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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第八章
68/89

001 林檎りんご1



「物語は最終局面への第一歩を踏み出した。遂に反国家組織のボス『ドイル』と対峙(たいじ)せんと気を高めていたテレンだったが、最強の助っ人であるはずのトムにより拘束されてしまう。『ト、トム! 何故?!』。テレンは叫ぶ。対するトムの瞳には何の感情もない。そう、彼は反国家組織の工作員であり、テレンはまんまと彼の術中に(はま)ってしまっていたのだ。しかもトムの背後には、あのソムローニ皇女殿下の影も見える。まさかまさか、皇女殿下さえも工作員の一人だったのか?! 目を離せない衝撃的な展開だ。最終決戦を前にとんでもない大どんでん返し。テレンの運命は如何に?! 田村君! どう思う?」

「………えっ?! 『どう思う』? 和訳やないんですか?」

「うん、この展開どう思う?」

「えー、あー、…うーん」



 予想だにしないグパック教員からのフリに指名されたクラスメイトが脳の回転を上げた一方で、城下町少年はボォっとした間抜け面でその様子を見詰めていた。

 正に『心ここに(あら)ず』と言った様子で、見つめる視線の先の状況と表情に現れる思考の巡りには明らかな齟齬(そご)が見られた。



 季節は、夏と秋の狭間。

 日中は元より、朝晩の気温の低下が年末年始に到来する白銀の季節を嫌でも想起させる。城下町少年たちが暮らすこの町は夏も夏で厳しいが、冬は冬でまた自然の驚異を十分に味わえる準豪雪地帯に属しているのだ。



 (ちな)みにこれは余談であるが、一昨年の年末は悲惨にも様々な気候条件が重なり恐るべきドカ雪が町を襲った。平年の降雪量の一千倍という(にわ)かには信じられない驚異的な数値を叩きだした降雪に見舞われた町は、一晩のうちに天からの(ほこり)に埋まり(おお)い隠された。その結果、空だけでなく見える景色全てが灰白色に染まり、積雪と凍結を繰り返す道路に翻弄(ほんろう)された交通網がパニックとなり……やがて完全麻痺に(おちい)った。車があちらこちらでスリップ、衝突、横転等の事故を頻発。また電車、バス、タクシーなどの人々の移動手段の全てが断絶され、何処(どこ)に逃げる事も何処から入る事も出来ない陸の孤島(ディストピア)が形成された。



 豪雪地帯に属する北隣の町の様に雪への備えはこの町にはなく、降雪被害を想定した予算組は余りにも頼りないものだった。結果として町の家屋の幾つかは積雪の重みに(ひしゃ)げ、特に降雪の酷かったポイントでは信号が倒壊し、除雪車も三日の時間を要さねば用意出来なかった。

 移動手段を断たれ、運搬事業も完全にダメになり食物も満足に仕入れられない……全くもって成す術がなかった。

 地元企業や市役所が総力を挙げて次々に舞い込む事態へ対応するも後手に次ぐ後手、町自体の修復や経済の回復には実に一週間半もの時間が掛かった。



 全国的にも(マレ)であったこの降雪騒ぎは様々なメディアで面白おかしく取り上げられ、不本意な形ながらこの町の知名度は一時的に飛躍的向上を見せた。が、とは言っても地方も地方、田舎も田舎。ニュースの音頭に他府県のお茶の間が少し()いただけで、その後はただの対岸の火事状態。直ぐに忘れられる事になる。



