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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第七章
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002 三四郎の決意




 大君ケ畑(おじがはた)に着せるための服を持ってミ一(みひ)が帰ってきた。ミ一が手に持っていたそれはピカタ家の大黒柱三一(みひと)の物と思われる特大の甚兵衛で、藺草(いぐさ)の色に近い麦色をしていた。



 大君ケ畑が黄色い気を(まと)ったままミ一の持ってきた甚兵衛を羽織り、此度の事件における三四以外の主要メンバーが揃ったところで話が始まった。

 事件を語るのは主に三三(さんのじじょう)、そして三四郎らにその猛威を振るった虎姫と伊吹であった。

 三三らは一通りの経緯と新たに参入した二人の事情を語り、皆はその内容を静かに聞いていた。補足に城下町少年と真白が大君ケ畑とイヤーンの豆についての見解を述べると、それまであった静かな雰囲気とは違う意味での静けさが到来し、皆一様に黙り込んだ。



「確かに、例外と言う可能性は極めて高いと儂は思う」

「多分ですけど、ホフマンの脂肪量が関係しとると思うんです」

「城下町君、話の中にも出てきたがホフマンとは彼の事か?」

「そうです、こいつの綽名(あだな)ですわ。名前の豊満(とよみつ)は『ほうまん』とも読めるんで、それを歴史的仮名遣いで『う』を『ふ』にしてホフマン呼んでるです」

「以外にも凝ったネーミングで拙者は気に入っておりますぞw」

「ふむ。ホフマン君の身に起きた例外、と今は言っておこう。例外がその圧倒的な脂肪量に関係している事は確かに考えられる。体に蓄えられた大量の脂肪が例の因子に何かしらの変化を(もたら)したのか、それともその脂肪には構造上隠れる隙間が多かったのか。イヤーン先生にも是非見解を聞きたかったが……虎姫さんと伊吹さんとの交戦でジョージを止めたイヤーン先生はそれからどうしたんだ?」



 三一がフとした疑問を投げかけた。

 それは当然の疑問であり、三三が答えた。



「それがな、俺たちを止めた後直ぐに病院を手配してくれて、救急車を呼んで、ホフマンが搬送されていく間にどっかに行っちまったんだ」

「何も言わずにか?」

「そうだ、何も言わずにだ。親父、イヤーン先生は怪しいぞ」



 三三が真剣味のある言葉を発すると、再度、それまでとは違った静けさが場を支配した。傾聴や思考に費やす静けさではなく、緊張感に唾をを飲み込む様な静けさだった。



「怪しいとは?」

「今回の事と言い、あの豆の事と言い。何か試すような、何か探ろうとしているような。まるで都合よく俺たちが実験台になっている気がする。今回、俺たちの衝突を止めたのも恰好の実験台が無駄に壊れる事を阻止した、そんな印象を受けた。変に淡々としている様子が滅茶苦茶不気味だった。

 イヤーン先生が実験して生み出したこの豆だけどよ、実はまだ知らない事があって俺たちを上手く使って効果だとか何だとかを効率よく手に入れようとしてるんじゃないか? 前に一回(うち)に来たんだろ、親父、そん時に思考読まなかったのか?」

「読んだには読んだが、その時は三四に対する興味、と言ったら語弊があるな。三四の誕生についての興味だけだったな」

「イヤーン先生って、あの英国風の召し物をされたオジサマでしょう? わたくし幾つかお話しましたけれども、とても気さくな方でしたわ。何かを企んでいる様な風には見えませんでしたけれども」

「そのフレンドリーさが今になって凄く気持ち悪い。本当に俺たちを心配していたのなら(しばら)くは一緒にいないか? 別に仕事もしてなさそうだし。それが無事を確認して直ぐトンズラだ。あの好奇心の塊みたいな振る舞いをしていたイヤーン先生がホフマンの準化物(セミ)化やお前たち二人の能力に何の興味も示さなかった。おかしくないか?

