後は、選定した服に袖を通し下地を被った上にウィッグを被せ、丁寧に櫛で形を整えた。

 ここまで来ると彼本来の男性と取れる見てくれは完全に隠れ、どこからどう見ても女性、それもとてつもない美少女へと姿を変えた。

 そう、彼は女装を趣味とし、そして突き詰めた稀代(きだい)俊英(しゅんえい)であり、その情熱は血の滲む努力の末に獲得した女性声や女性らしい仕草・立振る舞い等の容姿以外にも及び、徹底的な研究に(たゆ)まぬ鍛錬を重ねた結果、彼は何時(いつ)しか周囲の視線を性別問わず一様に奪い去る魔性の女『マリンちゃん』としての自己を確立したのだ。



「よし、これで完璧♡」



 ダメ押しとばかりにワンポイントのアクセサリーを身に着けると、彼は姿見で再度身形(みなり)を改めた。そして質素ではありながらも気品のある小型の肩掛けバックを手に、調整のため軽く喉を鳴らして最後の気合を入れると彼はロングスカートを軽快に揺らしながら玄関を発った。



 男の名は勢理客(じっちゃく)

 今を時めく『マリンちゃん』としてSNSを席捲(せっけん)し、遂にはその土俵をバーチャルにまで広げ活動する謎多きインフルエンサー兼大人気美少女アイドルタレントである。

 彼、いや彼女の本日の活動内容は、最近コラボレーションする事の多くなってきたバーチャルチューバー『風車(かざぐるま)っちょ』と(じか)に顔を突き合わせ、次に画策(かくさく)する大型コラボ配信の打ち合わせを行うため喫茶サルテへ向かう事であった。

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