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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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閑話休題 虎姫と伊吹2




 男の名前は白王(しらおう)伊吹(いぶき)と言った。

 煙草臭い店を避けて駅から少し離れた所を探していると禁煙の喫茶店があったので、二人は入ってホットコーヒーと軽食を幾つか頼んだ。



 虎姫は男の名を何処かで聞いた覚えがあった。

 話を進めるうちにその理由が分かった。



「え、貴方、あの白王さん? 陸上八種で次々と日本記録を塗り替えていった、あの…?」

「へい、恥ずかしながら…」



 男は十七歳にして、その名を日本全国へ轟かせる陸上競技の若き期待の星であった。

 駆ければ風の如し、飛べばガゼルの如し、投げれば長距離ミサイルの如し、動き続けるその姿は人の皮を被った永久機関と呼ばれた傑物(けつぶつ)だった。

 何物をも極めようとする虎姫の耳にもその男の活躍は届いており、何ならテレビでも何度か見かけた事がある。その男が、栄光ある未来へ向かって走り続けていた青年が何故流浪者に身を落としているのか。虎姫には分からなかった。



「あっしは罠に嵌められたんでやんす」



――――――――――



 原因は、その見事な功績を妬んだ同級生にあった。

 伊吹の輝かしい功績と記録を妬んだ伊吹の同級生は、ある日伊吹を体育館へ飛び出した。

 多くの大会が重なったその日、体育館を使用する部活動は珍しく一つも無く、伊吹は何か二人で特訓でもするのかと思い意気揚々と体育館へ向かった。

 体育館のしっかりとした扉をスライドさせ広い体育館内に足を踏み入れると、その中央に一人の、縄に縛られた女生徒が居た。伊吹が驚いて涙を流す女生徒を助け出そうと近付いた時、カシャリと言う音が耳に響いた。

 その音の発生源を探して振り返ると、同級生がいた。陰鬱な笑みを携えてスマートフォンをこちらへ(かざ)している。



 やられた、と伊吹は即座に気付いて駆け出す同級生を追いかけたが、間に合わなかった。伊吹の通う高校はスポーツに力を入れており、体育館の大きさも通常の高校と比べると三倍の広さを有していた。体育館の中央から扉までの距離は実に長い、百メートル。幾ら俊足である伊吹でも同級生を追って職員室へ辿り着くまでにその距離を詰める事は(つい)ぞ叶わなかった。



 同級生が「助けて!」と叫びながら職員室へ滑り込み、その後に職員室へ駆けこんだ伊吹はタッチの差で教師陣に抑えつけられた。



「ち、違うでやんす! あっしは嵌められたんでやんす! 話を聞いて欲しいでやんす!」



 同級生は偽の涙を流し、偽の報告をした。女生徒もグルだった。伊吹は強姦を目論む現場を抑えられた性犯罪者として晒し上げられた。

 伊吹は事の経緯が分かるまで謹慎処分となった。



 共謀者は他にもおり、その(いず)れも伊吹の陸上成績を妬んだ輩だった。伊吹の記憶にない飲酒、無免許運転、暴行などの現場を抑えた証拠が次々と挙がってきた。伊吹が自宅謹慎で言い訳も何も許されない状況での出来事であった。

 


「違う……違う…」



 伊吹は孤児であった。

 両親は伊吹を産むと直ぐに施設へと預け、そのまま行方知れずとなった。生活に困窮する事もない親だったために、その理由は依然として不明なままだった。

 そんな両親を伊吹は特に恨んでいなかった。施設には同い年の友達も出来ていたし、世話焼きの年上もいる。反対に自分が面倒を見ないとドン臭い行動ばかりする可愛い小さな年下たちもいたので、彼らに世話をされ自分も世話をされて毎日楽しかったので顔も知らぬ両親への思いなど微塵も感じた事はなかった。



 伊吹は本来は高校に行けない状況だった。伊吹が預けられた施設を運営する老夫婦は実に人の良い人物達だったが、残念ながら各所へのコネも抱える子らを高校以上へ遣る金も無かったのだ。

 然し中学生の時分に自身の神憑り的運動能力に気付いてからは、高校への推薦を貰えるように陸上競技へと青春を費やした。別に絶対高校へ行きたいという強烈な思いは無かったが、行けるチャンスがあるのであれば全力を尽くしたいと伊吹は考えていた。

 その結果、中学生ながらに見事な成績を次々に残し、無事スポーツに力を入れる有名高校へ推薦される運びとなった。



 高校に入ってもその躍進は続いた。

 中学の時と同じように次々と栄光を学校へ(もたら)した。学校側は大いに喜び、また施設の仲間たちも皆笑顔で伊吹を取り囲んでいた。伊吹は高校を卒業し施設を去るまでの間、この幸福がずっと続くと思っていた。

 親がいなくても、皆がいる。血は繋がらずとも、施設にいる皆は自分の家族だ。



 そんな施設は、今や気を許せない雰囲気で満たされている。

 幼い子供たちもいる施設内に性犯罪者がいる。

 それまで仲の良かった同年代も、年上も、自分に取っては本当の親だと思っていた老夫婦も、全員が伊吹を蔑んだ目で見ていた。

 初めは誤解を解こうと必死だった伊吹も、弁明を口にする端から邪見な態度を取られ、疎んじられ、次第に諦めが精神を支配し一切の復興行動を辞めた。



 結局、伊吹がそれまで訴えてきた内容は全て(ないがし)ろにされ、偽の凶行を造り上げた同級生らの懸命な主張がまかり通った。

 情報の聞き取りを終えた学校側は事件が明るみになった二週間後に伊吹を校長室に呼び出し、退学処分を突き付けた。面倒事を嫌った学校側は、女生徒の気持ちを酌んで警察への通報はせずに済んだことを伊吹に告げた。学校の取り調べの場において、女生徒は真剣な顔で「白王くんの今後を考えて、警察への通報はしないであげたいです」と白々しく打ちあわせ通りの台本を読み上げていたのだ。同級生らは伊吹の陸上生活さえ邪魔出来ればそれで良かった。



 退学処分を突き付けられた当日、体育館の前で例の同級生が待っていた。此度の件の首謀者だったにも関わらず伊吹の退学処分に無責任な責任を感じて、一つその様子を見に来ていた。



「あっしは、退学になりやした。事件の内容を受けて、施設も今週付けで退去することになりやした」

「……」

「何も、無くなりやした。何でこんな事したんで…? あっしは、必死に頑張っていただけでやんす」

「お前が、羨ましかったから……お前が(わり)ぃんだ」



 その言葉を聞いて、伊吹は涙ながらに嬉々として殴りかかった。



「お前が悪者のままでいてくれて良かったでやんす!」



 伊吹は馬乗りになって何度も同級生の頬を殴りつけた。同級生は黙って殴られ続けた。

 運悪く、教師たちがそれを見かけて伊吹を取り押さえた。事を考慮し学校は警察を呼んで、幾つかの工程を経ると伊吹はそのまま少年院送致となった。

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