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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第八章
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005 林檎りんご5




「はぁ、まぁ、とりあえず大事(おおごと)でもないで良かったわ」

「バカ野郎! 俺の指を見ろ! パンパンに腫れあがってこんなにも真っ赤なんだぞ?! 大事も大事だ!」



 一通りの話を聞き終えると、城下町少年は安堵の感想を漏らした。(しか)し、それは三四郎に取って不満のある内容だったようで、大きな声で以て右手をこれ見よがしに城下町少年に突きつけると荒い鼻息(鼻は無いはずなのに)を噴出した。

 確かに、指は赤く腫れあがっており脈動に合わせてジンジンとした痛みが走っているのも頷ける状態だ。



 城下町少年は痛みの想像をしたくはないために、三四郎から差し出される手から視線を逸らし話を強引にグパック教員の方へと流した。



「ほんで、グパック先生は片付けの手伝い……ちゅうかメインで仕事やらされてる訳やな」

「そうだ。俺の右手がこんな事になって、元より非力な俺は余計ポンコツになってしまったからな。老体とは言え、奴にやらせた方が効率は良いってもんだ」



 三四郎は屈強な体を誇っている。

 恵まれた骨格に、才能を具現化させた如くの輝く筋肉。

 一体どんな人間をベースにして創造されたかは全く持って知る所ではないが、兎も角三四郎の肉体には、少なくともその筋量と造形に関しては神が宿っている。



 然しその一方でこと(パワー)となると、全くと言って良いほどその筋量の恩恵が見られない。

 実際、人間界で生活する内に重量物の運搬は少し得意になっていたが、それでも大量の発汗、それから呼吸の荒げ方は尋常ではなかった。

 一つ持っては玉の様な汗が現れ、一つ運んでは呼吸が乱れ、一つ積んでは心臓が緊急事態を宣告する。



「ウン、ウン」



 城下町少年がチラリと()の話題の老体を見遣(みや)る。

 いつもの自信に満ちた表情はそのままに、眉だけを困ったようにハの字に捻り黙々と段ボール箱を小部屋から搬出している。

 その所作は流石に運動神経の良いものではなく、年相応と言っていいギクシャクとこちらが心配を催しそうになる始終であったが、案外まともに働けていた。

 確かに、怪我を負った非力なる三四郎に比べれば幾分かマシであろう。



「なんか、見掛け倒しってえらい悔しないけ?」

「そんな事無い。そんな事無いぞ城下町。筋肉と言う名に力と言う実が伴わない事なんてそう珍しくない。特にビルダーならそんなもんだ。彼らは如何(いか)に小さい負荷で筋肉を増やすか、詰まりは『効かせる』という事にその技術を培い、これの獲得に一生の大半を費やす。それは正に求道者と言って良いほどに尊く、称賛されこそすれ非難を受ける物ではないんだ」

「そんなん言うても、そのビルダー達はそれなりの重量扱うんやろ? 自分の体重以上には」

「そうだな」

「じゃあお前(おまん)の筋肉はそん中でも下の方やんけ」

「おい真白、論破されてしまった、助けてくれ!」

「安宅はここにおらんぞ」



 三四郎は目一杯の口上をつらつらと述べるがそれはどうも肉体美に魅せられた安宅真白の受け売りだったようで、自身のみの力で城下町少年からの反論を(かわ)せないと分かると、尊厳も矜持(きょうじ)もなくこの場に居ない(くだん)の少女に救済を叫び始めた。



 その姿の何とも哀れなる事か。

 巨木をも思わせる筋肉の塊、百二十五キロの巨体がナヨナヨと力無く自身より小さい少女に助けを求める。まるで迷子になった小さな子供が母親を呼び寄せるためにはち切れんばかりの大声を上げているかの様だ。子供であれば可愛いものであるが、恐らくは成人(?)を迎えた者がこの様な姿態を晒すのは、言葉を慎むがあまりにも情けないと感じざるを得ない。

 それ程三四郎はこの件に関して今の今まで強がって精神を保ち、恐らくはこれからもそうなのだろうが自身の非力に負い目(コンプレックス)を抱え続けるのであろう。

 

 

「あ、兄ちゃん」



 そんな三四郎を見詰めていた城下町少年だったが、慣れ親しんだ声に促されるように振り向くと妹りんご少女の姿があった。



「りんご! 大丈夫やったか?」

「まぁそんな強なかったし、厄介ではあったけど」

「ん、ほうか、ほんなら良かったわ」

「? 四ちゃんどないしたんや?」

「俺がちょっと弱点(つつ)いてもたんや。(じき)、良うなる」

「ふぅん。まぁええわ」



 しゃがみ込み、「違うんだ」と壊れた様に繰り返す三四郎を余所(よそ)に、りんご少女は運搬に精を出すグパック教員を指差す。



「兄ちゃん、アレ。兄ちゃんトコの先生やろ?」

「おん」

「ほな兄ちゃんが何とかしてーな。いや、何とかは出来たからどっか返して来てーな」

「ほんなん言われてもなぁ」



 りんご少女に言われ、城下町少年は困った。

 そんな事を言われても一瞬で思いつくことなど化物関連にはそうそう歯が立たない。

 アレは準化物(セミ)であって、例え何処に返そうと直ぐに出て来てしまう事は想像に容易であった。恐らくは何か牢獄の様な、頑丈で逃走の目途も立たない、そんな堅牢(けんろう)な所に押し込める他方法が思いつかなかった。

 無論、そんな事は一青少年である所の城下町少年には無理難題であり、仮に実現出来たとしてもそれは余程の条件をクリアしたその先にある結果であって………それらが一瞬で脳裏に叩きつけられた所為(せい)で城下町少年は腕を組んで唸り始めてしまう羽目になった。



