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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第七章
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008 鬢櫛、バレる3




 喋る喋る強面(こわもて)の巨体。

 それまで威圧感を放っていた瞳がキラキラと輝いている。好きな物を語る興奮に(ほの)かに赤く上気する頬が周囲のピンク色の中でイヤに強調されて浮いていた。



 そして何と! 鬢櫛(びんぐし)の『渚パト』好きは実の姉によって惹起(じゃっき)されたものだったのだ!

 店内を改めて見回すとファンシーな縫い包み達の合間を縫って、大君ケ畑によって脳内に刷り込まれたメグミちゃんの姿そのままのフィギュアが何体も顔を覗かせている。

 ともすればこの姉弟は揃ってこの作品のファンであり、互いに(いか)めしい容姿でありながらコアなメグミちゃんオタクなのだ!



「………『渚パト』の話か?」

「―――そうや」

「………あたしも交ぜてや」



 パフェのトッピングの用意を終え、カウンター奥で再度紫煙(しえん)(くゆ)らせていたはずの店主もとい鬢櫛姉がやってきていた。

 鬢櫛姉は話の内容を確かめると勝手に椅子に座り、弟と共に『渚、パトロン募集中!』の講釈を垂れ始めた。



「………真のヒロインはメグミちゃん一択、満場一致で」

「―――最新話で出てきた新たなライバルがかなりのやり手」

「………正妻気取りの渚ちゃんも流石(さすが)に強硬手段に出るはず」

「―――メグミちゃんももう運だけに身を任せる訳にはいかへん」

「………物語は急速にクライマックスに突入しようとしとる」

「―――遂にその加速は危険な領域へ」



 未知の内容と考察が姉弟間で行き来する。

 二人の静かな熱は次から次へと尽きる事の無い言葉を(つむ)ぎ出し、身振り手振りだった動作はやがて姉弟を立ち上がらせる程に勢いを増し、ボルテージの盛況具合は青天井でどれだけの時間が経過しようとも鎮静を見なかった。

 


 真白は初め、行き交う話に只々(ただただ)目を白黒とさせていたが、早々(そうそう)に自分が入れる内容ではないと悟るとそれからは目の前のパフェの始末に手を動かした。

 (しか)しそれも胃の限界が訪れるとともに遂行が難しくなり、グラスの中に詰められたアイスが完全に液体化して底にあるフレークをふやかす様子を見詰めているしかなかった。



 それでも止まない未知の話。

 加えて三四の見舞いも出来ず、謎の取引の為にピンク色の店に押し込められ拷問の如き量の甘味を差し出されたこの状況。

 駄目だ駄目だと思いつつも、真白の胸中、皮膚の直ぐ下辺りにピリピリとした衝動が出始めていた。



「あのっ」



 真白が立ち上がって声を上げた時だ。



「ビンちゃーん! おるかー!」

「―――!」



 鬢櫛がその声に驚き、話を中断する。

 自分を「ビンちゃん」と呼ぶ者は過去、一人しかいなかった。

 真白も同じく、突如現れた意外な人物に驚きを隠さなかった。



「あれ、真白さん。何したはるんですか?」

「りんごちゃん……」



 何故この店を知っているのか。それと、「ビンちゃん」と親し気に呼ぶ相手とはまさかこの厳つい男を指しているのか。

 思わぬ人物の思わぬ交友関係は真白にやんわりとしたショックを与えた。



「三四郎さんも」

「おぉ、真白ちゃんか。どうした? 何でここにいるんだ?」

「それはこっちの台詞ですよ。何でりんごちゃんと三四郎さんがここに?」

「よくぞ聞いてくれ。俺は今、りんごに柔道を習っているんだ、強くなるためにな。それで、俺の練習に良いビンちゃんなる相手がいるって事で一目見ようと着いてきたんだ」

「は、はぁ…」



 いつの間にか知らないところで話が進んでいるらしい事だけは分かった。

 然しまた何で柔道を……と真白が思っていると、りんご少女が鬢櫛に近寄っていた。



「ビンちゃん久しぶりやな。何や、そんな厳つい髪型して」

「―――何や、いきなり」



 (しばら)く振りの対面であったりんご少女に驚いていた鬢櫛であったが、その傍らに着いている巨体の存在に気付くと今度は度肝を抜かれていた。

 (かつ)て、学校に現れついでに一杯食わされたあの化物だ。



「………あんた、案外女の子の友達おんねやな。おかしな(モン)もおるけど」

「―――いや、友達(ダチ)やない…」



 姉に茶々を入れられ、それに返す事で何とか平静を装う事は出来たが鬢櫛の胸中は気が気でなかった。

 三四郎も何か引っかかるのか「ん?」と言いながら目を凝らして鬢櫛を見詰めている。

 姉の方に体を向けながらも、鬢櫛は三四郎の動きと視線に固唾を飲み込んでいた。

 それに気付かない三四郎は鬢櫛を上から下へ一巡だけ見渡すと、口を開いた。



「俺には及ばないが確かに重量はありそうだ。その若さで中々将来有望だな」

「あんた何言うてんねん。ビンちゃんはもう辞めてもたけど中学ん時はウチと同じで大会の決勝常連者やったんやで。有望も何ももう芽は出て葉っぱも着いてねん」

「お前頭悪そうなのに意外と言い回しに気遣いがあるな」

「もっかい投げられたいんか?」

「いいのか?」

「……頭イタ…」



 額に手を当ててわざとらしく頭を振ると、りんご少女は鬢櫛に向き直って口を開いた。



「まぁ色々あったんやけど、ビンちゃんちょっと協力したってぇな」

「―――何にや?」

「この三四郎とか言う化物の柔道の練習相手や」

「―――は?」

「ええやろ、柔道辞めてからあんまし動いて辺やろ? 久々に体動かしぃな」



 鬢櫛はりんご少女と三四郎を交互に見比べた。

 いきなりやって来て何を言っているんだとまたもや驚いた。

 然し驚いただけではない。

 りんご少女が発した『柔道の練習相手』という言葉が脳内で反芻(はんすう)され嫌な汗が頬に垂れた。その言葉の咀嚼(そしゃく)に時間は掛ったが明らかに自分にとっていい話ではない事が予感された。



