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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第七章
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006 鬢櫛、バレる




「えぇっ…」

「―――!」



 (さい)の目状に構成される比較的新しい住宅街。何の変哲もなく想像に易い家屋の立ち並び方である。その一角のT字路、ミラーや三十キロ制限の標識、電信棒が立っている。これも現実や架空の物語の世界で良く見る光景だ。

 そこに二つの影があった。「T」の侵入路左方に大きな男の影、下方に小さな女の影。二人に挟まれるアスファルトの上には複数枚のA4用紙が散らばっている。



 真白がその内の一枚を拾い上げると、そこには豊かな胸を強調したアニメの少女が描かれていた。用紙の右下には落とし主の名前が筆記体のローマ字で書いてあった。と言う事は、この絵は落とし主が描いたもので間違いない。

 独学(ゆえ)なのか非常に独特なタッチではあったものの、何となく上手いのだろうと言う印象が感じられる。丁寧にラミネートまで施しており、これからこの絵をどうするのかは考えも着かなかった。

 ふと落ちている他の用紙にも目を()ってみたが、ポージングや服装は違えどどれも同じ少女と思われる人物の絵ばかりであった。中には決定的な箇所は描写されてはいないものの全裸に近い物も見える。落とし主は余程このキャラクターを好んでいるのであろう。



 別にこういう趣味に何ら差別的な意識を持っていなかった安宅真白。多少驚きはしたが、こういう趣味を持つ者が一定数いるのは何も珍しい事ではない。

 身近な人物を挙げれば最近不慮の事故で準化物(セミ)となってしまった大君ケ畑がいる。もっとも、彼は自分の趣味に関しては実にオープンな性格でいて、聞いてもいないのに語る話はそういった類の物ばかりだ。主にその話を聞かされるのは城下町少年の役目であったが、ある種深い関係になった今では極(たま)に真白もその標的となっている。お陰で耐性が付いてはいたが、今回ばかりは散らばる絵と落とし主とのあまりのギャップに思わず声を漏らしてしまった。



 落とし主は学生服を着ており、非常にがっしりした体形をしていた。肩幅が広く、首とそれから胴もしっかりと太い。厚みのある上半身を支える下半身はその頑強さが伺える丸みがある。両の耳介(じかい)餃子(ぎょうざ)の様に皮膚が腫れて密集している。そして綺麗に丸めた頭髪の側面には四本の剃り込みが入っており、切れ長の一重の瞳に恵まれた巨体が相俟(あいま)って強さや凶悪という言葉を体現したかの様な風体をしていた。



 少なくとも、真白程度の体格の者が街角を曲がった所でぶつかって来たとしてもその恵まれた巨躯(きょく)を衝撃で震わす事は出来なかっただろう。(しか)し、不幸な事に真白がぶつかったのは彼の本体ではなく、彼が持っていた黒色のファイルを持つ手であった。

 体積比や重量比を見ても、手対体では分が悪かった。真白の体当たりを食らった落とし主の手は持っていた黒ファイルを中空へと手放してしまった。そして黒ファイルは重力に逆らう事無く地面へと落下。更に落下の衝撃でボタン留めが外れ、中に収められていた趣味嗜好溢れる大量のアニメ絵が撒き散らされてしまった。



 考えても恐ろしい。自分が生涯口外せぬと決意を固めていたものが、屋外に、それも他人の目のある所にバラまかれてしまった羞恥(しゅうち)。そして絶望。

 落とし主である鬢櫛(びんぐし)の胸中は例に漏れる事なくグチャグチャになっていた。自身の手掛けた秘匿(ひとく)の作品たちが同校の同学年、それも女子の前にぶち()けられた光景を呆然(ぼうぜん)と見ている他行動を起こせずにいた。



「あの、アハ、鬢櫛くん、か、可愛い絵だね、アハハ」

「―――」

「ごめんね、ぶつかっちゃって、アハ、拾うの手伝うからね、ごめんね」



 真白はこれ以上に無いほど気不味(まず)い気分になっていた。見てはいけない物を見てしまった気がしていた。

 気遣って掛ける言葉はブツ切れになっており、無意味な笑いが合間に交じる。これでは逆に相手の羞恥心を刺激してしまうと分かっていても真白にはどうする事も出来なかった。



 これ以上時間を引き伸ばしても良い事にはならない。そう思った真白はそそくさと散乱する用紙を()き集めると綺麗に(まと)めて鬢櫛に差し出した。その行為は可及(かきゅう)的速やかに行われ、軍隊の作業工程を彷彿(ほうふつ)とさせる程キビキビとした動きであった。然し、その迅速(じんそく)な対応は(かえ)って冷静を装う顔面に垂れる一筋の汗を強調させていた。

 


「そ、それじゃ私は…」

「―――!」



 真白が急いで立ち去ろうとする言葉を聞いて、鬢櫛は我に返った。

 眼を丸々開いて気遣いの言葉を聞いている場合ではない。何としても口封じをせねばならない。この趣味を言いふらされてはかなわない。そんな事をされれば自分が気付き上げてきた威厳及び不良人生が終わってしまう。

 言葉は勝手に出た。



「―――待ってくれ」

「っ!」



 鬢櫛は言葉を発すると真白が振り返るのも待たずに、そのまま体の動くままに任せて地面に両膝を着いた。次いで上体を伏せて両手を頭の先の地面にぴたりと並べ(そろ)える。日本国民には幼少の頃より慣れ親しんだ、五体投地が原型とされる古式ゆかしい謝罪或いは嘆願(たんがん)の形、土下座であった。

