007 鬢櫛、バレる2
喫茶サルテは、地元住民しか寄りつかない様な地味な見た目の店であった。
住宅街を抜け切らない、畦道に出始める道路の脇にサルテはあった。『魔女のコーヒー屋さん』と同じく、田舎特有の広大な駐車場を有しておりそこそこの数の車が停まっている。店の入り口右側は駐輪場となっているようで、こちらも複数の自転車やバイクで埋まっている。清掃が行き届いている様で、ゴミ一つ落ちていない様子は好感が持てた。
店本体は前述した様に地味で、歴史に渋みが染み出す昔ながらの様相であった。
店主と思われる人物は女性で、恰好は男性物のスーツ、目は鋭いと言うよりも人生の酸いを体験しきったかのようなやさぐれた光が差している。店主はカウンターの奥に座り下品にも足を組みながら香辛料の香りが混じる外国産の煙草を吸っている。昨今の飲食店では必要以上に毛嫌いされている喫煙。この店では可能な様で、店内に居る客たちも気持ち喫煙者が多いように見える。
店内を走り回る従業員、女性で一名切りだ。店主とは違い溌剌とした印象を受ける。高校生程の若さで、それは一つ一つの所作の俊敏さや発する声の明るさなどから推測でき、注文に配膳に何かと慌ただしく動き続けていた。
その慌ただしさを作る客らは老若男女様々で、皆提供される飲み物や軽食に笑顔で会話を弾ませている。その光景は旧、新の『魔女のコーヒー屋さん』とは違う、繁盛している喫茶店らしい喫茶店だった。
内装を除けば、だ。
サルテはその見た目とは裏腹に、店内へ入ると実にハイカラで世俗的な空気を内包した珍店であった。
まず、壁紙、天井、床に至るまで全て控えめなピンク色だ。部屋の色が一色に染まっていると目が痛くなってくるものであるが、そこは考慮しているのか敢えて控えめで強烈な下品さは感じられない。
窓の枠にはファンシーなキャラクターの縫い包みやフィギュア、その他店の至る所に可愛さを強調させた犬や猫と言った動物の彫り物に絵画と視界が全て可愛いに支配される。
店内に流れている音楽も、キャピキャピした物と言うよりも窓ガラスを濡れ布巾で強く擦っている効果音の方が適切の様に思える。メニュー表もこれでもかと丸く変形させた文字で表記されており、最早日本語とは別の文字に見える程だった。
何故学校の札付きの悪がこの様なファンシーな喫茶店を知っていて、期間限定で提供されるパフェの存在を知っていたのか。その理由は直ぐに分かった。
「―――姉貴」
「………なんや、女連れて」
姉貴と呼ばれた店主は紫煙を大きく吐き出すと鬢櫛に答えた。
二人は確かに似ていた。切れ長の一重が特にこの二人が姉弟であるという事実を物語っていた。
この店は鬢櫛の実姉が店主をしており、彼は時たま手伝いをして給金を受け取っていたのだ。勿論、いつも一緒にいる二人には内緒だ。
「―――こいつに期間限定のパフェを」
「………あんたは?」
「―――俺は要らん。これは取引や」
「………ほうか。有料のトッピングは?」
「―――全部。特大でや」
喋り方も良く似た二人だった。発言の前には間を置いて、意味の無い緊張感が醸し出されている。互いに堅気とは思えない面をしているだけに、まるで隠語で物騒な言葉を隠した話し合いでもしているかの様だった。
「………分かった。あかねちゃん、限定パフェ。トッピングはあたしが用意するでパフェ宜しくな」
「あいあいー! 了解っすー! かしこまりー! 承りっす!」
元気印の応答、その振り向き様にアニメチックな衣装がフワリと揺れる。
所謂メイドの恰好であったが、『魔女のコーヒー屋さん』のクラッシックでほぼ黒一色の物とは違いサルテの店内同様ピンク色が映える如何にも少女趣味の様相であった。
あかねと呼ばれた店員は「あいよー!」っとカウンターの調理場へと慌ただしく走って行った。
「………そこの席開いとるで座り」
店主が顎で席を指す。
ピンク色のクロスの掛けられたテーブルには一際目を引くピンク色のキャラクターの縫い包みが鎮座していた。
…
…
「あいー! 期間限定パヘ全トッピング特大、お待ちどう様っすー! 配膳完了っす! お上がりよーっす!」
「―――これで、どうか」
「……」
程良くエアコンで涼しい、談笑に賑やかな空間。
喫茶サルテ従業員のあかねは全ての皿を配膳し終わると、元気な声でその旨を声出しして小走りにカウンターの奥へ引っ込んでいった。そのまま流しへ向かうと回収したままだった食器類を軽く手洗いして、その端から次々と洗浄機へと投げ込んでいく。つい先ほど配膳したためか「パッヘ、パッヘ」と鼻歌交じりに作業を熟す姿が印象的だった。
さて、テーブルに置かれた真白の視線よりも高いパフェ。
どうしてこのスリムなグラスにここまでの量を詰められるのか真白には分からなかった。
グラスの口より上、盛られた具材たちの崩壊を防ぐ様に、チョコレートコーティングの細い棒状のクッキー菓子がグラスの内側に沿わせて二本、突き刺されている。
