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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第五章
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003 林檎おじさん3




「あー、ジョージが前言ってた林檎おじさんか、コレが」

「そうだ。ちょっと前にこいつが空港で林檎を割ってたってニュースでやってたもんだから急いでアメリカに走ったのに、まさか日本に来てるとはな」




 ここ暫く、三三(さんのじじょう)は家を留守にしていた。その理由と言うのが今目の前で楽しそうにはしゃぐグパック教員で、その奇妙な行動が何とニュースの一つとして取り上げられていたとの事だった。そのニュースを見た三三は、グパック教員がまた行方が分からなくなる前に手を打とうとすぐに行動を起こしたのだ。然しその甲斐も空しく、三三がアメリカの空港に着くころには飛行機は飛び立ち、それが何処行きのものかを調べようにも既に幾つもの便が発っていたために把握しようがなかったのだ。



 そこで三三はニューヨークでマジシャンとして活動する三四四一(ミシシッピ)の下へ行き、彼の協力を得ながら各国へ走りグパック教員の足取りを探し回っていたのだ。



「別にお前が特別危険な準化物(セミ)って訳じゃないけどよ、あんまり色んな所に動かれるとこっちも迷惑するんだ」

「そんな連れないことを言うなよ、俺が何処で林檎を額で割ろうと勝手じゃないか」

「バカ野郎! 林檎を割るな! 迷惑だっつってんだ!」



 キィっと態度を荒げると、三三は早速グパック教員を抑えにかかった。三三の『超速』に反応する事は勿論出来ず、グパック教員は後ろ手に捉えられてしまった。



「お? 何だ、何が起こった? ん?」

「ハァ…。相変わらず意味不明な奴だ。とりあえず捕まえたがどうする?」

「『亜空間』や! 三四郎の『亜空間』に飛ばしたれ! ハハハ!」

「城下町、なんでそんなにテンション高いんだ? 何かあったか?」



 亜空間送りを叫ぶ城下町少年の異様な意気の高さに三四郎が心配の声を掛ける。弱弱しい眼と口をかっ開く城下町少年は、確かに異常だった。自身の価値を林檎に例えられる事の何が彼の琴線に触れたかは分からないが、兎に角その怒りは城下町少年の小さな体に躍動感を与える程に猛っていた。



「んー、三四郎それでいいか?」

「いいんじゃないか? 流石にハードパンチャーみたいな事にはならんだろう」

「ちょ、ちょっと待った!」



 あわや亜空間送りが決定しそうなその時、グパック教員が抵抗を見せた。見ると、顔は涼しげだが多少の焦りが顔に浮かんでいる。



「俺はここの英語教師になったんだ、生徒たちのレジュメがまだ出来ていない。『亜空間』というのはさっきお前たちが出てきた穴の事だろう?」

「は? お前先生になったのか? 何で?」

「理由などどうでもいい事だ、然し未来ある生徒たちの授業を疎かにすることはあってはいけない!」

「なんでそんなまともな常識持ってるんだよ」

「兎も角俺を『亜空間』へ送るのはちょっと待った! せめて俺が林檎を額で割るところを見てから判断して貰おうか!」

「何でだよ、生徒たちの為ってのは何処いったんだ」



 叫んでいる間にも手と足を忙しなく動かし、三三からの脱出を試みるグパック教員。然し、枯れ枝の様な体の何処にそんな力があるのか、グパック教員の抵抗はその一切を抑えられてしまっていた。暴れれば暴れるほど力が抜けて行く不可思議にグパック教員は混乱し、より激しく体を動かして抵抗を続けた。



 いくらやろうが意味がない。この三三の技術は、依然、ポンパドールの不良を抑えた際に使用した「起こり」に対しての先回りだ。捕らえた手から感じるか感じないかの微細な初動を確認して、本格的な力の奔流が生み出される前に逸らす。合気道や柔術にも似たこの制圧術はそれらの達人が生涯を賭けたとしても辿り着くことの出来ない、三三の『超速』を以て初めて可能な人外の域の技巧である。



