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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第五章
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004 グパックの経歴




「将来の夢は、林檎農家で美味しい林檎を沢山作る事です!」



 グパック少年は、アメリカ合衆国はペンシルバニア州の、小さな田舎にある林檎農家の一人息子として生を受けた。人口の少ない広大な草原が見える土地の一角、一番近い隣家へ行くには子供の足で徒歩五分を要する場所。現代の日本ではなかなか見られない牧歌的な田舎にグパック少年の暮らす家はあった。そんな(のどか)で青草香る場所で、グパック少年の両親は林檎農家を営んでいた。グパック少年の両親が先代から受け継いだ果樹園は立派なものではなかったが、生活をしていく上で食うに困る事はなく、息子を大学に遣るだけの金を稼げるくらいには規模があった。



「パパ達みたいに林檎を作って、町の皆に喜んでもらいたいです!」



 大手の量販店には決して卸さず、車で配達が出来る範囲内で手堅い商売を続けていたピットマン家族。彼らが作る林檎は、甘味は少ないものの大振りで鮮やかな赤色が素晴らしく、また口内で爽やかに広がる透き通った薫りが評判を呼び、地方でも高級な類の小売店とパイプを繋げることが出来た。

 月あたりに卸す量はそれほど多くはなかったが、それでも両親二人だけでやるには少々の骨が折れ、まだ小学生であったグパック少年にもそれは分かっていた。なので、幼いながらに家族の仕事を慮り、友人と遊ぶことを控え頻繁に手伝いをしていた。それが故に、グパック少年の小さな頭の中には既に林檎に関する知識が満ちており、中学生に上がる頃には彼らが栽培する林檎の強みや弱みといった事でさえ把握出来ていた。



 元々一度火が付くと夢中になってしまう気があったグパック少年は、その素質をいかんなく発揮して両親の手伝いもとい自身の知的好奇心を満たすことに熱中した。時にはその殊勝な態度に両親が心配を起こし、偶には友人と遊んできなさいと声を掛けるもグパック少年は頑なにそれを断った。グパック少年には友人関係を怠っている自覚はなく、実際学校では気さくな人物として認識されており、クラスメイトに囲まれる彼はいつも楽しそうに笑っていた。友人たちとは学校で楽しく遊んで学び合っているので、是以上の時間をかける必要はないだろうとグパック少年は思っていた。

 朝早くに起きて果樹園の様子を見ながら天候や気温を把握し、それから農具などの準備をしてから登校。帰ってきたら枝葉につく虫を取って、日が暮れると納屋で農具の掃除や農薬の調整をして成長過程の記録などを取る。休みの日はずっと果樹園にいて樹の世話をした。これがグパック少年のルーティーンであり、高校生に上がってもそれはずっと続いた。



 大学生になると、将来は林檎農園を継ぐと意思を固めてはいたが、念のため教職の過程を取りつつ果樹園の世話に更なる時間をかけた。それまでに取っていた仔細に富んだデータは、既に自身より背の高い本棚を埋めてそれでもまだ入りきらない量になっていた。そうなるまでにグパックは少年から青年にその顔を変えており、また林檎に対する知識も下手な学者が発言を躊躇するくらいのレベルにまで到達していた。



 そんな林檎馬鹿であったが意外にも大学の成績は優秀で、特に統計学については目を見張るものがあった。それに目を着けた教授から声を掛けられ、それをきっかけに懇意になり、我儘を言って自身で収集したデータの解析の手伝いをしてもらい、また教授の忙しい合間を見つけてはその活用方法についてよく議論していた。



 そんな大学生活だったが、グパック青年が三回生になった夏に父が脳梗塞により五十五歳の若さで逝去した。またその年の秋には虫拾いをしていた母が樹から落ちて大腿骨と骨盤を骨折する事態に見舞われ、母は自身の介護が必要になり仕事どころではなくなった。グパック青年はこれを機に大学を退学し、林檎農業に専念することとなった。成績が良かっただけに彼へ関わった教授たちは皆一様にこれを悲しみ、彼の退学を惜しんだ。それとは正反対に、グパック青年はやる気に満ち満ちていた。



 彼は母を介護しながら林檎の研究と果樹園の世話を続けた。また合間には卸売りの業者とも話し合い、品質の向上を約束し規模の拡大と卸価格の値上げを取り付けるなど彼の前進に終わりは感じられなかった。他人からは信じられない様な過酷な状態であったが、グパック青年には疲労の類が一切見られなかった。

 幼い頃からグパック青年を知っている地元住民たちは、彼の底知れない好奇心の強さと逆境をものともしない精神の強靭さに感嘆し、応援した。偶の休日を彼の仕事の手伝いに割いてくれる者もあった。態々(わざわざ)遠くから出向いて彼に差し入れを持ってくる者もいた。彼らの支持を得て、グパック青年はこれまで以上に気を張らねばと意気込んでいた。グパック青年にとっては、この時が人生で最も充実した時期であった。





 一日中を仕事に費やす事に慣れてきて、色々な視点での考えが出来る余裕が出てきたグパック青年、二十八歳、春の事だった。

 グパック青年が果樹園を構える田舎に、とある量販店の出店が決まった。その量販店は薄利多売を宣伝文句にして、生産業者に無理を強いて低価格を実現する、世間的には好印象だが関係者からの陰口が絶えない、そんな会社のものだった。

 グパック青年の住む町は地産地消を掲げており、他所の土地の物が低価格で流入する事態に嫌悪感を示し、慄き、猛反対した。地域の物をそれなりの値段で産業を衰退させないように……、生産業に携わる者たちがデモを起こし、全国的なニュースにもなって一時は大量のマスコミが押し寄せる騒ぎとなったが、夏には大々的な宣伝を打ちながらの開店となった。



