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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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011 虎姫たちと化物2




 化物は恐らく『奪取』とでも言うべき能力を持っていて、物質、概念を問わずあらゆる物を奪う事が出来るんですの。



 青褪めて固まる隙を突いて、化物は伊吹の眼前に迫ると黒い(ゆが)みを(まと)った右腕を右から左へ振り抜きましたわ。その軌跡の中心には伊吹の顔面があって、ガツンと嫌な音が聞こえましたの。



 伊吹は失神を免れたものの、走る衝撃に顔を抑えて甲高い鳥の様な咆哮(ほうこう)を上げましたわ。

 キエエともキョオオとも取れる叫び声でしたわ。わたくしそれを聞いてからとても恐ろしくなって、その場に座り込んでしまいましたの。



 化物は振り抜いた右腕に何かを持っていましたわ。凹凸(おうとつ)があって、唇や鼻のようなものが見えて、毛が生えていましたわ。それがよく見知った伊吹の顔面だと気付くと、もう、わたくし、泣き始めてしまいまして、恐怖のあまりにお小水まで漏らしてしまいましたの。



 化物は未知の力で剥ぎ取った顔面を空中に霧散させると、悠然と姿勢を自然に戻しましたわ。顔面を抑えて呻く伊吹を見ているようでしたの。その伊吹と言えば、低く呻きながらわたくしの方へ歩いてきましたわ。その間は化物も手を出さず、静かにしておりましたわ。



「ひ、姫さん……。お逃げくだせぇ…」



 伊吹は私に近付くとそう言いましたわ。言われたわたくしはと言えば、もう足が震えて立つ事すら出来ませんでしたの。



 そして化物が動き始めましたわ。ゆっくりとわたくし達の方に向かってきましたの。

 歩むたびに揺らぐローブ、そこから覗く極太の腕がとても怖かったですわ。



 化物はわたくし達の傍まで来ると、再度右腕を黒く歪ませて振りかぶりましたわ。

 そしてその腕を振り下ろさんとした時、伊吹が勢いよく振り返ってその腕の肘辺りを警棒で叩きつけましたの。黒い歪みは手首から先だけで、そうなってない普通の場所を狙ったんですわ。でも身体能力に()けた伊吹といえどもその剛腕から生まれる推進力には敵わず、少し威力は殺したものの振り下ろされた前腕は軌道を変えずに伊吹の右肩を直撃しましたわ。



 わたくし、目を疑いましたわ。

 直撃を受けた伊吹の右肩が、胴体から離れているんですの。

 強引に引き千切られた様に、肩関節のあたりからアバラにかけて体が裂けていたんですわ。

 遅れて夥しい出血がありましたの。炭酸ジュースの缶を思いっ切り振ってからプルタブを引いたように、その勢いの凄まじい事は今でも覚えていますわ。



 伊吹はその衝撃でわたくしの方へ倒れ込んできましたわ。

 わたくしの小さな体では伊吹の体を支える事は出来ずに、一緒に重なって地面に仰向けになりましたわ。

 そして、その時に伊吹の顔が目に入ったんですの。



 目の下から顔の全てが喪失していたんですの。

 (えぐ)り取られたわけではなかったんですの。出血もない、その部分だけが無くなって(・・・・・)いたんですわ。

 化物の右腕が通ったと思われる個所の顔面が無くなっていて、テラった赤い肉が動く中に白い頸椎が覗いていましたわ。

 


 今度はわたくしが悲鳴を上げる番でしたわ。

 そのあまりに恐ろしい見た目に変わってしまった伊吹を見て、わたくしは錯乱してしまいましたの。

 誰に届くとも分からない悲鳴を上げながら、何をしていいかも分からずただ暴れましたわ。



「ガッ…!!」



 右脚に鋭く爆発的な痛みが走りましたわ。

 わたくしの悲鳴を鬱陶しく思ったのか、化物がわたくしの右脚を踏みつけて破壊していたんですの。丁度(ひざ)下辺りの(すね)でしたわ。無残にも踏み潰されて、昇って来る痛みに反して重さがなくなりましたの。千切れたんですわ。



