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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第六章
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002 うっかりさん




「イヤーン先生に貰ったのがそれ?」

「そうだよ!」



 昼休み、三四は小さな茶袋を真白に見せていた。中にはコーヒー一杯分程の量の丸い小さな豆が入っていた。それはイヤーン・ヴァカタレーの手により『化物因子』が含められたもので、先日彼がピカタ家に招かれた際に三一に手渡されたものだった。



 人間の体内に潜む『化物因子』を活性化させ準化物(セミ)化を促進する豆を受け取った三一は、それを誰に渡すか考え、三四郎、三四、城下町少年、真白の四人へ託す事にしたのだ。



「ほら見て! こんなに小っちゃな豆なんだよ、可愛いね」

「三四ちゃんが持つと大き目の砂粒くらいに見えるよ。取り出して大丈夫?」

「ダイジョブダイジョブ! 落とさないよ!」



 茶袋から一粒取り出すと、三四は真白に見せつけた。真白の言う通り、三四の巨大な指で摘ままれるとその小ささはより強調され、本当に人間を準化物(セミ)へと変貌させる効力を持っているのか疑ってしまうほどにちっぽけだった。



 三四は嬉しそうに豆を指で(もてあそ)んでおり、真白と喋っている間もずっとコリコリと感触を楽しんでいた。

 その豆の効力は信じられないものの、話を聞くにそう易々と取り出して遊んで良い物ではないと分かっていた真白は三四の様子を見て少し落ち着かなかった。間違って落とすくらいであれば直ぐに見つけ出す事も出来ようが、弾け飛んで誰かの口に入るという事も可能性としては低いが有り得なくはなかった。もしそんな事になってしまえば一大事だ。

 この町には『化物因子』が多く漂っているという事も聞き及んでいた。短期間に出会った準化物(セミ)の数を思えばそれも納得出来る事で、ともすればこの教室の生徒のいずれかも準化物(セミ)になってしまう機会にずっと晒されているのだ。そこに間違って投与される豆、嫌な事は考えたくなかったが三四の無神経な戯れが真白の繊細な心を憔悴に導いていた。



「み、三四ちゃん。あんまり遊んじゃダメだよ、何処かに飛んでって誰かの口に入ったら大変だよ」

「大丈ー夫! 私そんなにおっちょこちょいじゃないよ」



 いや、三四はおっちょこちょいだった。先日も勢いよく立ち上がり教室の天井に頭をぶつけ、その反動で椅子に着席するというコミカルな芸を見せたばかりだった。「小っちゃくて可愛いよねー」と聞く耳を持たない三四に対して、真白は母お手製のお弁当にも手を付けられず、何処へ飛んでいってしまうか知らん豆から注意を離せずにいた。





「城下町氏、昨晩の『(なぎ)パト』は御覧になられましたかな?w 今回のメグミちゃんのお色気シーンは何時にも増して過激でしたぞ、デュグっw 道端で転げるだけで何故セーラー服が爆発四散するのでしょうなギュギュッ!w 効果音も手榴弾が破裂するような軽快な音で、拙者、恥ずかしながら屁を盛大にこいて爆笑しておりましたぞっ!w ユフフ!w」

「はぁ、そうか。屁ェこいたんか、臭そうやな」



 三四と真白が昼食を取る教室の隅、気持ちの悪い笑い声で早口にアニメを語るよく肥えた生徒と城下町少年の姿があった。二人は机を向かい合わせに引っ付けて夫々(それぞれ)弁当を広げていたが、デブは喋くり倒し、城下町少年は呆れながらそれを聞いて適当な相槌を打ちながら購買で買った焼きそばパンを齧っていた。



「いやいやw 確かに拙者の屁はそれはもう臭くてですな!w それだけでなく勢いも新幹線(さなが)らで、あまりの勢いに拙者の体が一瞬宙に浮く程の威力でしたぞ!w ジュブブッ!w」



 聞くだけで体に不調をきたしそうなくだらない話であった。それを楽しそうに紡ぐのは、城下町少年が小学校の時から親しくしている大君ケ畑(おじがはた)豊満(とよみつ)である。

