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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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008 空飛ぶ屁豚6




 城下町少年と真白が商店街の入り口まで辿り着くと、蒲鉾(かまぼこ)状の長く続く屋根の奥から空気を震わせる衝撃音が轟いてきた。鼓膜を直接叩かれたような、鋭い痛みを伴う音であった。

 何か良くない事が起こっている。真白でなくとも嫌な予感が過る。異常な音を聞いて城下町少年はザワザワと黒い粒子の沸き上がりを胸中に感じていた。

 駆動を続けるそのままに駆けて行き衝撃音の原因を直ぐにでも自身らの目で確かめたかったが、伝わり来る空気だけでなく地面からも振動を感じて城下町少年と真白は思わず立ち止まった。



「な、なんや。えらいしんどい音が聞こえたで」

「うん、それに地面も揺れてる。ホフマンくんが落下した音?」

「幾ら酷いデブや言うても、流石にアスファルトが揺れるレベルで肥えてへんで」

「じゃあ、もしかして何かに思いっきりぶつかった…?」



 真白の言葉を聞いて城下町少年はアーケードの向こうに目と耳を凝らした。もしも真白の言う通りに大君ケ畑が建物か何かに衝突していたとすると、先ほどの地を振動せしめる衝撃音からして建造物の倒壊は免れていないと考えられた。倒壊に立ち昇る煙や、破片が細かく飛び散る音等が聞こえてきても不思議ではなかったが、揺れが収まって(しばら)くしてもその傾向は見られなかった。いつも通りの人気(ひとけ)無い灰色のまま、商店街は不景気を取り戻している。



建物(たてもん)にぶつかった訳やないみたいやな」

「やっぱり落ちたんじゃ…」

「あっちのアーケードの切れ始め辺りや、行くで安宅」



 城下町少年の呼びかけを合図に、二人は再び両脚の旋回を始める。

 見る店、後ろへ流れる店、その全てが申し合わせたかのようにシャッターを降ろして『休業』の張り紙を掲げている。二人のバラバラとした足音のみが響く物寂しく静かな風景が焦慮(しょうりょ)(もた)げ始めた二人の心を刺激した。

 もしかしたら大君ケ畑は本当に地へ墜落し、考えたくは無かったが首や背骨或いは臓腑などの生命維持に欠かせない重要な器官に損傷を受けているかもしれない。二人の走行速度は疲労の所為で商店街へ辿り着くまでに見せていた程のものではなかったが、目的とする場所までを走破するにはそう時間を掛けなかった。



 商店街のアーケードは真っすぐと伸びており、その切れ目である直ぐ下の道は右側に急角度で曲がっていた。

 恐らく、その先に音の正体がある。二人はその道に沿い流れるように右へ曲がり始め、俯せに倒れ伏している大君ケ畑を見つけた。



「ホフマン!!」



 城下町少年の声が寂れた商店街に木霊する。痩せぎすな体から発せられたとは思えないほどの声量だった。

 そのまま駆け寄ろうとした時、大君ケ畑の傍らに巨大な岩石が硬い地面を陥没させている事に気付いた。



「な…、三四郎?」

「三四郎さん…?!」



 二人は驚き、然し脚の旋回を速めて一刻も早く一人と一体の倒れる場所へ駆け寄ろうと道を曲がり切った所で、そこには更に三体の人型の影がある事を認め脚の駆動を止めた。

 三体の影は一対二の形で静止しており、一体の方は枯れ枝の様な体の三三(さんのじじょう)だった。糸屑を雑に集めた様な双眸(そうぼう)には強い光が宿っており、そこにこけた影の差す頬が相まって駆けつけた二人にも尋常ならざる様子であるのが分かった。



「テメェら、何だ? 三四郎とデブを一閃して何が目的だ?」



 三三が凄味を利かせて問いかける。更に続けた。



「デブは人間だぞ。そんな竿竹とは言えフルスイングして頭に当てりゃ重度の障害が残るかもしれないし、然も人五人分の高さから叩き落としたんだ、最悪死ぬぞ。分かってるのか?」