 その痛みは想像を絶しましたわ。あまりの痛みに胃の内容物が一気に込みあげて来て、思わず嘔吐して折角伊吹のために(こしら)えた特上のスーツを汚してしまいましたわ。

 そして、その激痛によってわたくしはもう声を上げる事すら出来なくなりましたわ。



「ここも人間が紛れ込むようでは、駄目か…」



 化物は獣が唸るような低い声で呟きましたの。

 そうしてわたくしの顔にフードを近づけて、化物は言いましたわ。



「もしここより先、運良く生き残ったのであれば……その奇特な容姿に…忌避(きひ)の目に苛まれて生涯苦しむがいい」



 黒く歪んた右腕がわたくしの胸を貫きましたわ。

 もの凄い衝撃で、わたくしの中にある何かが抜き取られたのを感じましたわ。後に判明する事でしたが、化物がその時に奪ったのはわたくしの『成長』だったんですの。そう、身体的なものですわ。



 年齢を明かすと、わたくしは今年で十八歳になりますのよ?

 元々体の成長は遅い方でしたけれども、もし順調に成長していれば今頃はきっと誰もが振り返るナイスバディで大人の品格ある素晴らしい女性に成っていたに違いありませんわ。ほら、伊吹も頷いておりますわ、フフン。



 化物はそのまま何処かへ消えて、多量出血に身体欠損の重篤なわたくし達だけが取り残されましたわ。



 踏み込んだ叢林(そうりん)の奥の奥、助けを呼ぼうにもそれは叶わない事でしたわ。そうでしょう? 入口からはニ十分も歩いていたんですから。あるとすれば、帰りの遅いわたくし達を心配した牧場主が捜索しにくるくらいかしら…。



「姫、さん……」



 息も絶え絶えな伊吹が小さく言葉を発しましたわ。



「あ、あっしが着いて、いながら、このよう、な……。もう、あっしらは、助かりません………。せ、せめて、痛み、だけ、でも」



 まだ自由の利く左手で、伊吹はある方向を指差しましたわ。そうですわ、あの化物が育てていた黒い黒いケシですわ。

 ケシから採取されるアヘン、そこから沈痛作用のあるモルヒネが生成される事は知っていらした?

 伊吹はその強烈な鎮痛作用で以て、せめてその最期を穏やかであろうと提案したのですわ。

 


 その提案は激痛に胃臓が持ち上がっていたわたくしにはとても魅力的で、耐えがたい喉の渇きを潤してくれる一掬いの水のように映りましたわ。パンパンに張ったケシ坊主、何とか這いずってそこまで辿り着くとわたくしは伊吹の持っていた警棒でその実を傷付けましたの。



 わたくし、てっきり乳白色の液が出てくるものと思っておりましたわ。でも実際出てきたのは、その異様にまで濃い黒色をした見た目と同じ色の液体。いえ、水気のある分、少し光沢はありましたわ。酸素不足の血液のように淀んで見えましたわ。



 これを直接舐めて鎮痛効果を得られるのか。本職でないわたくしには分からなかったのですが、もう、この右脚から昇る背骨を揺らす様な激痛には我慢なりませんでしたわ。わたくしはケシ坊主の幾つかに傷を付けて、実を取って、また這いずって伊吹の下へ戻りましたわ。



「伊吹、これを」

「姫さん、有難う、ごぜぇやす」



 目の下から顔が無くなっているのになんで喋れるのか分かりませんでしたわ。でも、これもあの化物の特異な能力によって見た目だけを奪い去ったんだと後で分かりましたわ。

 伊吹は何も無い、本来口があったところにケシ坊主を持っていくと、その傷口から滲み出る怪しい液体を吸い始めましたわ。一個、また一個。何もない空間を黒い液体が通って胃に落ちていくのがよく見えましたわ。

 伊吹はケシの液体を三つ吸い上げると、即効性があるのかその表情は段々と安らいでいきましたわ。



 それを見て、わたくしも液体を舐めましたわ。

 勿論初めてでしたが、とても苦い様な渋い様な、不思議な味わいでしたわ。



 一つ、また一つと液体を舐めて吸っていきましたわ。次第に、幸福感と鎮痛作用の波が押し寄せて来て、本当に効果があるんだ、とわたくし思いましたの。とても不思議で神秘的な体験でしたわ。