 彼は大量の脂肪を百六十八センチの体に宿し、小汚い丸眼鏡をかけた所謂(いわゆる)オタクで、小学校の時は快活なスポーツ刈りの少年だったが中学生に上がるとともに漫画とアニメの世界に魅了された。高校生になってもその熱は冷めるどころか更に燃え上がり、そんな事に興味のない城下町少年へ毎日の様にその面白さを説いているのだ。



 フゥフゥと息を荒げて口を動かす大君ケ畑の顔は、然し脂ぎった様子はなく、肥えた者特有の暑苦しさは見られなかった。寧ろ脂肪でぷくぷくに肥大化した顔には幼さが残っており、いやに綺麗な肌をしていた。手の甲も柔らかにふっくらとしていて、まるで赤ん坊のようだった。そして、大好きなアニメを語る彼の瞳はとても純粋に見えた。



「なぁ、早よ飯食べようや。俺はアニメ見ぃひんからその『渚パト』も分らへんねん」

「それでしたら是非とも観る事をオススメしますぞっヒュッ!w 一見ただの美少女アニメの皮を被っておりますが、その実見事な恋愛模様を紡ぎ出す世紀の傑作で、笑いあり涙ありのヒューマンドラマの展開に病みつきになる事、拙者、ビュヒュっw しがない一般男性でありますがお墨付きを差し上げる所存でございますぞ!w ごぴゅっ!w」



 使い方があってるのか分からない不思議な日本語に城下町少年は眉を(しか)めていた。

 昼休みになると城下町少年は真白達と昼食を取ろうと隣のクラスからやってくるのだが、大抵大君ケ畑に見つかりこの責苦を受けていた。大君ケ畑には、その特異な挙動が災いして城下町少年以外に親しい友人はいなかったのだ。アニメを語り合う友達はいるにはいるようだが、語り合うと言うよりも一方的に口を動かす事が好きな大君ケ畑は昔から仲の良い城下町少年をその標的として意図的に捕まえていたのだ。

 勿論、そんなものを食らう城下町少年は堪ったものではない。時々漫画は読むも、アニメにはそもそも何の興味もなかったのだ。それを昼食の時間いっぱいに語られ、そこに高確率で出てくる大君ケ畑の放屁報告。笑っては屁をこき、泣いては屁をこき、怒りを共にし、屁をこく。しつこい屁の話に、手に持つ焼きそばパンにあるはずもない黄色い臭気が宿り始めたような気がして、城下町少年は是以上食べ勧めるのを諦めた。

 大君ケ畑の話はいつも屁の話がセットであった。そんな彼を、城下町少年は胸中で『屁垂(へだ)(あぶら)』と呼んでいた。酷い言い草だが屁垂れは事実で、脂もまた事実であった。因みに、普段は大君ケ畑の名前、豊満(とよみつ)を「ほうまん」と読み替え、それを歴史的仮名遣いで以て「ホフマン」と呼んでいた。



「城下町氏、その焼きそばパン食べないでござるか?」

「うん、何や臭い気がしてな」

「それでは拙者が頂いてもいいですかな?w 巨体故に弁当一つでは事足りんのですギュッ!w」

「食いかけでええんやったらええよ」

「かたじけないw」



 屁の話に食欲も失せ、半分も食されず机に置かれた焼きそばパンを指して大君ケ畑が言った。腹の空き具合などとうに問題にしていなかったので、城下町少年は焼きそばパンを右手で持つと大君ケ畑に差し出した。が、大君ケ畑が受け取ろうと手を伸ばした時、大君ケ畑の出っ張った腹が机に引っ掛かった。それにより大君ケ畑の腕の軌道がズレ、受け取るはずだった焼きそばパンが床に落ちてしまった。



「あぁ、すまん!」

「いやいやw 問題にござらんw 三秒ルールですぞ!w」



 大君ケ畑はのっそりと膨れた体を動かした。





「もう! 三四ちゃん! だから言ったでしょ!」

「ごめんなさ~い」



 娘を叱る母と、母に叱られる娘のような遣り取りをしながら床に這いつくばる化物と少女。そう、三四はあの豆を落としてしまっていたのだ。固い豆を指で遊んでいる中、プツン、と何処かへ弾いてしまっていて一体と一人が気付いた時には三四は指を擦り合わせているだけであった。