「兄ちゃん、無理そう?」

「いや、ちょっと待ってな? 何か、こう、何か、思い出しそう、ちょっと待ってな?」



 妹に声を掛けられ、千切れ千切れに返答を返す城下町少年。

 無理だ無理だと考えながらもそれでも腕を組んだまま悩み、その内に何か一筋の光明がある事に気付いた。もしかすると、解決のための糸口になるかもしれない。

 その一縷(いちる)の可能性に(すが)り、城下町少年は脳の焼ける様な思料を止めないでいた。

 何か、それは極最近に起こった事件の様な気がする、何かしらの大きな出来事だった様な気がする。



「あぁ、あともうちょっとのハズ…」



 そんなに昔の事でもない、それどころか自身らに大きな衝撃を残した過去の出来事。

 記憶の奥底までには行かないにしろ、城下町少年は記憶の土を掘り返し掘り返し、「ここじゃない」と分かると少し別の場所に当たりを付けまた掘る。これを繰り返し、繰り返し、繰り返し、(ようや)くカチンと何かに掘り当たった。



「せや!」



 城下町少年の記憶に、二人の影が浮かび上がった。

 男女一組の、ここ最近に登場した新顔だ。



 彼らは城下町少年の親友(?)、大君ケ畑が準化物(セミ)化した折に姿を現した。

 そして勘違いから大君ケ畑と三四郎を撃破、その能力は実に化物相手に相性の良い代物であった。



 その二人組。

 一人は漫画やアニメで御馴染み、如何にも『お嬢様』と言わんばかりの縦ロールの女。

 一人は顔に頭巾を巻き付けて燕尾服(えんびふく)の出で立ち、イタいサラリーマン風情の男。

 見てくれこそ色物だが、彼らの能力を考えると化物・準化物(セミ)問わずこれらの生物の対処においてこれ程都合の良い物も無い。



 あの二人であれば態々(わざわざ)牢屋を用意する必要もない!

 広大な湖、その深い湖底に沈める必要もない!

 胡散(うさん)臭い呪術師に封印の札を用意させ張り付ける必要もない!



 ……少々後半はあまりにもやっつけな、案にもならない案であったが怪我の功名。

 絞り切ったと思われる雑巾を最後にもう一搾り、名案が出たのだから何も問題は無い、とは城下町少年の思うところ。

 然しこれで次の行動は決定したも同然。城下町少年は未だグズグズとする三四郎を引っ(ぱた)き、グパック教員を連れて早速動き始めようとした時、りんご少女から呼び止められた。



「ちょっと兄ちゃん待って」

「なんや、折角良い案を思いついたんに」

「いやそっちはそれでええかもやけど、こっちは掃除の途中や。丁度兄ちゃんもおるんやから手伝ってって」

「え、俺もすんの?」

「怪我した四ちゃんは使いモンならんし、あの先生だけじゃ頼りんならんしな」

「え、いや、でも」

「ええやん、ついで(・・・)ついで(・・・)()よ終わったらウチも一緒に行ったるから」

お前(おまん)が来てもなぁ」

「ええから、早よ手ぇ動かして! 中の荷物出したら次は棚出して掃き掃除、水拭き乾拭き待っとるから! ウチももう動けるし、早よ早よ早よ!」



 有無を言わさない強引な(まく)し立てに反論する暇もなく引き擦り込まれた城下町少年。

 妹から掃除の指示を飛ばされオドオドしながらにグパック教員の後に続いて段ボール箱を手に取った。



「城下町君、君の妹は実に良いな。この強引さ、他人を巻き込むリーダーシップ、正に林檎の様だ」

「もうアンタ言うてる事無茶苦茶やで、話の筋道なんもないやんか…………いつも通りか」



 距離が近付いた所でコッソリ喋りかけてくるグパック教員。

 いつも以上に脈絡のない話の内容にゲンナリしてしまって、城下町少年の『やる気』という火は鎮火を見てしまった。

 その『やる気』というのは勿論掃除の事ではなく、此度のグパック教員並びに今後の厄介な準化物(セミ)に対する効果的な対策への足掛かり、きっかけへの答え合わせの事である。



 とはいえ、体は掃除と言う動作をやっているだけであって、頭は考えようが妄想しようが自由、フリーである。

 棚をグパック教員と動かしながらに色々考えるうちに、城下町少年は根本的とも言える事に気付いて「あっ」と小さな声を漏らした。



(どうやって連絡とればええんや)



 城下町少年は、残念ながら彼らと今後連絡を取る事はないだろうと、そう思い一切の連絡先を交換する事無く、また聞く事さえしなかった。まさかこんな時に必要になるとは、では彼らに会うためには一体どうする? と城下町少年は更に思考に(ふけ)る事になる。



 そして、グパック教員と共に大きな棚を動かしている時である。



「城下町君、ここで下ろすぞ……城下町君?」



 重量物を運んでいるというのに、考え事が優先されて相棒の言葉が耳に入らない。



「ぬぅぅ、一勝負後では疲労があって押し返せない! 城下町君、是以上は俺が棚と壁に挟まれてしまう。城下町君? 俺は林檎ではないぞ?」



 危険極まりない状況、読者諸君も自分一人だけが損害を受けるのであれば自業自得で済むが、複数人で作業を行う場合自分の不注意で誰かを負傷させてしまう、そういう可能性がある事を肝に銘じておいて欲しい。



「城下町君? 城下ぐわあぁ!」



 今回はグパック教員で良かったが、これが小さい子供やか弱い女性、体の弱い方であれば一大事に発展する事もある。

 取り返しのつかない状況にならないよう、誰も不幸にならないよう、諸君らも是非とも注意を散漫にせず確実な作業の進行に努めて頂きたい。

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