 そう、特にお前たちの話の内容だ。お前らが話した俺たちの知らない化物との遭遇を聞いて、イヤーン先生に対する懐疑的な思いが強くなった。お前たちに驚異的な破壊を実行した化物も媒体(ばいたい)は違えど植物に因子を含ませていたんだろ? 変な所に共通点がある。確かに飛躍した考えだとは自分でも思うが、実は裏でこっそりと繋がってんじゃねぇか?」



 嫌な考え方だったが、誰も思い切った反論をしないところを見るとその可能性も十分に有り得ると皆思っていたのだろう。

 実に嫌な空気だ。静けさを醸し出していた緊張感は今や気まずいものへと変わっている。



「俺もよ、ジョージと同じ様な考えを持っている」



 三四郎が口火を切り、皆がその発言に注目した。三四郎は上体のみを起こし、下体は掛布団で覆っている。いつもより一回り小さく見えるその姿のまま、三四郎は続けた。



「イヤーン先生と初めて会ったあの日、沢山の話を聞いた。イヤーン先生の出自やイヤーン先生が作った豆の事とか…。イヤーン先生が楽しそうに話しているその内容は、確かに俺の知らない事だったり新しい知見だったり色々と得る物はあった。だがその話の最中に、腑に落ちない事も多々あった。

 例えば、イヤーン先生が初めて遭遇した準化物(セミ)の話の時にそれを一番感じた。体の一部を他人の体に引っ付けることに執着した女を持ち帰って、体内外を問わず調べ尽くしたと言った。……一体どうやったんだろうな。俺たちからすると外は兎も角、中は開いてみなきゃ分からない。『透視』を使えば分かるんだろうが、調査の内容も詳しく話してなけりゃ、その後女の事をどうしたのか聞いていない。

 それに豆……どうやってその効果を改めたんだろうな。能力『広知』も怪しいもんだ。イヤーン先生の話だと見た物に発動してその見た物の知識を得るはずだ。『広知』を使えば豆の効果なんて直ぐにでも分かりそうなものなのに、調べた、とか発見した、だとか言っていた。三四を見ても誕生の一端すら分からなかった。発動条件があるはずだ。他にもおかしな事はあるが、イヤーン先生は何かを隠している。あのニヤケた面の下に、俺たちの思いも寄らない事の数々を巧妙に隠している気がする」



 次々と列挙されるイヤーンの不審点。誰も声を上げる者は無かった。



 三一は胡坐(あぐら)で腕を組み、天井を見遣っている。

 三三と三四郎は影の差す鋭い視線を足元へ落としている。

 城下町少年と真白は顔を青褪めさせ、秋山乗務員とミ一は困った顔で。

 事情を深く知らない虎姫、伊吹、大君ケ畑の三人は所在なさげに各々視線を自由に流していた。



 以前と変わらず名前の後ろに「先生」を付けるあたり、三四郎も三三もまだ決定的でない事にその名を呼び捨てる行為を避けている様だった。

 (しか)し三三が口にした懐疑的な思いは、三四郎の存慮(ぞんりょ)釣瓶打(つるべう)ちをきっかけとしてこの場にいる全ての者の心に確信めいた形を成した。

 イヤーン・ヴァカタレーは、少なくとも仲間ではない。

 イヤーン・ヴァカタレーは、虎姫と伊吹に恐るべき破壊を実行した醜悪(しゅうあく)なる容姿の化物とも繋がりを持っている可能性がある。



 五月蠅(うるさ)く静まり返った居間に、誰の物とも分からない唾液を嚥下(えんげ)する音が響く。壁に掛けられた古めかしい時計の秒針がコチコチと進む。居間の窓から望む山々の遠くの方からは(ひぐらし)の物悲しい鳴き声が聞こえてきて、皆の心を騒がしく揺らしていた。






