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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第八章
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011 準化物の鎮静化6 





「馬鹿な…あの一瞬で俺の(てのひら)にある林檎を……」



 一番に言葉を発したのはグパック教員であった。

 目を潰さんばかりに強烈な西日に照らされながら、グパック教員は驚愕による言葉を漏らす他なかった。

 事の次第が判明すると、グパック教員はそれまで見詰めていた右手を降ろし、顔を上げて伊吹の姿を改めて観察し始めた。



 得物は竿竹、先程まで持っていた筒袋に収められていたのだろう。

 恐らくはその昔、園芸や物干し等にて日本国内では当たり前の様に使われていた竹製の棒。長さは(おおよ)そ三尺と少し(約百センチ)で、握れば丁度手心地良いくらいの太さがある。ホームセンターにて格安で販売されていても不思議ではない、何の変哲もない想像に容易なただの竹棒。

 そんなもので、ただ恐るべき速度で振るっただけで、読んで字の如く林檎を粉砕してのけたのだ。



「俺の他にも、こうも見事に林檎を割る事が出来る者がいようとは」



 林檎の果汁に濡れた右手を林檎柄の入ったネクタイの大剣で拭うと、グパック教員は毅然(きぜん)とした態度を取り繕った。それは(ひとえ)に伊吹に対する対抗心の表れに他ならなかった。

 林檎を割る……他人にとってあまりにどうでもいい、考えるにも値しない下らなくふざけた行為に重きを置くグパック教員にとって、見事に林檎を粉砕してのけた伊吹の行動は宣戦布告と同義であった。



 竿竹を使用した伊吹の劇的(センセーショナル)な宣戦布告は、グパック教員も我を失う程に苛烈であった。

 その圧倒的な華やかさは、一つの物事に異常な執着を見せる準化物(セミ)となったグパック教員には少々刺激が強すぎた。

 初めに惹起(じゃっき)されたグパック教員の驚愕は時間の経過とともに感嘆へと変わり、感嘆は恥を伴って嫉妬を(もらた)し、嫉妬は敵愾心(てきがいしん)を経由して燃ゆる闘争心へと昇華され、これまでにない好敵手と認めざるを得ない目の前の男、伊吹に向けられた。



「こんな状況(とき)を待っていた」

「?」



 片手でネクタイを緩め、一歩踏み出すグパック教員。

 いつも涼し気なその表情の中には緊張からの強張(こわば)りが浮かび、興奮に上気していた。



「俺は林檎を額で割る男で、君は、林檎を竿竹で割る男」

「?? 違うでやんす」



 両腕を大袈裟に広げ、まるで歓迎するかの如き振舞を見せるグパック教員。一陣の風が舞い込み、まるで映画のワンシーン(さなが)らの風情。伊吹を捉えているその双眸(そうぼう)は期待と敵意の入り混じった複雑な色合いを呈しており、(いか)っているとも取れる独特な照りのある(うるお)いを帯びていた。



「俺は林檎を額で割る男、次は俺の番だ。俺は今から林檎を額で割る…。これが君の宣戦布告に対する俺の答えであり、俺の」

「おい! お前それしか出来ないのかよ!」



 グパック教員の背後、城下町少年の更に後方に位置していた化物・三四郎が吠えた。

 聞き捨てならなかったのか、グパック教員は懐に突き刺した手をそのままにゆっくりと振り返って異様に肩幅の広い化物を凝視した。



「それしか…?」

「毎回毎回、林檎を割る一辺倒じゃねぇか! 芸がないぞ!」



 幼稚な野次であった。

 どういった意図の下に繰り出された発言かは推し測る事も出来ないが、効果は覿面(てきめん)だったようでグパック教員の暴走が一時的な停止を見せた。



「林檎をただ割るだけではない、俺は林檎を額で」

「困ったら何かにつけてそればっかりかよ! もう見飽きたぞー?! 新しい芸を身に着けてから出直せー!」



 よく見れば、三四郎のその白く角ばった頭部に血管のような筋が(まと)わりつく様に浮かび上がっていた。

 どうにもこの場に至るまでの道中で理由をつけては林檎を割りまくっていたグパック教員に怒りが煮えていた様で、浅はかな野次ではあったが発言一つ一つに相手の心を逆撫でする目的の(あお)りが存分に含まれていた。



「バーカ! 林檎臭ぇんだよ! 引っ込め! バーカ!」

「ぐ、何だか知らないがお前の言葉を聞く度に体の具合が悪くなってきている……、この化物は亜空間に飽き足らず(まじな)いまで操る事が出来るのか…?」



 突如としてグパック教員を襲う謎の体調不良。

 グパック教員の頬には一筋の汗が滴っており、顔色も見る間に青褪めていった。

 呼吸も僅かではあるが上擦り始め、やがて肩で呼吸をするまでに至った。

 単に三四郎の罵詈雑言に気分を悪くした訳でないのは明白であった。



 その様子を見た伊吹と城下町少年は、直ぐに虎姫の方に目を遣った。

 怒りのそのままに任せている三四郎は気付かなかったが、グパック教員の体調不良は虎姫の能力の行使によるものだと感づいたからだ。



 伊吹やグパック教員と同じく準化物(セミ)である虎姫の開眼された能力は、『因子崩し』。準化物(セミ)や化物と言った存在に有効な能力で、化物らの体内に潜在する『化物因子』のバランスを乱す事ができる。この能力に晒された化物らは本来発揮できる力を半分以上削がれるうえに情緒にまでも異常を(きた)す。怒りっぽくなったり、やもすれば陰鬱となったり、体調不良等などの目に分かりやすい症状が現れる事もある。



