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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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007 空飛ぶ屁豚5




「屁の飛行機雲や! あれを辿ればホフマン見つけられるで!」



 残る授業を強引に引き上げて、城下町少年と真白と三四は大君ケ畑(おじがはた)の残した黄色い屁跡を追っていた。グパック教員や小竹教員が生徒たちを落ち着かせている隙を突いて、大胆に表玄関から抜け出して来た。

 二人と一体は荘厳な黒門を抜け、ベーカリーの前を通り過ぎ、手入れのされていない草生い茂る公園の前を左方に曲がり、比較的新しい住宅街まで来ていた。

 空を見上げると黄色にくすむ煙は前方の寂れた商店街へ向かっている様で、このまま直進していけばいずれ大君ケ畑の姿も見えるのではないかと思われた。



「ねぇ、城下町君。実際どうしよう」

「何がや」

「ホ、ホフマンくん? が、地上を走ってるんだったら追いかけたりすればいいけど、空を飛んでるんだよ? 追いついても私達じゃ何とも出来ないよ」

「ほらほうや。ほんでも、あいつ何処ぞの山とか県外へと消えてまうかも分からへんやんか。後追ってってちょっとでもその方角なり何なり分かっといた方がええやんか」



 真白の心配に城下町少年が答える。真白は返答を受けて、それもそうかとそれ以上心配の愚痴に口を開かなかった。

 とはいえ、せめて三四は留守番ではなく連れてくるべきだったのではないかと少しばかり後悔はあった。

 三四の能力『監視』を使えば大君ケ畑の精確な位置を把握する事が出来、少し遅れたとしても三四郎に伝える事で『亜空間』の行使で傍らまで移動し、拘束まで漕ぎ着けられたのではないかと考えたからだ。例えそれが叶わなかったとしても、三四の超身長で以て思いっきり手を伸ばしながら跳躍すれば、足なり腹なりにしがみつけるのではないかとも思っていた。



 学校を抜け出す際に、真白は説明を省いて三四の連れ出しを提案していたが城下町少年がそれを蹴った。

 以前にも話していた事だが、三四は三四郎や三三と比べると精神の成長がいまいち成っていない。珍事の発生及びそれの解決となると、その未熟さは間違いなく足手まといになると城下町少年は判断したのだ。(しか)も此度の大君ケ畑の準化物(セミ)化については自身の失態だと重々分かっていたために三四は過度に取り乱しており、とてもじゃないが使い物にならない状態だった。城下町少年の判断は、恐らくは正しいものであったのだと真白も理解はしていた。



 陽射しが肌に焼け付く。滲み続ける汗は制服を体に張り付け、腕を振る度に湿り重たくなった布生地が肌を擦り上げた。

 額を流れる汗が時折目の中にまで侵入してきた。汗の塩気に目が染みて、その度に手で拭い(まばた)きを繰り返しながらぼやける視界の中走り続けた。

 目の前に近付く寂れた商店街は、夏空に浮かぶ巨大な積乱雲を背負い未だ衰えない強い陽射しに焼け揺らいでいる。商店街までの道のりは然程(さほど)長くはなかったが、陽炎に揺れるその光景がいつまでも辿り着く事の出来ない幻影の如く不確かに見えて、二人は何か途方もない巨大なものに立ち向かっているかの様な気持ちになっていた。

 疲労や熱気の影響も多分にあったのだろうが、そういった気持ちを口に出さず、二人はただ黙りこくって息遣いだけを荒くして目的地を目指した。



 さて、大君ケ畑の後を追って学校を飛び出し懸命に走り続ける状況、心配が尽きないその一方で真白は少しだけ気分が高揚していた。



 事件が起きて授業を放ったらかす。異変を追って街中を走り抜ける。そんな非日常的な行為が日々善良に努めている真白にはとても刺激的だった。

 テレビで幾度と見た下手な青春ドラマでもなぞっているかのようで、真白はここぞとばかりに最近の騒動による鬱屈した気分を走行に流れる汗とともに発散していた。きっかけはどうであれ、勤勉であろうと思い励む姿勢に対しての爽やかな非行は、真白の心に巣食い凝り固まっていたモラルやマナーといった常識の少しを解きほぐす妙薬として効力を発揮した。

 過去、準化物(セミ)に追いかけ回されたり失神に追いやられたりと散々であったが、今回は逆で追いかける立場である。それもあったのか若干ではあるものの心には余裕があった。走行と残暑による体内の発熱は真白を上気させ、頬の赤みが増すに連れてストレスが消火されていく様を感じながら真白は足を動かし続けた。

 横を見遣ると真剣な形相で駆ける城下町少年がいる。自分とはまさに正反対な心持であろう事が分かった。クラスメイトが準化物(セミ)となってしまった恐るべき事態であったが、それでも久々に感じる純粋で動物的な『楽しい』という感情が湧き立っていた。



 商店街の頭上にまで続く黄色の煙が酷く滑稽に映る。真白は荒げる呼吸の最中に「ふふっ」と微笑の声を漏らすと、城下町少年に場違いな程明るく声を掛けた。



「城下町君! もう少しだよ! 早く追いつこう!」



――――――――――



「空中飛行したい気持ちは百歩譲って分かった。だがなんで全裸で屁なんだ」



 筋骨逞しい化物はその剛腕で以て人差し指をビシリと突き立てて言い放った。傍らには呼吸の出来なくなった枯れ枝の化物が瀕死の体で細かい振動を催しながら倒れ伏している。元より人気(ひとけ)の無い商店街。普段細々と暖簾(のれん)を構えている生き残りの店たちは、その日は申し合わせたかのようにシャッターを下ろして各々思い思いの『休業』の文字を施した紙を張り付けていた。