 町で仕事をする社長や職人やらは頑固としてその量販店に商品を卸すことを拒否し続け、昔からの取引先と結託しながら粛々と己らの産業を絶やす事無いよう尽力していた。然し時の流れは量販店側に傾き、圧倒的な低価格で提供される味も糞もない商品群は町の住民にも見て分かるほど売上を伸ばしていった。やがて一つの食品生産会社が潰れ、その後はドミノ倒しの様に次々と町の生産文化が無くなっていった。不況に次ぐ不況により、住民たちは背に腹を代えられなかったのだ。



 そんな中でも、グパック青年は何とか無事にいた。相変わらず母の介護と林檎の研究に明け暮れ、高い値段ではあったものの彼の作る林檎の月の売上はネットの普及による口コミが影響し寧ろ上がっていた。こんな金になる話を、イケイケドンドンにある大手量販店側が見逃すはずも無かった。



「この値段でうちに卸してくれれば、その分の取引数量は約束する」



 カンカンと陽が照り付ける夏日にグパック青年の家を訪れる人影があった。ギラついた眼をした、中年の男の営業マンだった。豊かなブロンドの髪をポマードで後頭部に流し固め、年齢にそぐわない淡い青色の明るいスーツに異様にテカテカした先の尖った革靴で、如何にもな容姿だった。

 彼はアポイントメントも無しにグパック青年の果樹園を訪ねると、鷹揚(おうよう)な態度で条件を提示した。よもや断られることなど微塵も思っていない男の言動に、グパック青年は不快な気持ちになっていた。



「悪いが、あんたのところに卸す気はない。うちの林檎の品質はそんなに安く提供できない」

「安くあっても大量に捌けばいいだけの事じゃないか」

「日本には安かろう悪かろうと言う言葉がある。薄利多売は将来必ず自分の首を絞めることになる」

「不況に喘ぐ消費者達が低価格を望んでいるんだ。"良い物も安く"、それを実現させるのが職人のあるべき姿だろう」



 向こうも引く気は更々ない。如何に安く卸させるか、それだけしか頭にない様子だった。グパック青年も初めは我慢だと怒りに震える手を抑えていたが、精魂込めて作った林檎の味見も精査もせずに値段の話だけする営業マンの放恣(ほうし)的な態度にとうとう感情が爆発した。



「せめて取引をしようとする物の味を確かめてから来い! 安く卸せとそればかり言いやがって、強みも弱みも何も分からない状態でよくも抜け抜けと! 日々研究を重ねて生産を行う我々に対してあまりにも失礼な話だ! 今すぐ帰れ! この薄汚いハイエナが!」



 相手を蹴飛ばしかねない感情の(ほとばし)りだった。目は血走り、こめかみには太い血管が影を伴って現れていた。自身では抑えきれない憤りに立ち上がったグパック青年を見て営業マンは慌てて飛び出していったが、果樹園を臨める玄関口で一瞬立ち止まり憎しみに狭めた双眸を以て振り返った。



「覚えていろよ。こっちからしたらお前らなんて存在、蟻ほどにも考えていないんだ。事が起こってから後悔して泣いて詫びろ」



 グパック青年を睨みつけながら言い放つと、男は唾を勢いよく吐いてから立ち去った。

 グパック青年は怒りに拳を震わせたまま、暫くずっと立ち上がったままだった。そこに、罵倒を聞きつけた車椅子の母が何とかドアを開けてやって来て何があったか恐々と尋ねたが、グパック青年はあまりの憤怒に身が固まり、答えることが出来ないでいた。

 その日はもう何も手を付けられず、グパック青年は幼い頃から勘定して初めて仕事を休んだ。



…………………………



 大手量販店の営業マンが訪れた日から暫くは何もない、いつも通りの日々が続いた。男が去り際に言い放った呪詛の言葉は、結局、負け犬の遠吠えだったのだとグパック青年は思った。夏の暑さが薄らぎ、体の弱った母が亡くなり、そして秋のトンボが飛び交い始める季節の事であった。



 異変は徐々に、然し確実にグパック青年の下へ影を寄せていた。

 地域の産業が衰退し、地元の会社が次々と潰れ、それでも邁進を続けていた果樹園の売上に緩やかな減衰が見られた。日頃、林檎のみならずあらゆるデータを記録していて、それをグラフにして可視化していたグパック青年は早くから異変に気付いていた。

 売上低減の兆候が現れた当初は、やっと口コミの影響が和らいだのか程度にしか思っていなかった。事実、その時期と売上低減はある程度正の相関関係を示していたからだ。然し、その勢いが止まらず遂には収支が合わなくなる直前に事の重大さに気付いた。それは出荷する林檎の数量からも明らかだった。



 グパック青年は特に発注数の落ちた業者に取り合い、その訳を正した。然し、得られる回答は納得いかない物ばかりで、やれ「客の来店数が減っている」だの、やれ「不況による影響が」などと、毎日車で商品を卸して売り場を見ていたグパック青年には嘘と分かる言い分ばかりであった。

 自分の果樹園のものよりも、他者或いは他社の林檎ばかりが目立つように売り文句を掲げられ、商品棚に置かれる量も多かった。反対に、グパック青年の作る林檎の占有する商品棚の割合は日を追うごとに目減りしていった。

 何かがおかしい。グパック青年は戯言ばかりで話にならない業者に見切りをつけ、商品棚に飾られる林檎を片っ端から買い集めて、まずは味を比べてみようと思った。

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