閑話休題 狼三匹
仮に、不良A、B、Cとしよう。彼らの名誉のためにも一応弁明すると、彼らは決して完全なる悪ではなく、若気の至りと言える激しい自意識と、己の力を誇示せんとする高いプライドを持ち合わせた結果強い口調や乱暴を働いてしまう、然し非道の限りを尽くそうと鼻息を荒くすることは全く想像にもしていない………要するにバカ者どもなのだ。
彼らは、学生の精神である黒い制服を好きなように気崩しており、リーダー格のAは古式ゆかしいポンパドールにリーゼント、その迫力ある体躯を引き立てる剃り込み坊主のB、そして弟分Cは黒豹のように洗練されたドレッドを靡かせる猫背の、各々気合を入れた面々で構成された三個一だ。
…………………………
彦根城下町少年と怪人ピカタ三四郎の二人に心を折られたその夜、三匹の狼はカラオケボックスの一室で顔を突き合わせ、神妙に話し合いを決行した。空気は重く、間違ってもここは一曲派手に、という雰囲気ではなかった。
「おぉん、今日の事やけどよ」
「―――おう」
「…♡」
Aが重々しく口を開く。その目には、決意の現れる光沢が差しており、他の二人も先を迫ることなく真剣に次の言葉を待った。
「あの状況でビビらんかった奴、おるけ? おぉん?」
「―――…」
「……♡」
三人が利用するカラオケボックスは、しっかりとした企業の資金力で国道沿いに建てられた、規模は小さくも一番新しい所だった。平日ではあるが存外利用客は多いらしく、また狭い部屋は完全には防音されていないようで、廊下に流れる流行りの曲であるとか、隣接する部屋の気迫籠る大絶叫だとかが細い線になって聞こえてきていた。三人に対して陽気で御機嫌なバックミュージック達は、部屋に充満する鈍重な空気を殊更に強調させ、三人の神経をより一層凝り固まらせる原因となっていた。
「……俺は、ビビった」
Aは悲痛な告白を皮切りに、続けた。
「バケモンはおったけど、バケモンがおったからって、城下町にいわされたまんまで……」
「―――ええ訳、ないわな」
同調の応答に、それまで目を伏せ忸怩たる思いに暮れていたAはBを見上げる。
「―――あいつは変わった」
「……おぉん」
「―――バケモン連れてきてまで、俺らに歯向かってきたんや」
「でも、やから城下町に負けたってわけやない!♡」
「―――俺ら、それを盾にするんかい」
「ッ♡」
「―――バケモン連れてきたから言うて、己のこと強い強い思てる俺らは、城下町に一杯食わされたことに言い訳晒すんかい!」
Bの激情にCは何も言い返せず、机を一つ叩くと悔しそうに眼を背けた。それが、何よりの答えであった。男たちは、常日頃から自分たちの腕っぷしの強さを疑わず、その猛威を笠に、傍若無人を働いてきた。それが揺らぐ、訳の分からない化物と今まで足元に這いつくばっていた弱い少年によって、男たちのしょうもないプライドは未曾有の崩壊を呈していた。
「あいつも変わった…俺たちも、変わるんや。もっと強う、みんな拳で黙らせて、誰も逆らえへんようにするんや、おぉん!?」
「―――フッ」
「せや、せや♡」
男たちの決意は、ここに固まる。より強力に、より支配的に他者を従え、その頂点で鎮座し天上から下民を見据える強者になるため。もう、誰の顔にも鬱蒼とした色は見られない。男三匹狼、心の結束、ここに一つ極まれり。
「ほんでや、俺らは三人でより結束するために、より強固な信頼関係を作るために、これからは腹の内晒して隠し事は一切なしで貫こうや。……おぉん?」
「―――?」
「例えば?♡」
「せやな……せやな、例えば、趣味、とか恥、とか…おぉん」
