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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第五章
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閑話休題 ピカタ三四誕生秘話3




ミ一(みひ)! いくぞ!」

「はい!」



 三一の掛け声にミ一が答え、二人同時にダブルバイセップスの形を取った。

 一体と一人以外誰もいない家。酒に酔っているとは言え、変な嵌めの外し方で珍妙極まる光景であった。

 一体と一人は互いにそのポーズのまま顔を見合わせニヤっと微笑み合うと、事の珍妙さに気付き大笑いした。



「ガハハハ! 何を遣ってるんだ儂たちは!」

「うふふ、おかしいですね」

「アハハハ!」



 一体と一人は互いに笑いつくすと、フと違和感を持った。

 この場には甚兵衛の化物と美しき人間だけがいるはずだった。然し、突如聞こえた第三の笑い声。

 一体と一人はその声の主を確かめんと、音の発生場所へ首を回した。



「アハハハ!」



 巨大な影があった。真っ黒な影で、木の形をしていて、笑い声を上げている。



「ぬっ?! 何だこれは…」



 一筋の閃光は朧げに確認していたが、酒の酔いに特に気にしていなかった。音はなくいきなり現れた異形を前に三一が呻く。三一は直ぐ様ミ一を後ろに庇う様に体を寄こし、一対二の体制を作った。

 木の影は九尺半ある天井に届きそうな高さで、三一やミ一はその大きさに顔を上げねばならなかった。

 高く、禍々しい。通常の木であれば不動を保っていただろうが、その木の影は風も吹いていないのにズルズルと歪み動いており奥行も感じられない程に漆黒の濃度が高く、一枚絵の様にまるで立体感がなかった。 



「ねぇねぇ! さっきのもっかいやって! もっかい!」

「さっきのとは…」

「…ダブルバイセップス?」



 巨大な影の木は先ほどのポーズに笑っていたようで、再度その形を所望していた。

 何故だかは分からないが、三一もミ一も特に悪い物とは感じなかった。少なくとも、この影からは悪意を感じず寧ろ純粋にこちらの興を楽しんでいるかの様な声だったからだ。

 酒の勢いも手伝って、三一は無駄にやる気になった。



「ミ一、訳の分からぬ影が我々のダブルバイセップスを御所望のようだ。何かあってもまた儂が守る。それにさっきダブルバイセップスを同時に取った時、儂はとても楽しい気持ちになった。もう一度味わいたい」

「えぇ、分かりました。やりましょう、ダブルバイセップス」



 実に不思議な空気だった。

 漆黒の木の影に囃され、一体と一人はポージングのための気を高めている。ゆるりと腕を構えると、三一らはその形を同時に完成させた。



「ババンッ!」

「どう?」



 三一のダブルバイセップスは見事な迫力でいて、ミ一のものは幼稚園の遊戯の如く微笑ましかった。対照的な出来上がりに、然し影の木は愉快そうに絶叫した。



「アハハハッハハ! それ! それ楽しい! アアアアッハハハ!」



 出現の際に放ったものと同等の光が、今度は一筋ではなく高密度の熱量を持って拡散した。あまりの光量に三一とミ一は自身の腕で顔を隠してその光の直視を免れようとした。発光は一瞬であったが周囲を焼け尽くすほどに燃え上がると、何事も無かったかのように収まり、後には一つの巨大な人間の形が生成されていた。



「おかしいー! とっても面白い! アハハハハハ!」



 鼓膜を(つんざ)く音量だった。その異変に気付いた三一は己の防御も考えずにミ一の耳を塞ぎにかかった。その行為は正しく、数瞬の間も置かず三一は鼓膜を粉砕され耳からぴゅるりと出血を催した。鼓膜を破くほどの声量の笑い声だ、人間のミ一がまともに聞いていれば脳にまでその被害が及んだかもしれない。



「おい! 笑うのを止めんか! 一人人間がいるのだ、その声量では頭がおかしくなってしまう!」

「あ、ごめんなさーい」



 巨大な人は意外にもあっさりと謝罪し、口を両手で隠すとすっかり大人しくなった。そこで、改めてその姿を確認することが出来た。

 巨大な人はどうやら女性であって、長いブロンドの髪をたなびかせその女性的な膨らみを宿す体を隠していた。端正な顔立ちで、瞳は様々な光色を反射していてとても綺麗であった。