「―――柔道て…」

「練習にウチやと体重が合わんのや」

「―――あかん」



 三四郎は覚えていないようだったが、鬢櫛にとってあの体育館裏での遭遇はトラウマそのものであった。

 一年生に就学しその存在を認知していたもう一体の化物、三四の大声に吹き飛ばされ、気が遠のく一瞬に見えた四角い頭部。あの時は二本の剛腕のみであったが、今、その全貌を現したビルパン姿の化物が目の前にいる。成程、あの極太の腕に相応しい体躯であった。

 が、幾ら凄まじい肉体をしていようと、化物が憎き敵である事に変わりはない。既に未知の能力を有している化物を、あろうことか柔道の練習相手となって強化しろとの言葉、受け入れられるはずもない。

 鬢櫛は心臓のドクドクする鼓動をそのままに、飽くまでも冷静に否定の言葉を投げた。



「な、なんでなん? 『嫌』や言うのは分かるけど『あかん』てどういう事や?」

「―――…」



 りんご少女も決して否定の言葉を想像していなかった訳では無い。それに自分の事でもない訳で、断られても別に良いとも思っていた。

 然し返って来た答えは少しベクトルの違う否定の言葉。

 想像だにしていなかった答えはりんご少女に動揺を与えた。



 一方で鬢櫛はりんご少女の問に次なる言葉を詰まらせていた。

 理由は言わずもがな。鬢櫛は半年も経たない過去において三四郎に敗戦を喫しているのだ。それも三人がかり、他人をイジ……活を入れていた際に。

 そんな事、嘗て共に柔道に明け暮れた年下の少女に明かせるはずもない。



「―――兎も角、了承は出来ん」



 強い否定の言葉だ。

 りんご少女は困り果て、背後の三四郎へと向き直った。



「あかんかったわ」

「押しが弱いんじゃないか? 柔道だと強いのに何だ」

「やかましい! ウチはそもそもあんましノリ気やないんや」

「何とか、何とか頼む、俺からもお願いするからもう少し、な?」



 食い下がる三四郎、否の眼差しの強い鬢櫛。

 りんご少女は幼い見た目に相応な狼狽(ろうばい)を見せていた。



「ねぇ、鬢櫛君」

「―――」



 助け船は、遣り取りを黙って聞いていた真白からだった。



「さっきの取引だけど」

「―――…? ………!!」



 咄嗟(とっさ)の事に鬢櫛は分からなかったが、場の運びからして真白の次に来るであろう言葉が直ぐに予想出来た。

 いや、気付いてしまったと言う方が言葉的には正しい。鬢櫛の状況としては最悪だ。



「りんごちゃん達に協力してあげたら成立させてあげてもいいよ」

「―――ま、待っ」

「何だ? 取引って」

「取引?」



 三四郎が、つい口を挟む。続いてりんご少女も同様の内容を問うた。



 一転攻勢、とは少し意味合いが違うが鬢櫛が窮地(きゅうち)に追いやられたのは事実だった。

 絵の事、化物の事、どちらを取っても地獄行き。どちらかの片道切符を選択せねばならぬ詰みの状態であった。



「取引の内容って言うのはね」

「―――分かった」

「分かったって?」

「―――練習相手、やったる」

「おぉ! 本当か!」



 絵の事をバラされるくらいなら……。

 選択した答えは三四郎の練習相手の承諾(しょうだく)であった。



 刹那(せつな)の判断だった。死地においてのそのストレスは尋常ではなく、両の拳は固く握りしめられ、そこに学生服を素通りしてきた脇からの汗が伝う。無論、歯を食いしばる顔面も汗だくだった。



 それにしても真白の悪魔的な詰め方である。

 相手の嫌がっている事を的確に判断し、素直に突く。

 突然の事から同伴せざるを得なかった状況に多少イラつきが出てきたこのタイミング、少しやり返しても文句はないだろうと放った言葉が鬢櫛を動かした。

 見た目に屈強な他者を(くじ)いた事実にストレスの蒸発が感じられ、真白の目は(わず)かに(いや)らしさを帯びた笑みを(たずさ)えていた。



「良し! これで俺は強くなれるぞ、柔道を極める事が出来るぞ!」

阿呆(アホ)! ウチらもまだ出来てへん事アンタに出来るかいな。まずはビンちゃんと(おんな)しくらい強なってからが入り口や」

「良かったですね三四郎さん」



 ガッツポーズで意気込む三四郎に笑顔を向ける真白。

 目も口も、笑顔と表現するに申し分ない明るい表情だった。

 然し鬢櫛はその笑顔を素直に笑っているなどと解釈は出来なかった。漢字を充てるにしても『笑』ではなく『嗤』の方が合っているのではないかと、産毛立つ背中に冷たい汗を感じながら真白の様子に恐怖するばかりであった。



「………あんた、何か大変やねぇ。ま、頑張りや」

「―――」

「………たまに真白ちゃん? 連れて()ぃな。一緒に『渚パト』の話でもして余計な事忘れい」



 鬢櫛姉の(なぐさ)めは果たして効果があったのか。

 鬢櫛はグッと尚も強く顎に力を込めると、とは言え何も出来る事もなくただ俯くばかりであった。



 ()くして、三四郎は鬢櫛と言う柔道の練習相手を確保する事に相成った。

 

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