009 準化物の鎮静化4
とあるホテルに向かい、虎姫と伊吹が肩を並べて歩いていた。
車道は二車線ずつで自動車や原動機付自転車等々、疎らに走っている。
歩道は人が四名程横並びにダラダラ歩いていたとて余裕のある幅が設けられていた。
直線の広い道だ。
手入れもきちんとされており、車道と歩道の間の植え込みも散髪後かの様に切り揃えられている。
街路樹も等間隔に緑や少しの赤を彩っており、季節の移ろいが感ぜられる。
その道のすぐ側、と言っても堀の向こう、高い位置から町を見下ろす見事な城が見える。
彼の過酷な時代、戦火に晒される事の無かったその城は現代に至るまで当時の姿をそのまま保持している。経年による劣化に多少の補修は行われて来たものの、当時の城内の営みを肌身に感じる事が出来る、この町とこの町に住む人々のシンボルであった。
夜には天守閣や城壁に趣向を凝らしたライトアップがされ、桜や紅葉の時期には一体何処に居て何処からやって来るのかと辟易する程の観光客らが訪れるらしい。
寂れているとは言え観光地としては条件を満たしており、観光の中心となる象徴的な建造物もある。
周辺の地域と合わせて見ても歴史的・文化的な時代の変革に寄り添う、その道のマニアが多く訪れる町であり、清掃や道幅の広さ等も人を迎える準備は万全である様に感じられるが…。
「やっぱり、な~んにも無いですわね」
「姫さん……」
商店街の時同様、金剛寺虎姫にとってこの町は魅力的に映っていない様であった。
行く先行く先、町を見ては、景色を見ては、広大な湖を見ては、果ては遠く遥かにまで及ぶ青い空を見上げては、虎姫は『何も無い』を殊更に強調して口に出していた。
彼女に悪気は無く、実際悪くない。
事実、この町は前述した物くらいしか目立つ物が無いのだから、観光の目的でこの地を訪れていない彼女にとっては目を引くものなど無いに等しく仕方の無い事なのだ。
然し毎度の如く聞かされる主人の愚痴に、従者である白王伊吹も初めは町を気遣った発言を示していたが、言っても言ってもキリが無くほとほと困り果ててしまっていた。
「何も豪奢な飲食店やショップを並べろと言ってるんじゃないんですのよ?」
「そう言ってるのと同じでやんすよ」
「違いましてよ。そうじゃなくって、こう、もっと人が集まる様な場所が欲しいんですわ」
「ここは観光地でやんす。お城や湖だって人が集まる場所でやんすよ」
「それは観光客が集まる場所でしょう? 観光客じゃなくて、地元住民たちが集まって、デートですとか気軽にお茶を出来るような所の事を言ってるんですわ」
そんなのそこら辺の喫茶店で済ませられるだろう、と伊吹は思ったが、はて。
確かに周囲を見回してみてもパッと入れる様な店はない。
先程、三三らに連れて行かれた喫茶店は別として、確かに、この町を練り歩いても虎姫が指す店や場所は認められなかった。
あったのは、何の変哲もない家族向けのチェーン飲食店、それからデート等にはむかないコッテリを謳ったラーメン屋、そして人が疎らで暗がりを助長するかの様な沈黙の激しいスナック街……。
成程、スナック街は元より行く事はないが、虎姫の言う事が何となく分かって来た。
「うーん、まあ姫さんの言わんとする事は大体分かったでやんすが、やっぱりそれは人口が多い町だからこそ通用する言い分であって、ここは残念ながら文化と伝統を重んじる町でやんす。そう易々と浮ついた店を出すわけには行かないでやんすよ」
「私たちが元居た場所だって、正直事情はそんな変わらないですわよ? でもね、それでもここは私たちの地元よりも明らかに発展していませんわ。私から言わせればもう少し地域の努力が必要ですわよ、申し訳ありませんけど」
二人が歩く長い道路は、踏破を果たすまで残り半分程となっていた。
足元のコンクリート、脇にある堀と植え込みに街路樹。
景色は初めから然程変わりなく、正面の遠くに見えていたホテルが少しばかり近くなっただけで、虎姫が言う様に何の面白味も無かった。
「……とは言っても、そんな事ばっかり言ってても埒が明かないのは十分分かってましてよ?」
「それでは何故」
「ハァ、伊吹。貴方、私の従者でしょう? 主人がつまらなそうに歩いてるだけって、何かしてあげたくならないものかしら?」
「はぁ」
「…んもぅ! 察しの悪い従者ですこと! 伊吹! 何か面白いお話でも芸でも見せてくれません? ……お話がいいですわ!」
そこまで虎姫が言い切ると伊吹はハっと得心した様で、一言。
「それってパワハ」
「伊吹、早く早く」
言い切る前に言葉を被された伊吹は少し考えて、何も思いつかなかったのでとりあえず主人である虎姫を上手い事持ち上げる言葉を掛け続ける事でホテルまでの時間を稼ぐことにした。
――――――――――
「ここも駄目、と」
「全然いーひんな、初めっから脇の方当て過ぎたか」
亜空間から出てきたのは、場違い過ぎるバルクに溢れた化物に小柄な少年、それから渋いスーツで身を固めた中年だった。
彼らは古い民家の立ち並ぶ比較的広い道に足を着けると、城下町少年のスマートフォンで開いた地図を覗き込み、唸った。