「何だ何だ! 動いた端から力が抜けて行くぞ! 不思議な技を使うとは流石化物、ワクワクするじゃないか!」

「ジョージ、こいつどうだ?」

「ん? どうって?」

「攻撃的なのかどうか判りかねる」

「俺にも分からん。アメリカでも意味不明だったからここで聞いてみて判断したらどうだ?」



 このままでは話が進まない。三三の提案によって、グパック教員の害の有る無しを判断するための質問が始まった。



「お前の目的は何だ?」

「林檎を額で割る事だ」

「何で私たちを見てワクワクしてたのー?」

「化物と呼ばれる存在がどれだけの質で林檎を額で割ることが出来るか見てみたかった」

「『お前達の(りんご)を割る』ってどういう事だったんですか?」

「言葉の綾だ。人間の頭は林檎ではない」



 三四郎、三四、真白の三人が質問を投げかけるもその回答は理解に難いものばかりだった。質問をした二体と一人は黙りながら顔を見合わせると、これはもう無理だ、という空気を醸し出していた。グパック教員の頭の中は林檎を割ることだけで埋まっており、是以上の質問は意味を為さないと思われた。然し、次の城下町少年からのイヤミに真っ当な答えが帰ってきた。



「へっ! どうせ生徒たちのためや言うて適当に遊びに来たんやろこのおっさんは」

「それは違うぞ。俺は林檎を額で割る事に誇りを持っているが、それとこれとは話が別だ。割るために林檎を買うにも金はかかる。その資金集めのためだけに俺は教師を始めた訳じゃない。勿論、金が入ったら林檎を買うが…。

 俺は未来ある子供たちのために、正しい教育と、勉学を補強するための精神を育むため来日したんだ。

 日本の子供たちは素直で真面目だ。然し若いうちに指導しなければ、己の目的を達成するための勤勉さと能力を取得するきっかけを失ってしまう。そうなれば、次の機会はいつ訪れるとも分からない。直ぐかもしれないし、定年を迎えた後かもしれない。そんな不確定な機会を待つよりも、今、吸収力のあるうちに教育を施すんだ。そうしなければ嘗てその衝撃的な技術の発展で恐れられた日本は過去の遺物となり、忘れ去られ、誰にも目を向けられない弱小国家に成り下がってしまう。俺がここまで日本贔屓なのは(ひとえ)に日本全国で作られる様々な林檎が大好きだからだ。

 ……俺は英語の教師だが、授業と言う時間内で全てを英語に宛てる必要はないと思っている。寧ろ英語や数学と言った言葉通りの見出しに囚われて、それだけにフォーカスする事自体が勿体ないと思っている。結局はその授業を、英語や数学といった勉学の内容を通して、その後彼らがどのような興味関心の仕方を示して物事に当たり、どのように問題を克服し、その果てに思い描く目的に無事辿り着けるか…そういった事を我々大人が教えて導いてやる事が本当の授業だと思っている」



 グパック教員は後ろ手に抑えられ、前屈みのまま捲し立てる。その姿は、案外まともで教育に情熱溢れる一人の教師の在り方だった。そんなグパック教員の回答を聞いて、城下町少年も黙らざるを得なかった。



「こいつまともな考えが出来てるじゃないか。城下町が言うほど厄介な奴とは思わんぞ」

「いや、ちゃうねん。さっきまでは確かにおかしい奴やってん」

「三四四一と一緒に相手してた時はこんな感じじゃなかったな、準化物(セミ)にも改心ってやつがあるのか?」



 思わぬ展開に三四郎達は緊張感を失い、集団の間には穏やかな空気が流れ始めた。予断は許されないが、そうは言っても三四郎や他の人間達に害を及ぼす可能性がないように感じられる回答であったからだ。少なくとも、一教師としては無難な働きはするだろうとその場に居た全員が考えていた。



