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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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010 虎姫たちと化物




 わたくし達はとある化物を追って全国を旅しておりますの。

 その化物と言うのは黒いローブに黒い頭巾を被っていて表情は一切分からないのですけれども、ローブの隙間から見える体躯は板のチョコレートの様に凸凹(でこぼこ)と隆起していて相当な強靭さが伺えますわ。そう、名前も分からないんですの。

 


 ふらっと立ち寄ったこの町の商店街で目に入った、空を飛んでいる下品な豚と巨岩の如き化物。後者を一目見てわたくし達が目的とする()の化物だと思いましたわ。それが勘違いだったのですけれども……。重ねて非礼をお詫びしますわ。



 ……何故わたくし達が黒い佇まいの化物を追っているかですって?

 よくぞ聞いてくれましたわ! 



 実はわたくし達、その化物に大事な物を奪われていますの。

 三年前、伊吹を執事として召し抱えて暫く経った頃、忘れもしない秋の時でしたわ。



 あの日、わたくしは伊吹を引き連れて広大な牧場を見学しにいったのですわ。それは地主であるお父様の土地を借りて営業していた牧場で、わたくし達が済んでいた町でも一番大きくて一番儲けがあった牧場でしたの。

 お屋敷を出て、伊吹の運転する車に揺られながらお気に入りの音楽をかけて、とても快適な道程でしたわ。

 牧場に着いてから何時間もおっきな牛たちと戯れて、餌をやって、乳搾りも体験しましたわ。一通り遊び終わってその長閑(のどか)な風景にも飽きてきた時に、何となく奥に叢林(そうりん)があったのを思い出してどんな植物たちが群生しているのか知的好奇心を刺激されて、牧場主が止めるのも無視して颯爽と駆けて行きましたわ。



 その時の牧場主?

 あぁ、いえ怪しい人ではございませんでしたわ。遊び終わった時分がもう陽が暮れかけていた頃でしたので心配してくださっただけですの。人に害をなす野生動物が沢山いて、牧場主も滅多に入る事がなかったらしいですわ。

 その動物たちが入って来て悪さをしないように牧場との境界線に柵があって、そこには電気の流れる有刺鉄線が巻き付けられておりましたわ。わたくし達、その柵の端に備え付けられていた簡易的な扉を見つけておりましたから、そこから叢林へ入って行ったのですわ。怖くはありませんでしたの。何と言ってもこちらには伊吹がいるんですから、熊くらい簡単にやっつけてその日の夕ご飯にでも出来ましたわ。



 それで、その叢林の中に入るとそこには沢山の植物がありましたの。

 別に植物に詳しいわけではありませんでしたわ。でも牧場の背後に(そび)える物悲しく鬱蒼とした叢林が、長閑な牧場と対比的でとても魅力的に見えたのですわ。陽の牧場に反して陰の叢林、そこにどういった植物たちが(ひし)めいてるのか、もしかしたら珍しいキノコとかもあるんじゃないかしら、突発的にそんな感情になる事ありません? ……あんまりない?



 兎も角、わたくし達は叢林の中に自生している植物たちを見て回りましたわ。街中では見かけない色取り取りの草花がたくさんあって、見るもの見るもの全てが物珍しかったですわ。時折、リスなどの可愛らしい小動物が木の上を駆けまわっている様子も見られて、牧場とはまた違った自由な緑の楽園に、わたくし本当に心がウキウキしていましたのよ。

 それで、その案外楽しくて心安らぐ一時に時間が経つのも忘れていて、それで秋の頃でしたから陽が落ちるのも早かったのですけれども、わたくし達は調子に乗ってどんどんと奥へ奥へと入って行ってしまったのですわ。



 牧場と叢林の境界から入ってニ十分くらい歩きましたわ。そうですの、思っていたよりも大きくて広い叢林でしたわ。

 叢林の影が心持ち伸びてきた辺りで、ちょっと深くまで入り過ぎたかしら、と不安が心に(よぎ)った時でしたわ。鬱蒼と茂る、と言っても人一人が十分に歩ける獣道を辿って、時々肌に当たる草々の間を探検家(さなが)らに掻き分けて進んでいると、いきなり開けた場所に出てわたくしと伊吹は息を飲みましたわ。



 そこには小ぢんまりとした汚い掘っ立て小屋がありましたの。かなり古い物で、屋根や壁なんか穴が開き放題でしたのよ。朽ちて倒れる程とは思いませんでしたけれど、壁や窓の淵には苔がびっしり生えていてそこに落ちかけている陽の光が差してとても幻想的な光景でしたわ。



 その小屋の前、それが問題だったんですの。わたくし初めて目にしたのですけれども大麻と呼ばれる植物や、ケシといった違法な薬物の原料になる植物が大量に生えていたんですわ。

 自生のものでなかったのは直ぐに分かりましたわ。(まば)らでなく規則的に生え揃っていたので、明らかに人為的に育成されている畑だったんですの。それに、その大麻やケシの色がわたくしの聞き及んでいる見た目と違って、どれもこれも異様に黒かったのですわ。形こそニュースや本で見たその通りだったのに、あまりに濃い黒色で、立体感なんてまるで感じられませんでしたわ。陰影をつけていない絵画がいきなり目の間に現れた様でとても不自然でしたわ。



 わたくし、直ぐに警察へ連絡しようとしましたわ。肩から掛けていたポシェットからスマートフォンを取り出して警察への番号を入力しましたわ。

 でも、全然繋がらなったのですわ。画面を見ましたら電波が入っていないんですの。奥に来過ぎたのですわ。

 伊吹を見るとわくしと同じ様で途方に暮れておりましたわ。そこでわたくし達は叢林から出て電波の入るところまで戻ってから、叢林の内にある違法な状況を速やかに通報しようとしましたわ。