間の抜けた、筋の外れたような提案にBとCは互いに一瞬だけ顔を合わせるが、この良い空気を態々断つ必要もないと、それは無粋だと思い、二人は口角を緩く上げ、Aに再び顔を向けた。それを見たAも、同じく口だけで表情を綻ばせると、早速後悔した。
不良少年Aの名は箙瀬と言い、勢いに任せ過ぎた、と、然しそれを臆面には出さず心の内で狼狽していた。
自分で提案したとはいえ、彼は無類のアイドル好きであり、まだ世に広く認知されていない地下アイドル大和屋たま嬢の大ファンであり、CDからシュシュから全てのグッズを手中にしており、日々の日課として彼女のブログ・SNSを逐一チェック、そして弛まぬコメント、激励の言葉をかける。彼女が出演するライブには悪天候も無視し一つも取りこぼす事無く、彼女が夢への困難を乗り越えた暁には涙し古めかしいファンレターをしたため、組員少ないファンクラブで音頭を取り、実は密かな恋心を隠し抱き………これだけは燃ゆる命尽きるとも明かされてはならぬと口を堅く結んだ。
不良少年Bの名は鬢櫛と言い、常に冷静沈着である彼は、事を想像し四方に暴れ狂う心臓を巧妙に宥めていた。
何せ強面である彼の趣味は美少女アニメ鑑賞であり、特に最近のお気に入りは「渚、パトロン募集中!」作中サブヒロイン、メグミちゃん。メインヒロインである渚と同じ男に恋をし、丸く豊満なプロポーションと度重なるお色気イベントにより優位的立場にはいるものの、生来の気の弱さが、決定打となるもう一歩の踏込みを躊躇させ、その都度悲しみに暮れるもまた勇気を持って立ち上がるイジらしい姿に、彼はテレビの前で拳を握りしめ、必死に応援し、いつしかファンアートを絵描くまでにその精神を昇華させる………これだけは墓場まで持っていかねばならぬと無機質な天井を仰いだ。
不良少年Cの名は勢理客と言い、おかしな展開に肝を冷やすも真っ黒なサングラスの影に焦りを隠しおおせた。
箙瀬、鬢櫛とは別行動の休暇中、彼は稀代の美少女へ変身し大阪へ繰り出すのだ。彼の象徴とも言える厳めしいドレッドは、その界隈で高名なウィッグ職人である母お手製肝煎りの大傑作。これを外し、綺麗に刈られた頭を露にすると、その時々の気分による美麗なウィッグを精選、丁寧な化粧とそれに見合う愛おしいフリルの施された衣服を見繕い、ワンポイントの小道具も忘れない。磨いた立ち振る舞い、喉を壊しながらも習得した女性声を駆使し、彼女は周囲の視線を性別問わず一様に奪い去る『マリンちゃん』へと相成り………これだけは終生役者を演じねばと鼻から僅かな息一つ、腕を組んだ。
三竦みのまま、誰一人名乗りを挙げず、やがて隣室の騒ぎが納まるも沈黙は続く。三人が三人とも互いの出方を伺い、微細な所作にもビクりと敏感な挙動を見せ、無為な緊張感を孕んだまま退店を促すコールが響いた時、三人の心臓は高い跳躍を見せた。
…………………………
帰路、両手をボンタンに隠し、或いは腕を組んだまま、ないしはそっと余所を見るようにして、言葉なく所在なさげに不愛想に脚だけ夜の土を踏む。緊張感は微妙な雰囲気に変わり、微妙な雰囲気は一種の白けたような空気の様相を醸していた。
堪りかねた箙瀬が口をきく。
「まぁ、それぞれ筋トレでもするか」
「―――ふむ」
「おっ♡」
他二人は何となく相槌を打つも、話は続かず、次第に静まる。何か喉に閊えているような、口に出さなくてもいいような、絶妙な違和感に三人夫々の背筋だけがモゾモゾと喋っている。
高層ビルなど望むべくもない田舎の夜空は瞬く星の輝きで満天とは問屋が卸さず、今にも決壊して放水を始めそうな色合いで。何とも折り合い悪く締まらない三人は、偶に一言二言発しては暗雲の下歩みだけは止めることなく、夫々の家に帰るなりモヤモヤしながら床に着いた。




