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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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閑話休題 虎姫と伊吹




 当時、十五歳。

 金剛寺虎姫は高校受験のための勉強に励み、常に高い成績を維持していた。



 塾へは通っていない。親の方針だった。

 虎姫は学校が終わると友人らと遊ぶ事なく毎日家に直行帰宅し、その日の授業内容を(さら)っては予習を繰り返す。

 中学一年生の時はそうでもなかったが、目の前に受験がチラつくようになった中学二年生夏、そこからこのルーティンは一日も休むことなく続けられた。



 (しか)しそうは言っても矢張りまだ遊びたい年頃。

 蝦夷の最西端、十月。豪雪に苦しむ季節はもうすぐそこまで迫っていた。

 とある日、虎姫は息抜きと称して両親にはカフェで勉強してくると(ささ)やかな嘘を吐いて町へ繰り出した。



 繰り出した、それは良かったが虎姫の住む町は田舎であることには変わりなく、家から無事出て来る事は出来た、さて何をしたものか。

 十五歳の虎姫は悲しい事に遊びよりも勉強への時間を多く割いていた事が祟り、町での遊び方がトンと分からないでいた。



 ゲーセン? 買い食い? それとも映画館?



 どれもしっくり来ない。

 テレビなどで聞き知った遊び場を思い返してもこの田舎には無い物も多い。

 無計画過ぎた、と虎姫は此度の出立(しゅったつ)を失敗だと判断した。



――――――――――



 電車を乗り継いで隣町まで来た。

 折角家を出たのに直ぐに帰っては何か勿体ない気がして、これまた無計画で衝動的な行動だった。

 明日は土曜で学校も無い。時間だけはあるので多少の無計画もまた一興だと思い直すことにした。



 然し、近場のカフェに行くと両親に言ってしまったため、いやに着込むと怪しまれると思って薄着で出てしまったのが悪かった。寒い。何気なく吹く風が既に冬の気配を(まと)っている。

 取り合えず暖を取れる所、飲食店などでも良い。兎に角震える体を休ませたかった。 



 駅前、目に付く古い喫茶店。

 虎姫は直ぐに飛び込んだ。



 鈴の付いた扉を開けると、喫茶店の中は酷く煙草臭かった。その原因である多量の紫煙が店内を渦巻いている。

 失敗した。虎姫はまたもそう思った。

 ここはダメだ。煙草の臭いが染みついた服で帰ったら流石に何を言われるか分からない。

 虎姫は再び鈴を鳴らしながら無念の内に退店を余儀なくされた。



「全く、何てことかしら…」



 金剛寺虎姫の家は父が地主で、周囲と比べるとそれはもう裕福だった。

 それは一重に、父の所有する土地の広大さと数、そのアクセスの良さからだった。一介の地主では至れない、先祖代々受け継がれた好条件の重なる土地をあちこちに持っていた。

 都市に、田舎に、県外に、父の所有する土地は蝦夷はおろか他府県にまでに広く渡り、それらを貸し付けて得た地代は日々の生活を豊かにするだけに収まらず、欲しい物は何でも手に入ると言っても過言ではない何不自由無い気楽な人生を歩むに適した財政状況であった。

 唯の庶民らからするとあまりにかけ離れた存在で、仕事何ぞ趣味程度にやっているという父を持つ虎姫を皆羨ましがった。



 (しか)し、虎姫はその生来の性格故に金に飽かして仕事を適当に流す父の姿を良く思っていなかった。

 「そんなに勉強しなくても死ぬまで遊んで暮らせるぞ」と言われた暁には烈火の如く怒り出した。



 金を持っていても、そんな調子では人間が腐ると本気で思っていた。

 勤勉に努めれば努める程、人間の格が上がっていくとも思っていた。

 与えられた物では満足できない、血と汗が滲む様な自身の努力を以て、その末に手に入れられる物こそが至高であり宝なのだ。

 虎姫は気高い精神性を持って両親に何と言われようが勉学にスポーツに、多方面にあらゆる努力を費やし奔走(ほんそう)していた。



 なのに、この有様だ。

 両親に嘘を吐いてまで町へ出てきたのに、自分は遊ぶ事すら満足に出来ない。その点においては父の方が遥かに心得ていた。自分は普段遊び惚けている父より物を知らない。傍からしてみれば別にそんな事はなかったが、度重なる失敗に虎姫の心は自身の至らなさを嘆いていた。遊びであっても、虎姫にとっては努力を費やし極めるべきものの一つであった。