 そう思って、振り返った時ですわ。

 いつの間に現れたのか、黒いローブに黒い頭巾の出で立ちでその化物が佇んでいましたの。

 人生で初めて遭遇した化物でしたわ。頭巾に隠されて顔は分からなかったですけれども、厚いローブを押し上げる肉体は恐らく相当な破壊力を持っているのが分かりましたわ。異様な雰囲気に、人間でない事も同時に分かりましたの。そして、この畑の所有者である事も…。



 化物は両腕を大きく広げて、わたくし達に危害を加えようと動き始めましたわ。それもそうですわよね、あんな植物たちを秘密裏に育てていたんですもの。口封じをしなければならないと即座に判断したのも頷けますわ。



 化物の動きを察知して、伊吹が飛び掛かりましたわ。それはもう、もの凄い速さですの。

 スーツの内胸に忍ばせていた護身用の警棒を取り出して一振り。三段階に縮めてコンパクトにしていたチタン製の警棒の先端が遠心力で一瞬で伸びて、化物の頭巾を少し掠りましたわ。思わぬ武器の奔走(ほんそう)に化物は少し怯みましたが、直ぐに体勢を整えると迎撃に体をしならせたんですの。そうして戦闘は始まりましたわ。



 わたくしには目で追おうにも戦闘経験などありませんでしたからその攻防に躍動(やくどう)する動きの一切を捉えられない、凄まじい速度での応酬でしたわ。

 お互い攻撃の残像に攻撃を隠して打撃のかち合う際には火花が散っているのだけは分かりましたわ。でも、恐らくですけど、その戦闘の優位性は相手の化物の方にあったと思いますわ。伊吹はジリジリと、でも着実に化物の拳や脚による打撃を(かわ)し切れなくなって追い詰められていきましたわ。それだけは私にも分かりましたの。

 見る見る内にスーツは端を切らしていって、伊吹の肌に出来る痣や切り傷はその数を増やしていきましたわ。



 能々(よくよく)考えれば、チタン製の硬い警棒と生身の腕や脚が火花を散らしているんですのよ? その硬度たるや人間とは比べ物になりませんわ。そして武器を持った伊吹を徐々に圧倒する膂力(りょりょく)、勝てる道理が浮かびませんわ。

 その異常さに気付いて直ぐにでも撤退するべきだったと今になって思いますの。でもわたくし、その時は一人と一体が織りなすあまりに非現実的な戦闘の凄味に圧倒されて、見惚れてしまって、正常な判断を下す事が出来ませんでしたわ。



 徐々に劣勢に追いやられてこのままでは打倒(うちたお)されてしまうと思ったのか、伊吹は一旦滑る様に後方へ下がると警棒を握り直しましたわ。そして(またた)く間に化物の正面に舞い戻ると、その頭巾に向けて警棒のお尻側、と言ったらいいのでしょうか。それまで振るっていた先端と逆の方を突き出すと、その瞬間に強烈な閃光が走りましたの。



 伊吹に持たせていた警棒は、わたくしがお父様に頼んで特別に発注して貰ったものですわ。チタン製で頑丈、叩くも切るも可能なハイテクでしてよ。細い形状に多機能を搭載して頂きましたわ。その中の一つに、ライト機能がありましたの。

 夜闇を照らすのは勿論、不届き者の制圧にも使える(すぐ)れものですわ。その警棒から放たれる一直線の光は、顔面に貰うと反射的に俯いてしまうほど強烈ですの。目に浴び続ければ失明も在り得るレベルですわ。……まぁ、そんな光に耐えられる人間がいるはずもありませんから、大方は失明なんて物騒な事にはならずに一時的に視界を奪われるだけで済むんですけれども…。



 その化物も光を顔に浴びて、頭を抱えるようにしてそのまま倒れるんじゃないかという速度で顔を地面に俯けましたわ。そしてその体勢のまま即座に後退して、顔を腕で擦り続けて視界の利かない事を嫌がっておりましたわ。



 追撃のチャンスですわ!



 わたくし、そう思っていたんですけれども、伊吹は動きませんでしたの。

 不思議に思って伊吹の顔を見てみると、その顔は驚愕に染まっておりましたの。身構えたまま、あり得ない物を見た、という感じで体と顔を硬直させていましたわ。 



 光を当てた頭巾の下に一体何を見たのか…。後で聞いたんですけれども、その顔は正に白色一色で、恐らくはその頭部自体直方体の様な形をしているのではないかと思った程に角ばっていたそうですの。そしてその相貌(そうぼう)はまるで焼け(ただ)れたかのように(いびつ)で、縮み崩れた皮膚を顔の中心で強引に圧縮して集めた不気味で悍ましい物だったそうですわ。

 掌で無理やり顔の中心に崩れた肉や皮を集めている所為で、顔の上下左右あらゆる方向から皮膚が引っ張られて、幾つものぶよぶよとした線が人間で言う鼻のあたりに向かって集まっていたらしいですわ。その線に隠れて一目見ただけでは双眸(そうぼう)は見当たらなくて、顔の中心に上唇も巻き込まれてしまっていて赤黒い歯茎が剥き出しになっていたそうですわ。



 余りの衝撃に、伊吹はそれからも(しばら)く再始動することが出来ませんでしたの。その内に化物の視力は回復してしまいましたわ。人間であれば数分は行動不能になると言うのに、化物の回復は数秒で完了したんですの。

 化物は視力が戻ると、ゆっくりと抗戦体勢を取り戻したのですわ。でも、そうなっても驚愕に青褪めて固まり続ける伊吹を認めて、化物は遂にその恐るべき能力を行使したのですわ。  

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