「あ、あなた(だぁれ)?」



 思わずミ一が口を開く。その問いに、彼女は答えた。



「私、三四! お母さん、初めまして!」



――――――――――



「お袋に聞いた所、こんな調子だった。『三四は愛のダブルバイセップスで生まれたのよ』って世迷言も残した」

「どういうこっちゃ…」



 三四郎の語る三四誕生秘話を俄かに信じられず、城下町少年と真白は終始怪訝な表情であった。まだ未知の方法で性交に至ったという話の方が信憑性があったが、相手は化物で人間の常識は一切通じないのだ。



「つまり、何でしょう…。ミ一さんはその時もう既に準化物(セミ)化してて、三一さんとの間に『化物因子』を反応させて新しい化物…三四ちゃんを生成した…? そのきっかけがダブルバイセップス? ……??」



 真白も何とか理解しようと言葉に出して状況を整理したが、口に出したら出しただけ意味が分からなくなっていった。



「そのダブルバイセップスって何やの?」

「滅茶苦茶簡単に言うと、こう、力瘤を出すように腕を曲げて、それを地面と平行に持ってくるポーズだ」

「何か『元気いっぱいです!』ってポーズやな」

「違うよ城下町君。


 ダブルバイセップスは上腕二頭筋を主に目立たせるポージング。体の前面を見せるのがフロント、後ろから見せるのがバックって言うんだけど話からするに三一さんが取ったのはフロントのダブルバイセップス。上腕二頭筋の他にも三角筋や僧帽筋といった肩回り、広背筋や腹筋回り……上半身がメインのようにも聞こえるけど、実は下半身にしても大腿四頭筋のカットや大きさ、ストリエーションが映える、選手にしてみれば体の細部にまで緊張感を持たせないといけない高いレベルの素晴らしいポージングだよ。まぁそれはダブルバイセップスだけじゃなくて他のポージングにも言える事なんだけど。


 とにかく、今回はそのポージングがきっかけになったってだけで、問題はそのきっかけに至る前の三一さんとミ一さんの状態なんじゃないでしょうか?」



 途中凄まじい情報量が挟まった気がするも、城下町少年と三四郎は意図的に聞かなかったことにした。聞いていても良く分からないし、何より是以上に考える内容を増やしたくなかったのだ。



「親父とお袋の状態っつってもなぁ。酒飲んで酔っ払って、楽しくポージングしただけのようだし」

「それやない? 酒飲んでめっちゃ楽しなって、三四郎達も知らん化物の根源的な能力が暴走した、みたいな」

「うーん、そう考える方が無難か…」



 勿論、三四郎も分からぬ事を人間が分かり様もない。が、現実三四はそのようにして生まれたのだ。出来の悪い冗談の様にふざけた話ではあるが、何と言っても相手は化物で人間の道理は当て嵌まらない。

 化物の事情について話し合って何度目であろうか、二人と一体は考えても意味のない内容に言葉を発さなくなり、ただ唸るだけの時間を過ごしていた。



「いやぁ! 何だか面白い話をしていないかね?」



 もう解散時か、といったところに英国紳士風の男が現れた。



「イヤーン先生!」

「少年、久しぶりだね。その後どうかね、元気にしてたかね? そうか、それは良かった。それはそうとして、何かね今の話は! 私にも詳しく話してくれないかね?!」



 イヤーン・ヴァカタレー、この『魔女のコーヒー屋さん』守山稲枝店主を準化物(セミ)化へ(いざな)った張本人である。彼は前回と変わらぬ服装にテンションで、再び城下町少年たちの前へ唐突に登場した。



「いや、特にそんな面白い話でもなし…」

「いいや、私の感覚に間違いはない。これは絶対面白い話だ、"絶対"にね」



 その後も面白いの是非を言い争ったがイヤーンがあまりにもしつこく食い下がって来るので、遂に城下町少年は観念してコーヒーを放置して話していた内容を再度お(さら)いするのであった。

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