 地元住民らはこの屈辱を忘れないために翌年、詰まりは去年、降雪に対する準備に抜かりを見せなかった。

 気紛れな天候の不機嫌に理不尽なクレームばかり受け、疲弊を見せていた役所も準備万端の本腰で臨んだ。

 果たして、去年は降雪量自体は多かったものの一昨年と比較すればモノではないと余裕で乗り越える事が出来た。

 『やれば出来る』、町は自信を取り戻した。



 然し本来呑気(のんき)長閑(のどか)な住民らだ。今年はどうであろうか、既に緩んだ雰囲気が(そよ)いでいる。

 酷暑が過ぎ、極寒の季節が来るまでの束の間の和らぎ。稲刈りのコンバイン近くで(たわむ)れるトンビらの姿が実に牧歌(ぼっか)的だ。



 生まれも育ちもそんな長閑(のどか)な町の城下町少年。本能に刻み込まれたと言っても過言ではない、町の移ろいによる叙情変動は例に漏れず城下町少年にも当て()まり、彼も町の雰囲気に完全に飲み込まれて授業とは全く関係の無い空想に(うつつ)を抜かしていた。

 


(あー、最近なんや色々あったなぁ…。と言うか、三四郎と出会ってからか、色々あったんは…。今んなっては大君ケ畑(ホフマン)準化物(セミ)になってもて、おまけに変なお嬢様と忍者も現れよったしなぁ。これ一本くらい漫画なり本なり書けるんちゃうやろか)



 頬杖はつかないまでも、机に雑に乗せた両腕で上半身を支え猫背の状態。視線はグパック教員とクラスメイトを(とら)えているが感情が無く芯も無い。恐らく、今の彼に声を掛けたとしても一度では反応を返さないであろうことが容易に想像できる。



「まぁ、正直何とも…」

「フゥ…、嘆かわしい事だ。こんな目を見張る展開、他の作品ではなかなか見られないんだぞ。然もB級ながらこの作品『テレンと陰謀』は映画化もされていて、一部のマニア達から狂った支持を得ている名作だ。……いや、そうか。上手くイメージが出来ないんだな? 文章に慣れていないから文から情景が脳に思い描けないんだろう。母国語ならまだしも、これは英文で脳のメモリを和訳へ使用している。確かにそれではなかなか感想も出て来ないのも納得だ。英語が得意な者であればそう難しくはないイメージだが、そうか、そうだな。よし、次は先生がこの映画を借りて来てやろう。視覚から得られる情報があれば想像は容易(たやす)い。林檎(りんご)を額で割るくらい容易だ」

「おかしいおかしい。けど映画見れるんは最高ですわ」

「そうだろう? 次回の授業は映画鑑賞だ。和訳や感想は次々回からに回そう」



 二人の遣り取りが進み、然し城下町少年の顔に変化はなかった。未だ空想の世界からの脱却は果たせておらず、(むし)ろズブズブと深みへ進んでいる様であった。



(林檎を額で……、グパック先生、林檎……。林檎、林檎…。りんご、妹と(おんな)し名前なんよなぁ)



 ぼんやりと考える事が一本の筋を見出す。

 グパック教員の発した『林檎』というワードが、実妹の名前を城下町少年に想起させた。

 『林檎』と『りんご』、嫌な予感が城下町少年の心を駆け抜けた。



(なんか、こう……、二人を鉢合わせる事は避けたいよなぁ)