 三三の言葉を聞いて、城下町少年の心臓と胃臓が横隔膜の競り上がりと共に冷たく縮こまった。走行に荒げた呼吸も気にせず、一目散に大君ケ畑の下へ駆ける。



 ……呼吸はある。浅いが、その挙動に不審は無い。死線期呼吸の類ではなかった。次に手首の脈を取ると分厚い脂肪の奥から確かな拍動の流れが読み取れた。

 後は竿竹に振るわれた損壊の程度であったが、頭にミミズの様な長いコブが出来ているだけの様に見える。そのコブから出血はあるのものの、骨や臓器の損傷についてはそういった事に素人である城下町少年では一切判断が付かなかった。

 気絶しているものの、とりあえず、生きてはいる。それだけ分かると城下町少年はペタリと安堵に座り込んだ。ドッドッという殴打にも似た心臓の鼓動が首から下顎かけて強く感じられる。額に冷や汗の発生を認識するも、体は驚くくらいに冷めていた。

 座り込み際に傍らに倒れる三四郎にも目を向けると、その体には左(くび)から右胸の下部を抜けて腹部右側面にまで伸びる打痕があった。その姿は巨大な岩を寄せ集めたかのような巨躯もあって、ただ倒れている様にも見えたが、呼吸による体の上下が全く無い。



 城下町少年は、再度心臓の無茶苦茶な跳ね上がりを感じた。

 大君ケ畑は友人で、人間であったために直ぐにその安否を確認したが、もしかすると三四郎の方が危ない状況にあるのかもしれない。大君ケ畑の浅い呼吸と比べると、その差異は明らかだった。三四郎はピクリとも動いていない。

 そう思えば思うほど体の熱は冷め、逆に心臓の鼓動は強く、そして騒がしく速度を速めた。



 真白はアーケードの切れ目に立ったまま、三三の正面に佇む二体の影に目を遣っていた。

 一体はまだ十二、三ほどの少女で小柄であった。漫画でしか見た事の無い様なサイドの縦ロールに、豪奢でありながら気品を感じるスラっとした衣服。その小さな体には尊大な態度が宿っている様で、両手を腰に当てて平坦な胸をいっぱいに張っていた。



 少女も異様であったが、もう一体の男は殊異様だった。

 服装こそ紳士的な黒色の燕尾服であったが、頭部には顔面を覆い隠すように黒布が巻かれており、鋭い眼光を放つ両眼だけが外界に触れていた。古式ゆかしい忍者がモーニングを着ている、そんな風体であった。体は案外しっかりとしている様で、背筋をピンと伸ばして立つ姿には説得力があった。右手には大君ケ畑と三四郎を叩いた衝撃で曲がり歪んた竿竹が緩やかに握られており、その他の所作と少女の傍に沈黙を守って佇む姿には洗練された執事を彷彿とさせる雰囲気があった。



 その二人を見ている内に、真白は言いようのない怖気が背筋を昇ってきたのを感じた。

 然し、その怖気は決して二人の脅威に発生したものではなく、二人に引き起こされたこの状況に対してであった。

 大君ケ畑に駆け寄った城下町少年の視線が三四郎に移っており、その顔の青褪めたる様子は大君ケ畑の安否を確かめた時の物とは一線を画していた。三三は憎悪と明確な敵愾心(てきがいしん)を放って二人を睨みつけている。

 怖気は遂に頭部に至り、まるで辛い物を口に入れた時の様な、毛根の開きを伴う痺れを頭頂部と側頭部へ(もたら)した。



「ンオーッホッホッホ! 死ぬ? 何をおかしなことを言っているのかしら。うちの伊吹がそんな失態を犯す訳ないじゃない!」

「へい! その通りでごぜぇやす!」



 (せき)を切って出た口調は、アニメと時代劇を同時に見ている様な妙ちくりんな組み合わせだった。如何にもなお嬢様言葉に、(へりくだ)るも遜って卑しさの滲む卑下の言葉。