 真白が驚愕に動きを止めたのも納得できる。声に振り返ってみるとあの悪名高い不良が土下座をしているのだ。



「―――パフェ」

「…? え?」

「―――期間限定のパフェで、何とかならんか?」

「パ、パフェ…」

「―――ケーキもや」

「い、いや、私急いで山に」



 真白は事実、急いでいた。

 三四郎が打倒(うちたお)されたあの日以来、三四が(ふさ)ぎ込んでしまっている。事件の発端が自分にある事に責任と後悔を感じていた三四の落ち込み様は尋常ではなく、化物家族の誰が声を掛けても布団の中で縮こまり微動だにしない。食事も(ろく)に取らず一週間近い時間が過ぎていた。

 こちらの気落ちまで誘う三四の様子とその様子を見て若干憔悴(しょうすい)気味の母・ミ一(みひ)。彼女らを見ていた善良な少女は居ても立ってもいられず、三四の早期復活を実現させるべく足繫(あししげ)く化物の棲み家に通っていたのだ。



 今日も山奥を目指して家を出た。時間は既に十五時を過ぎていた。母の用事に手こずってしまいいつもより時間がなかった。

 軽くシャワーを浴び、急いで身支度を終えて残暑厳しい中タクシーの停留所へと走っていた。いつもなら出来るだけ汗を()かないよう慎重に歩いていたが今日はそんな余裕もない。肩掛け鞄が何度も脇腹に激突するのも無視していたその道中、いつも通りの街角を曲がった先で鬢櫛にぶつかったのだ。



 何故こんな所に不良が?

 何故休日に学生服なのか?

 不良がこの絵を?

 アニメ見てるの?

 ()(かく)、厄介な人物にぶつかってしまった。



 土下座の体勢のまま口を動かしていた不良が(おもむろ)にガバッと顔を上げた。追い詰められた獣の(ごと)く必死に強張る形相が覗いた。まるで全力疾走後の様な凄まじい滝汗が幾つも支流を作って顎まで伝っている。一種の憤怒をも感じられる様な威圧的な瞳が力を伴って見開かれていた。



「―――高級店フルーツビュッフェッ!!」

「わ、分かった、分かったから…」



 住宅街に鬢櫛の低い咆哮(ほうこう)が響き渡った。

 夏のピークは既に過ぎ去っていたが、まだまだ残暑は厳しい。蝉たちもまだまだ現役だ。その蝉たちの鳴き声さえも凌駕(りょうが)する鬢櫛の声量は、本当に人体から発せられた音なのかと(いぶか)しんでしまう程に爆発的であった。

 勢い良く動く口に(あお)られて汗と唾が飛沫(しぶき)を上げる。鬢櫛の目は真剣味を帯びており、何としても真白に袖の下を通さねばならないという気迫が感じられた。



 あまりの気迫とご近所様への迷惑を(かんが)みて真白は根負けせざるを得ず、鬢櫛の言葉に焦りながら頷いた。



「頭上げて? ね? 誰にも言わないから、ね?」

「―――」

「あ、あ! パフェでいいから」

「―――」



 真白の回答を聞いた鬢櫛はそれで(ようや)く頭を上げ、値踏みする様な目つきで真白を睨みつけるとズっと立ち上がって仁王立ちになった。

 真白を見下ろす鬢櫛の正面は背後から受ける陽光で陰になっており、本来の迫力に拍車がかかっている。



 立ち上がった鬢櫛は大きかった。元より背が大きいのは分かっていたが、改めて見るとその肉体には不摂生さが見当たらない。生来の物と思われていた体は、明らかに何かしらのスポーツをやっていた形跡としての筋肉が付いている。

 一般的な筋力トレーニングで培われたものではない。力の発揮は元より素早さや粘りのある動きに特化した、自然で懐の深い筋肉が鬢櫛の体を覆っている。肌面積の露出に(とぼ)しい学生服の上からではあったが、肉体に詳しい真白にはそれが良く分かった。



「―――着いて来い」

「何処に…?」

「―――喫茶サルテ」



 一拍置いて鬢櫛が口を開く。鬢櫛は真白の問いかけに一言、店名だけを告げた。



 それは()えて()を開ける独特な喋り方の弊害(へいがい)だったのかもしれないが、鬢櫛の告げた店名は異様な仰々(ぎょうぎょう)しさを感じる様なものに聞こえた。



 鬢櫛は喫茶店の名を挙げたが、それは真白の知らぬ喫茶店だった。

 思い当たる喫茶店を一つ一つ思い浮かべるものの、思い当たる店が無い。一瞬『魔女のコーヒー屋さん』かとも思ったが、あそこはパフェなぞやっていない。『魔女のコーヒー屋さん』は、味の云々(うんぬん)と店主の恰好(かっこう)は考えないものとしても正統派な喫茶店であって、パフェ等と言う浮ついた食い物なぞメニューの端にすら記載する事は無い。



 鬢櫛は真白の困惑になど(つゆ)程も気を払わずに背を見せて歩き始めていた。真白が気付いた時には少し小走りにならないと詰め切る事の出来ない程度の距離が開いていた。

 真白は慌てて鬢櫛を追いかけ、追いついた所でどんな言葉をかけたものか分からず、「着いて来い」と言われた通りにする他無かった。足を踏み出す度に目の前で雄大に揺れる鬢櫛の背中は、その見た目の大きさとは違ってまるで怯えている様な言い様の知れない頼りなさが感じられた。



 二人は互いに黙ったままT字路の右方へと歩いていく。

 (ちな)みに真白が本来行くべき方向は左方、鬢櫛がやって来た方向だった。



 鬢櫛の背中を追いかける最中、どうでも良い事ではあったが鬢櫛の描いていたキャラクターは『渚、パトロン募集中!』のサブヒロイン、メグミちゃんである事を思い出した。大君ケ畑が画像まで見せつけて来て妙に力説していたのが頭の片隅に残っていた。この状況からすれば本当にどうでも良い事であった。


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