「それは拙者にも分からんでござるw 発光する腹をはたいたら服が弾け飛んで、いつもこいている屁が拙者を宙に浮かし保つほどの威力を宿したのでござるッヒュw 全てはあの黒胡椒の様なものが原因と考えるのが妥当なところでござろうw ホヒw」

「黒胡椒…」



 三四郎はその単語を聞いてイヤーン作の豆を思い出した。確かに豆は黒く丸かった。何も知らない人間が見たらその様に見間違うのも無理はない。

 とすればこの肥満児はあの豆を食らったのだろう。城下町少年、真白、三四の何れかの持つ豆が事故的に食事に紛れ込んで目の前の準化物(セミ)は誕生した、と三四郎はそこまで思い至った。先程の電話はこの準化物(セミ)を何とかしてくれという内容だったのであろう。



「あと言わせて貰いますが、其方も裸なのは変わらないでござるよw ビルパン履いてるだけ変態度はそちらの方が上でござるw ギュギッw」

「俺は人外の存在だからお(とがめ)めなしなんだ」



 三四郎はそう返したが、内心ではバットで頭をぶん殴られた様な強い衝撃を受けていた。言われて、「そういえば」と思った。

 発生時からこの姿だったのであまり関心はなかったが、自分はビルパンにスニーカーのみの佇まいでそこに隠れる肌以外は全て人目に晒している。隣で転がる三三も、海でもないのにサーファーパンツと便所サンダルの恰好でその他は何も着ていない。目の前の男はそういったものすらも着用していなかったが、傍目から見る人間にとっては開けっぱなしにされる肌面積の多さにほぼほぼ同種といっても大きな間違いはないように見えるはずだ。それに気付いた三四郎は酷く動揺した。



「それに俺の肉体はこのように見た目に分厚く質感はとてもハードだ。筋肉の一つ一つが山の様に盛り上がり皮膚を盛り上げる太い血管に力の漲りを感じるだろ? お前のようにだらしなく丸まった体じゃない。垂れ下がった腹で股間を隠す悲惨な姿とは比べようもない仕上がり方だ。少なくとも赤ん坊を巨大化させたようなお前の体とは似ても似つかない」



 動揺は言い訳になり、言い訳は三四郎の口を素早く開閉させた。大君ケ畑と同一視されまいと焦る心は三四郎の体を支配し、細かい手振りを繰り出させた。舌の回転と共に前方へ唾液の霧が飛び散る。同調と納得を植え付けるべく、両手は小さな円をくるりと描き差し出される。次第に三四郎の肌に発汗が起こり、山脈の如き屹立(きつりつ)を見せる巨躯は湿った光を反射し始めていた。



「つまり全然違う訳でお前の言う変態度という謎の指標は俺の立ち振る舞いを評価するに不適当な測りであるとともに」

「何を言いたのかさっぱりでござるw よく分からない事ばかり言うのでしたらやはり空中散歩に興じていた方が有意義でござるよw ソリャヘイ!w」 



 言い訳を重ね続ける三四郎に見切りをつけブゥウと大きく放屁すると、大君ケ畑は再び宙へその体を浮かび上がらせた。器用に後方へ一回転すると先程見せていた「出」の態勢を取ってホバリングを開始した。



「あ! お前ちょっと待…」



 空中へ翻る大君ケ畑を見て、三四郎はここで(ようや)く重大な問題に気付いた。思わず背筋が跳ね大君ケ畑に向けて突き出した右腕が豪快な痙攣を一つ起こして、硬直した。

 目の前で脂肪を震わせる人物は今、放屁で空を飛ぶ準化物(セミ)になっている。それはイヤーン作の豆を食ったからだ。その豆と言うのはイヤーン曰く、食した者の体内に潜在する『化物因子』の濃度を整えて準化物(セミ)化における変化の良し悪しを良方向で固定する効果を持っていたはずだ。



 目の前の屁豚は一体どちらだ?

 この準化物(セミ)は放屁による空中浮遊の特殊能力を発現させているのは既に明らかな事であった。それもおかしな事で、イヤーンは以前『魔女のコーヒー屋さん』での会談でこのように話していたはずだ。



 ―――――『人の変貌を起こさせるためには、一度体内の因子濃度を高くして、低くして、もう一度高くさせる必要があるんだよね。要するに、跳躍の前にしゃがみ込む様な、反動を付けさせる必要があるんだがね…』

 ―――――『跳躍し過ぎると、やっぱり因子たちも自分たちを制御することが出来なくて、遣りすぎてしまう訳なんだ。その結果、脳の書き換えがラインを超えて、ある行動に異常な執着を見せるようになったり、人智では測りしえない神通力を開眼させることになってしまうわけなんだがね…。』



 ここから考えるに、能力の開眼は悪方向への変化を来したことになる。放屁飛行を続行しようとする姿は、『ある行動に異常な執着を見せる』という点に当て嵌まるのではないだろうか。



 あの豆は準化物(セミ)化に対する対応薬になるとイヤーンは言っていたではないか! これでは話が違う! 目の前の人間はもう立派な準化物(セミ)として迷惑行動を働いているじゃないか!



 三四郎の胸中は一瞬の内に憤りで満たされた。

 イヤーンにしてやられた、騙されたという気持ちが脳の端々まで行き渡ってカッと頭が熱くなってくる。

 顔や体にも力が入り、蠢きに別の生命を感じさせる極太の血管が指の先にまで(ほとばし)った。



 兎も角、まずは目の前の人間を制圧せねばならない。

 話はそこからだ。直に駆けつけてくると思われる城下町少年達も交えて詳細を究明せねばならん。 



 岩塊の如き巨躯を鼓動させ、化物は空中に浮かぶ肥満体に向かって飛び掛かって行った。

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