 一人、立ち上がる者がいた。

 甚兵衛を羽織ったその影は神妙な面持ちでのっそりと居間を後にし、玄関の扉をガラっと開けるとそのまま表へ出て行ってしまった。



 それから数秒後、爆発的な音が鳴り響いた。地をも震わす、巨大でどうしようもない間抜けな音だった。

 その音は波動となり空気を振動せしめ、山の木々を(ざわ)めかせた。驚いた小鳥たちはピピピと鳴いて慌ただしく四方へ飛び散り、草葉の陰に隠れていた虫たちは急いで地中に、(ある)いは鳥たちと同じく空へと身を逃がした。猿や猪といった地上の野生動物は突如訪れた轟音に身を震わせ、山の更に奥へと走り去って行った。



 居間の窓から黄色い煙が見えた。ともすると、玄関口からガラリと音が聞こえ、音の発生源が戻ってきた。



「緊張に腹の調子がおかしくなったでござるw」



 黄色い気を(まと)った大君ケ畑であった。大君ケ畑は、脂肪により赤ん坊の様に膨らんだ右手で小汚い眼鏡をクイと上げると元居た位置まで戻って来てどっしり座り直した。ミ一から貸し与えられた甚兵衛は放屁の衝撃で何処かへ飛んで行ってしまったのか、大君ケ畑は来訪時と同じく全裸になっていた。危惧される股間の露出は、その豊かに垂れ下がる腹肉によって全貌(ぜんぼう)を覆い隠されていて決定的な一線を越える事態は(まぬが)れていた。



 矢庭に三三が立ち上がり大君ケ畑の座る位置にまで来ると、肥満に盛り上がる肩に勢いよく自身の右腕を落とし、絡ませ、組ませた。そして一瞬顔を(うつむ)かせ、直ぐ様ワッと上げると一言言い放って高らかに笑い始めた。



「お前、最高だな。……ガーハーハーハーハーハーハー!」



 耐えられなくなった三三の笑い声が正規の騒がしさを居間に取り戻させた。

 高らかに笑いあげる者、額に手をやり困った顔をする者、品が無いと眉を(しか)める者。反応は夫々(それぞれ)違ったが皆一様に表情が(ほど)けており、本来あるべき平和の復帰を大手を広げて歓迎しているのが分かった。大君ケ畑の空気を読まないいつもの調子が、それまでこの場を取り巻いていた鬱屈した雰囲気を一挙に霧散させ、代わりに(ほが)らかで底抜けに平和な空気を呼び戻していた。



「俺は、強くなりてぇ」



 功労者の大君ケ畑を中心に暖色の雰囲気が騒がしい中、三四郎がぼそりと誰に聞かせる事もない様な小さな声で呟いた。この場にそぐわない、はっきりとした意思が込められた呟きだった。

 その糸屑を雑に寄せ集めたような目には眼前に見つめる平和を守りたいと言う意思が宿っており、しょぼくれた中に確かな強い光が見えた。掛布団を握りしめる両拳には固い筋の強張(こわば)りが現れていた。



 その言葉はとある者の耳に、(かす)かではあるが届いていた。三四郎の独白を耳にしたのは家族である三一や三三ではなく、強い意志を持って目的を達成しようと動く虎姫でもなく、驚異的な身体能力と異能力で以て三四郎達を叩きのめした伊吹でもなかった。



 三四郎の小さな呟きを耳にした城下町少年は、一番ひ弱で軟弱たる精神性を持つこの場における純粋な人間の一人だった。

 城下町少年は自分の弱さを知っており、(かつ)ては不届き者たちによる不当な暴力に気を病んでいた。いつかは独力で克服したいと思っていたが結局は気の良い人外の友人に助けられ、その一件以外で重要な選択を迫られる場面では(ことごと)く逃げを選択していた。



 化物一家が住まう茅葺(かやぶき)屋根が特徴の家屋、その一室は今や人間達の明るい家庭と何ら変わりない騒がしさに包まれている。その喧騒の中で微かに聞こえた三四郎の言葉が、小さな少年の小さな心に強く響いた。

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