 城下町少年と伊吹の勘は当たっていた様で、虎姫は無言のままギラついた両眼でグパック教員を睨みつけていた。

 カッと見開かれた虎姫の両眼はまるで水に絵の具を落としたように様々な色が渦巻き、所々異様な光が淀んでおり、それでいてどこか一種の魔力を秘めた絢爛(けんらん)さを持ち合わせていた。

 その様子は正に異様と表現して間違いなく、虎姫の能力行使を初めてまじまじと見た城下町少年は、(かつ)て三四郎の母・ミ一(みひ)の手料理を口にした時のゾッとした感情を思い出していた。



「く…、これではいけない…。これでは林檎を額で割る事の何たるかをこの男に示す事が出来ない……。くそっ! 自分に勝つ! 活、活、活! こういう時こそ林檎を額で割り、平常心を取り戻すのだ! ふんッ! ふんッ!」



 明らかにぎこちない動きでスーツの内胸から林檎を取り出すと、グパック教員は直ぐ様額を(なげう)って林檎を割り、また取り出しては一心不乱に林檎を割り始めた。



「おい! どうしようもない奴だな! もう林檎は飽きたっつってんだろぉ!?」

「ぐ……し、(しか)し俺は林檎を額で割る男であるからして、林檎を額で割る事でしか自己表現の仕様がない…。俺は林檎を額で割る男だから……くそ、どうすればいいんだ、俺は一体どうすれば……うぉぉおおおお! ふんふんふんふんふんふん!!」



 一心不乱は最早暴挙の暴走となっていた。

 情緒の移り変わりが余りにも激しいためにグパック教員は自身を全く制御出来ていない様子でいて、畢竟(ひっきょう)、虎姫の能力はその効果を存分に発揮して、グパック教員を一種の錯乱状態に陥れる事に成功したのだ。

 また、最後の三四郎の煽りも虎姫の能力に輪をかけるように作用し、言葉を掛けたのを皮切りに出所(でどころ)不明の不安と言い表し様の無い焦燥感がグパック教員の心中を急速に侵食していった。



 夕焼けの広がる景色に、砕かれた林檎の数が増えていく。

 (カラス)の鳴き声に混じって破砕の音が響き渡る。

 道路を走る車からの視界は街路樹によって上手く遮られており、そして同じ道を辿る通行人のいなかった事が救いであった。

 こんな状況、誰がどう見ても異常としか思えず、ともすれば通報されるのも止む無し。事態がより大きくなるのは火を見るよりも明らかであった。



「伊吹、今の内ですわ。さっさと斬って差し上げなさい」

「そうだ! 早く斬っちまえ!」

「………」



 渦巻く光を携えた目を見開いたまま虎姫が伊吹に投げかけた。

 三四郎もそれに便乗する形で声を荒げ、伊吹を煽った。

 伊吹も事態の収拾を望んでいたため、またこれ以上意味の分からない言動に振り回されたくないために、そして何よりも己の主人の指令に従うために竿竹の切っ先がグパック教員に向かうよう改めて構え直した……が、実際に斬りかかる事は躊躇(ちゅうちょ)された。



 グパック教員は未だ錯乱から抜け出せず、幾つもの林檎を割り続けている。

 自分に活を入れる目的で発せられていた咆哮(ほうこう)も、今や単なる無意味で大きな悲鳴に過ぎず、錯乱は発狂へと変貌を遂げていた。

 虎姫の言う様に、今であれば襲い掛かったとしても即座の抵抗は起こらないであろう。元より伊吹の速度に反応できるとも思えないが、決着をより確実に遂行するために、この状況は絶好の好機(チャンス)であった。

 然し、ここまで『化物因子』が乱れている状況で『因子断ち』を行使した場合、急激な因子の停止はグパック教員の体にどのような衝撃を以てどのような作用を(もらた)すのか伊吹にも判りかねていた。

 最悪を予想すると如何(いか)準化物(セミ)相手とは言えども、伊吹はなかなか斬り込む事が出来ないでいたが、何とか大きな衝撃を生まない様斬りつける意を固めると、じりじりと前進し始めた。



「うぉおおおお! 林檎林檎林檎!」



 情緒の変動が治まらない、ただ林檎を割る暴走を続けるグパック教員は伊吹が得物を構え直しているのも見えていない様子で、此度(こたび)の騒動に終止符が打たれるのも時間の問題だろうと、揺らぐ事のない決定事項なのだと誰もが認識していた。

 グパック教員の準化物(セミ)化を鎮めると言う三四郎らの目的も無事果たされ、伊吹や虎姫にとっても厄介な相手を沈黙出来る、双方にとって良い結果として終わる事を誰も疑っていなかった。



「え!? あ、安宅(あたか)が?!」



 遂に混乱が収まろうという(きわ)に、吃驚(きっきょう)に発せられた硬質な声が通った。意表を突く声はグパック教員の他全員の耳に入り、何が起こったかと皆一斉に声の発生源に目を遣った。

 皆が目を遣った先には、いつの間にかスマートフォンで誰かと通話をしていた城下町少年があんぐりと口を開いたまま固まっているのが確認できた。



「城下町、真白がどうした…?」


 

 突然の事に虎姫と伊吹が動きを止めている中、青筋を治めた三四郎が恐る恐る城下町少年に声を掛けた。

 城下町少年の瞳孔は余りの驚愕が故に小さく(すぼ)まり、眉は緊張に固く跳ね上がっていた。



 (しばら)くは反応がなく、スマートフォンの向こうから聞こえてくる声にのみ神経を集中していた城下町少年だったが、何とか事態を把握すると、傍らまで近寄って来た三四郎をゆっくりと見上げて、今にも泣きだしてしまいそうな不安な表情で言った。



「あ、安宅が、三四ちゃんに取り込まれた(・・・・・・)って…」

 

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