 自分の不甲斐なさに歩き続け、結局駅のロータリーまで戻ってきた。

 何もすることが無い、思いつかない。

 気分転換に出てきたのに逆に心が(しぼ)んでいく。



「出てくるんじゃありませんでしたわ…」



 虎姫はそこら辺の、何処にでもあるコンビニで缶コーヒーを買って仕方無しに体を温めた。

 気温の低くなった夕方も終盤、呼気は白みを帯び冬の到来を嫌でも予感させる。



「すいやせん、お嬢さん」



 男が声を掛けてきた。

 小汚く、時代劇がかった口調の浮浪者だった。



「少し……ちょっとだけ恵んで貰えねぇですか…」



――――――――――



「助かりやした、有難(ありがと)うごぜぇやす、有難うごぜぇやす…」



 あまりの汚さに虎姫は財布から一万円を取り出して男に握らせると、目に入った漫画喫茶でシャワーを浴びてくるよう言い付けていた。



 漫画喫茶から出てきた男は、さっぱりと体の汚れを落として清潔な薫りを身に纏っていた。その姿を見て、虎姫は驚いた。

 初見で若いとは思っていたが、何んと自分よりも少し上くらいの若さに見える。その年で学校にも行っていないのはその人の自由であるが、何故流浪の身でこんな厳しい季節の到来が近い蝦夷にいるのだ。



「本当に助かりやした。この御恩は…この、御恩は……」



 男は言葉を続けようとしたが、自信なさげに言葉尻を小さくした。金を返す当ても、金を稼ぐ能力も持ち合わせていないから恩を返す断言が出来ない、そんな風だった。



「別にいいですわよ。はした金ですわ」

「そ、そんな滅相な事言っちゃいけねぇ! 一万もあったら、あっしだったら一か月は過ごせますよ!」



 その言葉を聞き虎姫は愕然とした。

 自身との金銭感覚があまりにもかけ離れている。自分は金持ちの家の娘で、この男は一文無しだ。

 一万円の使い道に、その消費速度に対する感覚が全く違う。一万円あればこの男は一か月を過ごせると言う。

 あぁ、こういう所なんだな、と虎姫は憂鬱になった。金で堕落した父の下に生まれた自分は、良く思っていない父と同じ金銭感覚でいてどれだけ努力を詰み重ねて清廉な言葉を紡ごうが、フとした瞬間に嫌味とも取れる言葉が出てきてしまう。自分の至らなさはこういう感覚の共有においてもある、と気分が沈んだ。



「そう、なのかしら…? それは御免なさい」

「いえ、あっしが(ほどこ)しを受けた身で出過ぎた事を言っちまいやした。すいやせん。この御恩は、何時か……金が出来た時に、……えぇ」



 泣きそうな若い男の姿を見て虎姫は自身の気持ちもどこ吹く風、可哀そうに思った。

 虎姫は気付いていなかったが、その気持ちこそが他人を上から見る行動に繋がっているのだ。心配し、手を差し伸べる。それは恵まれた者、相手よりも余裕のある者にしか許されない優越的行為の一つだ。



「ねぇ、貴方。コーヒー奢ってあげるからちょっと時間いいかしら?」

「そんな、一万円貰っておいてコーヒーまで」

「気になさらなくても結構ですわ。その代わり貴方の事についてお話聞かせて頂戴」



 虎姫は自分と全く違うその男に興味を持った。

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