 見た目も喋り方も、二人の立ち振る舞いはあまりに現実感に乏しいものばかりであった。

 


「私たちは敵を死なせたりしませんの。絶対に生け捕りにするのが私たちの信念ですのよ! フフッ、貴方…私たちに何が目的か、ですって? 言ってやりなさい伊吹!」

「へい! やいやいやい、そこの化物! 何が目的かってそれはこっちの台詞でやんす! 汚い色した屁で飛ぶ豚に、ビルパン映える歩く肉塊、笑い転げる枯れた枝! あっしに言わせりゃ笑止千万、そっちの方こそ何する輩! あっしは姫の護衛に潜み、化物退治に(ほこ)振る執事! 白王(しらおう)伊吹(いぶき)とはあっしの事でい!」



 大袈裟な身振りを添えて男が吠える。名を白王伊吹と言うらしい男は執事を名乗り、大胆不敵な自己紹介を終えた。ババンと歌舞伎の如き見栄を張り、先程まで醸し出していた洗練さが皆無となった。言葉を紡ぐ度にうだつの上がらない様子を晒け出している。



「ちょっと! 私の紹介は?!」

「し、失礼しやしたっ! 直ぐに追加致しやす! やいやいやい、そこの化物! もう一回だけ耳を澄ませい! あっしの仕える麗しの君、世界の宝、人類の秘宝! (にっく)き化物倒して周る、金剛寺(こんごうじ)虎姫(とらひめ)、その人だ! その名を聞いて恐れ慄け、泣き喚けっ! 今日がお前たちの命日だ!」



 金剛寺虎姫と言うらしい少女に小突かれて伊吹は再度声を張り上げた。人気の無い商店街に甲高い声が響き渡る。大君ケ畑達の緊急事態に張り詰めた空気の中、その口上は三三達の神経をこれ見よがしに逆撫でした。



「恐れ慄けはまだしも泣き喚けって何よ! まるで悪役の王様みたいじゃない! あと殺しませんの! 命日とか言わないの!」

「へ、へいっ! これまた失礼しやした! 次までにもう少し勉強しときやすので何卒御容赦ください!」

「テメェら」



 不毛な小競り合いに業を煮やして、三三が動いた。

 『超速』による始動と加速は人間の目では一切捉える事が出来ず、アスファルトの陥没によって三三が跳躍して相対する二人との間合いを一気に詰めた事が分かった。足跡の形に陥没したアスファルトはその周囲に無数の(ひび)割れを作っていたものの、その陥没時に発生した音は明らかに三三の速度よりも遅れて聞こえてきた。

 虎姫と伊吹は刹那の出来事に目を丸くするも、それ以外に目立った反応を示さなかった。



 三三は遅れてやってきた音をある程度まで聞き届けると、続けて憤怒を口にした。



「まともな返答をしないなら用は無い。放っておいても邪魔してきそうだから、潰すぞ。こっちは三四郎は兎も角、デブの方は病院へ持って行ってやらないとダメージが心配だ。さっきも言ったがデブは人間だ。大人しく帰ってくれるのなら何もしない」

「何を言っているのかしら? さっき伊吹が言いましたわよ? 私たちは化物退治をしてるんですの。人類に仇成す化物がイチャついて隙を見せてるのが悪いのですわ」

「姫の(おっしゃ)る通りでい! 神妙に討伐されい!」



 先に動いたのは伊吹だった。

 右手に持つ竿竹を初動の一つも見せず、三三の喉仏(のどぼとけ)に向けて突き立てた。恐るべき速度であったが、それも三三の前では児戯に変わりは無い。呆気なく(かわ)すと(まばた)きの内に伊吹の背後へ回り込み、三三は風切り音をいななかせて目の前の頸椎へ右の手刀を薙いだ。

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