閑話休題 勢理客と三一1
「ミ一よ、今日は前々から言っていたように、これから仕事の打ち合わせをしてくる」
「えぇ。でもその恰好で大丈夫?」
山奥にある茅葺屋根が映える家屋、その玄関で巨岩の如き体躯の化物が女性に声を掛けていた。
口髭を生やした荘厳なる体を誇る化物の名はピカタ三一、この家の大黒柱である。
そんな化物に応答する女性はピカタミ一、化物の妻である。
三一は常に麦色の甚兵衛に草臥れた草履の佇まいで、半プライベートな打ち合わせとは言え確かに仕事に向かう恰好ではなかった。
三一はミ一の指摘に、バツが悪そうに頭をポリポリと掻いた。
「うむ…、今までにも何度かスーツなどで身形を整えようとしたのだがな……どうにもこの甚兵衛と草履以外を着用しようとすると弾け飛んでしまうのだ……。これは我々化物の宿命とも言える事で、謂わば自然の摂理と同義であり、自分ではどうしようもない事なのだ」
「あらぁ、確かに何度かあったわねぇ」
「ん。であるからして、先方には既に『好きな恰好で』と前もって通知しているからこの問題は解決である。それに、最近発見した事だが帽子の類は着用しても問題ないようで……着用と言ってもどちらかと言えば乗せているだけであるな。然し、お陰でこの紳士なシルクハットで僅かながらであるが御洒落をすることが出来る。今日は万全の体制と言えよう」
「…えぇ、そうね」
『好きな恰好で』と言えども、流石に甚兵衛と草履はラフ過ぎないか?
シルクハットよりも寧ろ麦わら帽子の方が似合うのではないか?
等々、言いたい事の様々を飲み込んでミ一は頷いて見せた。
そうすると三一は満足そうに笑いかけ(た様に見えた)、然し直ぐにハッとしてミ一に喋りかけた。
「一応、これは念のため、儂のお前に対する誠意として言っておかねばならん」
「? なぁに?」
「これから会う方は女性である。一対一での打ち合わせである。然し心配しないで欲しい。お前をおいて他の女性に目移りなどしようはずも無く、これは仕事であるからして決してやましい思いなどは無くだな」
「ウフフ、心配なんてしてませんよ」
何んとも律儀な事だ、とミ一は少し可笑しくなってしまった。
そんな事心配せずとも、三一はこの家に何事も無く帰って来る事は分かり切っていた。
三一のみにであるが、ミ一は感情を読むことが出来る。これもミ一が化物らと生活していく過程で準化物化し、その影響で開眼した超限定的な能力なのだ。
「それよりもあなた、手土産の袋。忘れてますよ」
「あぁ、うむ…。うっかりしておったな」
文字通り心中を見透かされていた事に感づいて、これまたバツの悪そうな言い淀みで答えた三一。少しばかり照れの様な感情も相俟ってミ一には何とも微笑ましく思えた。
ミ一は三一に土産の入った紙袋を手渡すと、優しく微笑みかけ三一に「行ってらっしゃい」と一言だけ告げた。
「うむ、では行ってくる。久しぶりの外出だ。帰りに何か美味い物を買ってくるから、楽しみに待っているのだぞ」
そう言うと、三一は玄関を出て行った。
時折、手を振り続けているミ一を振り返り、山路を進み、また後ろを振り返り、お互いの姿が見えなくなるまでそれは続けられた。
これから三一は山を下りた後、バスに乗って町へ繰り出し打ち合わせ場所を目指す。その間は万が一にも化物に耐性のない一般市民を無駄なパニックに陥らせない様、『可視不可視の選別』の能力を使用して移動する。勿論、キセル乗車まがいの行為なぞは三一の善性が許さず、こっそりではあるが料金はきちんと定額支払う予定だ。
然し我が夫が化物である事に変わりはなく、その異様な頭部や過度な巨躯を落ち合う相手へどう誤魔化すのかがミ一の憂慮する点であった。これに関して、三一は先方へ極度の恥ずかしがり屋として仮面をつけて行くと言い含めているから大丈夫だと豪語していたものの、果たしてそれが純然に通る理屈なのかは判断しかねた。
三一が去って行った後、山には虫や野鳥、野生動物たちの息が匂い始めた。
超常の理である彼ら化物が近くにいる間、自然に在る生き物は皆全て沈黙を決め込む。恐らくは、植物もそうであろうし、水辺が近くであれば水生生物も同じ反応をするのだろう。
更に、気持ち陽射しも強まったように感じられ、目に見える景色が色づいていく感覚がミ一に訪れた。
秋は入口、陽光が心地良く過ごし易い天候の下。
さて、と言ったか言わなかったか、ミ一は玄関を静かに閉めると二階のとある一室に視線を遣った。
そこは三一とミ一の娘である三四の部屋であった。
彼女が引き籠ってから随分と長い時間が過ぎた。
食事も水も取らず、どうやって生命を維持しているのかは分からなかったが腐っても化物。負った心の傷が癒えるまでは優しく見守ってあげようと先日心に決めていたはずだった。
「三四ちゃん、お母さん今からお買い物行ってくるからね」
階段を上がり、三四の部屋の前まで進むとミ一は扉越しに声を掛けた。
日曜日、まだ十時を少し過ぎた頃であった。