 その作用なのかそれとも死の際に辿り着いた所為なのかぼんやりと意識が(かす)んできて、わたくし、急に悔しくなりましたの。



 思い付きで叢林に踏み込んだとはいえ、何でこんな目に遭わなくてはならないのかしらって。

 楽しい牧場見学のはずが、何故違法な植物たちを見つけて、そして化物に襲われて短い人生を終えなくちゃならないの? って。わたくし、もっと遣りたいことや夢と言っては恥ずかしいですが、そういったものも多分に持っていたのですわ。



 あぁ、もし、何らかの巡り合わせで生き残る事が出来たのなら、一矢報いませんと…。この御礼はきちんと返さないといけないですわ。貰ってばかりは、わたくし性に合わなくてよ?



 その強い思いは、或いはそのケシの魔力によってその後起こる変化への予感があったのか、わたくしの頭の中に強く強く反芻(はんすう)されて自分がこれから死ぬ事なんてすっかり考えから抜け落ちていたのですわ。



 思考が巡る中、先程よりも強烈な幸福感が脳内に訪れましたわ。人は死ぬ直前に脳内麻薬が大量に分泌されて束の間の幸福感の内に命を終える、という話を噂に聞いておりました。それがこの現象なのかと思いましたわ。

 でも少しその情景とも言うんでしょうか、何と言うか熾烈(しれつ)だったのですわ。脳内にあるはずのない光を見たんですの。

 その光は何処からともなく発生して、緩やかに曲がって、青や黄色の綺麗な色を描きながら走って、重なって重なって、脳内の一面が全てその光で満たされましたわ。そうすると、今度はその光が目の前にも現れましたの。脳内でなくて、この両目の見る視界の中ですわよ。



 痛みなんてとうの昔に感じなくなっていましたわ。

 光に埋め尽くされる中、伊吹にも目を遣ると目を丸くしていましたわ。恐らく、わたくしと同じ体験をしているようでしたわ。



 そして、その幸福感に脳と体が包まれた時、じっと見ていた伊吹の体に変化があったんですの。

 わたくし驚きましたわ。伊吹の破れた肩口が、その赤い肉塊の見える大きな傷口から漏れてくる発光と共にどんどん(ふさ)がっていくんですの。わたくし、その日ほど短い間に何度も驚いた事なんてなかったですわ。



 自分ではその時に確認していませんでしたけれども、恐らくわたくしの右脚も同じ様に元に戻っていったんだと思いますわ。凄く右脚が熱かったんですもの。きっとそうですわ。

 見て御覧なさい、今のわたくしの右脚を。傷なんて一つもないでしょう? それどころか汚い毛の一本もない、キメ細やかな白い肌が美しいでしょう? フフン。



 気付いた時には、わたくし達は病院でしたわ。心配して捜索してくれた牧場主が救急を呼んでくださっていたの。

 でもね、わたくし達、あんな酷い身体破壊を実行されたのに傷一つなくて、牧場主もお医者様も何であんな所で気絶してたんだって顔を見合わせていたんですわよ、もう面白くって!



 あんな未知の体験、人に話したところで誰も信用してくれませんわ。頭がおかしくなったと言われてそれで御終い。

 でもそれは確かにあった事で、それが証拠に正体不明のエネルギーが体内に満ちておりましたの。

 わたくし達は未知の化物と遭遇し、殺されかけ、生き残り、化物の様な未知の力を得た。



 もし次にあの化物と会った時は、きちんと御礼を返さないといけない。薄れる意識の中で何度も思った事ですわ。

 あの化物にわたくし達が受けた苦痛を利子を付けて返却しないと(はらわた)に煮えくり返るこの熱い感情は払拭できませんわ。そして何より、わたくし達の大事な物を返して貰わないと。



 退院して、わたくし達は直ぐに旅立つ準備を始めましたわ。

 入院中伊吹と何度も話していましたの。

 そうしてわたくし達の旅は始まりましたのよ。

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