「指なんて神経が集まってるとこで遊んでたのに何で気付かないのっ!」

「違うのっ! 真白ちゃんとのお話が楽しかったから、ごめんなさあい!」



 小さいとは言え、教室の木目がはっきりした床の溝に嵌るほどではない。それに真っ黒であるから目を凝らせば必ず見つかるはずだった。然し、床の埃が呼吸と共に鼻孔へ侵入する程身を低くして目をかっ開いてローラー掛けしても全く見つからない。

 真白は焦っていた。話に聞く『化物因子』が凝縮された豆が教室に放置されたままになったら、一体どうなるか想像も付かなかったからだ。もしかしたら、痛んだいく間に『化物因子』を放出するかもしれない。教室の隅で水分を取り戻して誰にも気づかれずに芽を出すかもしれない。嫌な想像が凄まじい速度で脳内を駆け巡る。



 必死の形相に冷や汗をかきながら真白は懸命に床を這った。三四も同じく超身長を縮込めてひぃひぃ言いながら涙目で頑張っている。そんな様子を不思議に思った女生徒が近寄ってきた。



「どうしたの真白ちゃん、何か探し…」

「待って! 来ないで! 踏み潰しちゃうかも!」

「コンタクト? 分かった、一緒に探そうか?」

「大丈夫! とりあえず歩き回らずに下がって!」



 逼迫(ひっぱく)した真白の表情と言葉に、心配の声を掛けた女生徒は「う、うん」と少し慄きながらゆっくりと後ずさって行った。それでも少しだけ気になったのか、地に伏せる真白を怪訝に見ながらであった。



 その遣り取りを余所に三四は巨体を揺らしながら床に這いつくばり、自身の大きさを考慮する事無く真白に尻から突っ込んできていた。真白も床に集中するあまりそれに気付かず、終いに三四のケツが真白の頭頂部をド突いた。その衝撃に、首が肩に埋まりそうな感覚が襲ってくるも、真白は気付いた。



 (あれ…。私、普通の人間の身長で考えてたけど、三四ちゃんの身長……座高の高さだったら豆の飛んで行く飛距離ってもっと長いんじゃない…?)



 真白は、三四の指から弾かれた豆の描く放物線を頭に思い描いた。通常の人間の高さであれば、机の少し上くらいから放たれ、どれだけ遠くに飛ぼうとも隣の机の向こうくらいが精々だった。床に落ちて転がったとしてもそう複雑な軌跡ではないだろうとも思い、次に三四の高さからの放物線を考えた。



 三四の身長は約九尺(二百七十センチ)、脚が五尺弱、上半身が四尺強、モデルも顔負けの比率である。ここから考えるに、座高も通常の人間よりも一と半尺程は高い計算になる。腕の位置も高い。そうなると自然、豆が落ちる場所も遠くなるはずだ。



 真白はバッと顔を上げ、それまで考えていた豆が落ちたであろう範囲を超えた先を見回した。教室は昼食時間の賑わいに溢れている。机、机、人、机、人、人…。



 (こ、この中を探さないといけないの…?)



 絶望と言うには大袈裟だったが、真白の気分はそれに匹敵するほど衝撃を受けた。それまで考えていた範囲の何倍にも机と人が蔓延(はびこ)っている。たった三十五名だけの教室だったが、真白は初めてこの教室に人が(ひし)めいている事実を認識した。少ないと思っていたが、その中で小さな豆を探すとなると些か人が多かった。人だけでなく、その人数分の机や椅子もある。新しい冷や汗が頬を伝うのがはっきりと感じられた。



 止まっている暇は無かった。真白は急いで落ちた豆を見つけようと床に目を移したが、最早そんな局所的に探していたのでは昼休みが終わってしまう。心配に駆け寄ってきた女生徒の言葉が真白の脳内に蘇る。ここは周りの生徒にも手伝って貰った方が無難だったか…?



 そんな事を考えていた時、教室の喧騒に一つだけ、真白の耳にはっきり届いた声があった。

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