 微睡(まどろ)み、緩んだ思考ではそこまでが限界であった。

 確かな予感はあるものの、りんご少女とグパック教員の邂逅(かいこう)がどういった事態を引き起こすのかまでは脳の回転が(いささ)か足らない。

 弛緩(しかん)した町の空気は城下町少年の思考に(まと)わりつき、ずっと子守唄を聴かせている。



「そういう訳だ、皆いいな?」



 いや、城下町少年だけでなく他のクラスメイトも同じ様で、皆ふわっとした目線のまま誰も頷くなり応答の声を上げるなりする者はいなかった。 



「なんだ皆、今日は一段と身が入っていないぞ。だらしがない。お前たちの気持ちも分からなくはないが、俺の気持ちも察してはくれないだろうか? 皆の将来を思い、入念な準備を以て教壇に立つ俺の気持ちを分かっては貰えないだろうか? いや待てよ、これは俺の思い上がりか……うむ、思い上がりかもしれん。自身の努力を放棄し、『分かってくれ』『察してくれ』は伝え教えるこちらの怠慢(たいまん)不手際(ふてぎわ)に違いない。皆、今のは忘れてくれ、『分かってくれ』とは言わない。せめて真摯な態度で授業に臨む、それだけを俺に見せてくれないか? これも駄目? 俺はどうしたらお前たちにやる気を出させる事が出来る? 林檎、…林檎か? 林檎を割った方が良いか? もしかしてお前たちは俺が林檎を額で割る事を期待してくれているのか? 林檎を額で割るのはまだか、そろそろか……、今か今かと待っていてくれているのか? あぁ、俺はなんて幸せ者なんだ。"Apple Crusher"冥利(みょうり)に尽きる。然しお前達、今はダメだ。時と場合を考えて欲しい。今は授業中、お前たちは生徒で、俺は教師だ。俺は君たちに教育を施し、君たちは将来に(これ)を活かす。そういった関係で我々の立ち位置は定められていて、そして今は育みの時間だ。林檎を額で割る事の凄味を体感する時間ではない。皆の気持ち、よく分かった。授業に身が入らない理由がよぉっく分かった。そうか、そうだったんだな、そうに違いない。すまなかった。ここに思い至らなかった俺の浅はかな発言をどうか許して欲しい。約束する、本日の授業が終わり次第、俺は林檎を額で割る。丁度明日、俺はとある人物と対峙(たいじ)しなければならない。こんな極東の土地で運命とも言える名を関する人物の存在を知る事が出来た、俺はそれに挑まねばならない。丁度いい、本当に丁度いい。今日は前哨戦(ぜんしょうせん)だ。明日のためにも今日は盛大に俺の技術と(ハート)を皆に披露する。これはいい、気合が入る。ここは一つ、景気良くやらせて貰う。今日は良い日になりそうだ」 



 グパック教員、と言うよりは準化物(セミ)特有と言ってもいい膨大な独り言と納得が炸裂し、いつもなら緊張に呑まれる場面。だが緩みも緩んだ教室ではいつものピリリとした空気は何時までもやってこなかった。



「先生、俺もう座っていい?」

「あぁ、これはすまない。座って良し。まぁなんだ、次回の授業を楽しみにしていてくれ。イギリスで撮影されたこの作品はあの有名俳優が主演だ。次回までにこれは内緒にしておこう、皆の驚く顔が浮かぶ、フフ」



 そこで授業の一区切りを報せるチャイムが鳴った。

 グパック教員は一つ息を()くと、教壇の上の片付けに着手し始めた。



「今日はここまでだな、次回の授業を皆楽しみに待つように。何せ映画鑑賞だからな、普段よりは身が入るだろう。それから俺は今から林檎を用意してくる。さっき約束したからな、授業を終え次第、林檎を額で割ると、な。今は手持ちの林檎がないから職員室に持ち込んだ林檎セラーから幾つか良いものを見繕ってくる。そうだな、二、三分で戻るから皆、心して待つように。まぁ皆楽しみにしていた様だし、俺もその期待に応えねばなるまい。気合を入れて臨むからな、俺の姿をその目によく焼き付ける様に。では一旦解散だ、皆俺が戻るまで自由にして良し」



 不穏な言葉を残し、グパック教員は教室を去って行った。

 それでも教室中に蔓延している解けた空気は一切変わることなく、一部には授業終了の鐘の音にさえ気づかぬ生徒もいた。

 城下町少年もその内の一人で、ただただ心の中で「妹とグパック教員を合わせないようにしないと」と、繰り返し繰り返し反芻(はんすう)し続けていた。



 ぼんやりとした雰囲気はグパック教員が再度姿を現し、林檎を額で割っている始終ですらも去る様子はなく、教室に爽やかな林檎の香りを付けるだけで生徒たちの感情は一切動かなかった。

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