「彦根城下町君、我々はここの道とここの道、それからこの道を行ったのだから後は向こうの方にあるバカみたいにデカい道を少し辿れば凡その広い道を当たった事になる。そこに行ってみても見つからず、それでも今日中に見つけたいと言うのであれば、最早一々この化物の亜空間で一緒に移動していては効率が悪い。人工をフル活動させてローラーで見つける他手立てはない。陽は傾きかけ、この季節であれば暗闇に突入するまでそう時間は長くない。さぁ、どうする? ここで撤退の道を選ぶか、それとも直進あるのみと歩みを続けるのか。その選択は今、ここで決めねばならない。可及的速やかな決断が求められている、どうだ? 出来そうか? 林檎割ろっか?」
「やかましいな。今は英語の授業やあれへんにゃ、ツラツラと喋んなや。後、林檎も割るな」
「こいつちょっと黙らせた方がいいか? 事在る毎に煽っては林檎を割ろうとするし、実際何個か割ってる。意味不明過ぎる。亜空間もちょっと林檎臭くなってきた」
目的とする人物らが見つからない苛立ちか、それとも余りにも暇な所為かグパック教員の口が良く回る様になってきていた。それに嫌気が差して来ていた三四郎と城下町少年はそれを隠しもせず、かと言ってその心情に感けている時間も勿体なかったので言葉は少なめに、然し非難はきっちりとかまして次に当たる道を確認し始めた。
「グパック先生が言うたこの道、『魔女のコーヒー屋さん』から東に一直線の道や。ここからホテル行くってなると、ここのホテルやな。ホンマに一直線やけんど、長い。見てみ?」
「……三分割くらいで見てみるか?」
「せやな。そん方がええな」
「彦根城下町君、俺は何をしたらいい? 林檎、どうする?」
「どうもせんわ! 何もすんな!」
「変な事言っているのを聞いててもこっちの頭が悪くなるだけだ。早速行くぞ、ほれ、入った入った」
そう言うと、三四郎はいかり肩になった城下町少年の背中に手を遣り、中空に展開した亜空間へと押し込んだ。グパック教員に関してはスーツの下衿を握り込み、強引に引き寄せてから亜空間に無理やり放り込んだ。
…………………………
本日で幾度目かになる、亜空間での移動。
三四郎の能力による、長距離を一瞬で通る事が出来る超常の理。
何のためにこの能力が化物に宿るのか、どういった理屈でこの空間の開通が可能となっているのか。
城下町少年は目の前の摩訶不思議なる光景に、未だ慣れを感じる事が出来ずにいた。
亜空間の中は、長いとも短いとも尽かぬ暗闇の道であった。
真っ暗で、およそ物の目視は到底不可能だろうと思われるというのに、自身を追い抜いて前を行く三四郎、後ろから着いてくるグパック教員、彼らの姿をはっきりと目で捉える事が出来る。
足裏には地面を踏みしめる感触がある、然し、体自体はどこか水中を遊泳しているかのような感覚に包まれている。
脚は走行に動き、腕は水を掻き分ける様な動き、グパック教員も同じ動きをしていた。
体には何かが纏わりついている様にも思える。重いとも軽いとも分からない何かが、である。
時間と距離の食い違い、詰まりは時空の歪み(?)的な物がその正体なのだろうか。
臭いはない(とは言うものの、今回は少し林檎臭い)。
空気の流れが一切感じられない、空気その物が無いようにも思えるが、呼吸は出来ている。
時折正面の視野に細かい黒や茶色の砂粒の様なものがチラつく。薄められ、ぼやけた光の波の様なものも見える。
その光景は、瞼を閉じ、瞼の裏をじっと見つめていると見える暗闇の景色にそっくりであった。
亜空間を通る何秒かの時間、やがて前を走る三四郎の前に一点の光が発生した。
これは何度も見た出口の光だ。
段々と大きくなってきている、城下町少年らがその出口に近付いているのだ。
あれは、三四郎が意図して出現させているものなのだろうか。三四郎の能力であるからして、そうなのだろうが。
以前、三四郎はこの亜空間に物・人問わず入れっぱなしにしていたら数日で吐き出されると言っていた。
三四郎の意思とは関係なしにだ。
出し入れ不要の物は不必要な物だと判断され吐き出される。
とすれば、この亜空間は三四郎の能力とは言え、単体で生きている事になるのではないだろうか。
三四郎とは別に、意思を持っている……。
城下町少年の脳内で亜空間に対するあれやこれやの想像が繰り広げられる中、一行は遂に光の目の前に到達し、光は外の光景を映し出している。ぱっくりと口を開いた光の先には、見覚えのある二人の顔が見える。仲良く肩を並べて、何やら男が女に喋りかけている。
「やった、大当たりだな。三回も見る必要が無くて良かった」
三四郎が城下町少年に振り返り、そう言葉を投げかける。
いつもそうだ。
この亜空間の中では、確かに三四郎やグパック教員など一緒に入っているモノの姿がはっきりと見える。
然しいつもそうだ、三四郎や三三、化物と呼ばれる彼らの顔だけが歪んでぼやけてはっきりしないのだ。
このぼやけた化物らの顔を見る時、城下町少年は、彼らが本当に人智を超越した化物であるという事実を毎度改めて認識するのだった。