生クリームにアイス、フレーク、チョコ、フルーツ、その他諸々の見目麗しい甘味たちがグラスの底から口を遥かに超えて所狭しと詰められている。
パフェの高さに耐える具材たち、グラスが破裂せんばかりの内容量。一番下に敷かれたフレークに至ってはその狭苦しさに今にも粉々に砕けそうになっている。重量は配膳の際にゴトリと重い金棒でも置いたかのような仰々しい音が鳴る程だった。配膳にやってきたあかねの腕はその重量にやられたのかブルブルと震えていたのを真白は見逃さなかった。
そしてパフェの周囲に別皿で用意されたトッピングの数々。あまりの数にテーブルが埋め尽くされている。
トッピングはパフェに使用されている物もあれば、有料でのみ提供される特別なフルーツなど選り取り見取り。中には「マシマシシリーズ」と言う奇っ怪な物も在った為、アイスや生クリーム、チョコチップ等それ単体がドンと盛られた皿まである。
多種多量のトッピング達、本体であるパフェがおまけに思える程の種類と量は圧巻の一言であった。
ともあれ、鬢櫛の鋭い眼差しに射されながら一口。
口に運べたのは上の方の生クリームだけだったが十分に甘味が感じられ、美味しかった。
一瞬、同じ喫茶店である『魔女のコーヒー屋さん』の飲食物の衝撃が脳裏を過ったが、生クリームは無事口内の温度で溶け、甘味が奥歯の奥の方まで広がった。『魔女のコーヒー屋さん』で無意識下に植え付けられた不味さの衝撃に身を構えていた為に、何ら普通な味わいがそれはそれで真白にショックを与えた。
そうだ、本来提供される飲食物とはこういう物なのだ。
真白は咀嚼の必要もない生クリームに二、三回程モクモクと口を動かして喉に滑らせると、改めてテーブルに広がる大量の食物を見て一種の絶望めいた気分になった。
甘いものは無論大好物であったが、流石にこの量は頂けない。甘いものは別腹と言えども限度がある。仮に目の前の全てを食い果せるフードファイターであってもこれ程の糖分を摂取すれば一体どうなってしまうのだろうか。鉄の胃袋を持つ彼らであっても体に何かしらの支障を来してその後まともな状態で往生まで漕ぎ着けられるのだろうか。
色々な思考が交錯し、結果真白は次にどれを口に運ぼうか迷う事もなく、本当に困った顔で鬢櫛の方を見遣った。
「……あの、こんなに食べれ」
「―――どうか」
鬢櫛の言葉が間と共に真白の言葉を食った。
間を開ける喋り方なのに何故こちらの言葉に被せる事が出来るのか。鬢櫛と言う男は「間」さえも言葉として操れるとでも言うのか。
「―――これで、どうか」
「どうかって言われても」
「―――黙っててくれへんか?」
『黙っててくれないか』、先刻の絵の事なのは明らかだった。
懇願に俯く鬢櫛の顔は思い詰めた様に深刻その物で、彼の大きな体も何処か縮こまって見える。
そんなにアニメの絵を描いている事が恥ずかしいのか。或いは、一部の破廉恥気味な絵の事を指しているのだろうか。それであれば納得は出来る。
アニメや漫画趣味に差別的な意識を持っていない、妙に理解があるだけに真白にはそこら辺の感覚が測れずにいた。
「―――俺が、メグミちゃんのファンアートを描いてるんを黙っててくれへんやろか?」
「あの、渚パトのキャラクターだよね」
「―――知ってるんか!?」
煌びやかな食材達の向こうで鬢櫛が威圧的な顔面を上げる。
可愛い食材達に咲く一凛の男面。周囲がピンク色ばかりな事が災いし、真白は現実と夢の狭間にいる様な感覚に襲われた。
「―――そう、メグミちゃんは『渚、パトロン募集中!』のサブヒロイン。
―――メインヒロインの渚ちゃんが思いを寄せる男タケル君に恋をしてもうて、その恋心を成就させるために頑張る可愛い女の子で、一方で小さい頃から仲良しの渚ちゃんから男を盗りにかかる行為に一端の負い目を感じながらも自分の思いにも抗えへん、気の優しい子なんや。
――――自分の願いも叶えたいが幼馴染の渚ちゃんの心情も気になる。あと一つのダメ押しでタケル君を物にできる、そんな状況でも一瞬悩んで決定的な一歩が踏み出せへん、そんなイジらしい姿に俺の心は鷲掴みにされたんや」
大君ケ畑を彷彿とさせるオタクの人特有の早口だ。そこまでその作品が好きなのかと真白は驚いた。
大君ケ畑の話を聞いている時には、オタク故に沢山のアニメを見ている中で偶々自分のセンスに合致する作品があってそれに入れ込んでいるだけだと思っていたが、こんな不良もファンとして取り込んでいる。『渚、パトロン募集中!』とは一体どんな作品なのだろうかと、真白は少し興味が出てきていた。
「―――ストーリーも然る事ながら、登場人物達の心の揺れ動き方の表現が半端やない。
―――メグミちゃんのお色気シーンが過激なばかりに色物扱いされとるが、その実見事な恋愛模様を紡ぎ出す世紀の傑作で、笑いあり涙ありのヒューマンドラマの展開が目白押しや。
――――俺は姉貴が涙を流しながら勧めてくる漫画から入って、アニメを見て、最終的にはこんな絵を描くまでになったんや」