「あ! 居た!」



 荘厳な黒門の向こう側から大きな声が聞こえた。その方向に振り向くと、若い教師であろう男が走ってきているのが見えた。足腰がしっかりしていて、体躯もそれなりにがっしりしている事が分かる走り方だ。



「グパック先生、プリント作ってるのに抜け出して何やってるんですか…。三四ちゃんに、真白ちゃん、城下町君も…。後の方々は……方? 人?」



 体育の小竹教員であった。彼は、明日からの授業に備えてパソコンに向かっている教師軍にグパック教員の姿が見えないと分かると校内を走り回り、広いグラウンドの隅まで拾い、その最後に黒門までやって来たのだ。

 現場に走りつくと、そこには目当ての人物と生徒たち、ビルパンの筋骨とサーファーパンツの爪楊枝が何やら揉めている様子。後ろ手に抑えられたグパック教員を見るに、またもや彼が問題を起こしたのだと小竹教員は顔色を変えた。



「すいません、うちの新米教師が何かしましたでしょうか?」

「いや、うーん」

「何もしてないっちゃしてないなぁ、城下町も何を怒ってたんだ?」

「…」



 特に大きな騒ぎも起こっていないので回答に詰まる三四郎達。とりあえずグパック教員を抑えには掛ったが、誰かが殴られたり追いかけ回されたりはない。三四郎に救いの電話を掛けた城下町少年も黙りこくっているので、三三は拘束を解きグパック教員を小竹教員へ引き渡した。その間もグパック教員は大人しく、拘束に乱れたスーツを静かに整えていた。



「分かってくれたか? 俺の崇高な思いを、将来の子供たちを考える俺の誠実さを」

「腹立つ言い方だが、別に疑いはしないぞ。ちゃんとさっきの言葉通りにしてれば」



 面倒事はなかったと分かった小竹教員はホっとして胸を撫で下ろすと、強張っていた顔の筋肉も次いで和らげた。

 昨今、生徒たちの親からのクレームが些細な事にまで及んでいる。それは自分たちの大事な子供たちを思っての事で、学校で教鞭を振るう教師たちもそんな大人達の気持ちを汲み、出来る限りの対策と自制心を以て日々の授業を進めていた。そんな中、新学期から赴任することになったアメリカ人。授業を受け持った経験の浅い、中年の新米。初日の、それも朝から一騒ぎを起こし、いきなり警戒対象となったグパック教員を、勿論小竹教員もマークしていた。あわや本日二度目の騒ぎ。未然だった事で安心はしたが、この場にいる三四の関係者と思われる化物二体を目の前に、小竹教員は次に何が起こるか知れずまた胸中で緊張感を高め始めていた。



「あのー、ホントに何もしてませんか?」



 そう尋ねる小竹教員の表情には、三四郎達をおもねる様子が伺えた。そう二度も聞かれるが何も答える事の無い化物共。代わりに真白が答える。



「とりあえず、セクハラだとか行き過ぎた言葉とかを使わないように注意してあげてください」

「え、セクハラ?!」



 センシティブな単語に肩をビクつかせる小竹教員。三四郎には及ばぬものの、しっかりとした肩幅からは想像の出来ない程に小動物を思わせるような反応を示す。彼もまた一人の社会人であり、世間体や問題といった事に敏感になり過ぎてしまっていた。



「す、すいません! どうも御家族に対して非礼があったようで…新人にはこちらでしっかり注意しておきますから、何卒大事には…!」



 瞳に焦りが映り、明らかに狼狽した様子の小竹教員は実に不憫だ。準化物(セミ)にちょっかいを出されるのも面倒であるが、その上司となった者の心情は如何なものなのだろうか。



 果たして、グパック教員はこのような発端と終息を得てその顔見せを完了したのである。

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