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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第五章
35/89

002 林檎おじさん2



「えっ!? あの外国の先生(センセ)準化物(セミ)なんか?」

「多分だけど…」



 城下町少年の驚嘆に、真白は疲労の色残る顔で肯定に首を縦に振った。

 グパック教員が小竹に連行された後、教室の生徒たちは爽やかな香りを放置するわけには行かず有志の数名で掃除をしており、真白はその中の一人であった。床に転がる埃に(まみ)れた林檎の残骸を拾い集め、モップを拝借して丁寧に水気を取り払う。騒ぎを起こした男子生徒二人も申し訳なく掃除に参加していた。まだ暑さ残る朝の教室は林檎と水拭きの余分な湿気でジメジメと不快度を増し、ベタつく汗が肌に垂れ沁みついていく様は非常に面白くなかった。



 汗だくのままでの始業式はこれもまた不快で、クーラーも扇風機も無くただ窓だけは開けているものの風の一つも入って来やしない。その中で聞く前髪の際どい校長の退屈で長ったらしい説教は、怒りを覚えるほどに憎らしかった。



 そうして午後に鬱陶しい行事から解放され、真白は三四と城下町少年とで帰路にあって黒門を潜った辺りでそんな話をしていた。



「だって、林檎を額で割る? 普通」

「いや割らんな」

「でしょ? 然もスーツの中に、これも多分だけどまだまだ林檎持ってたと思うよ」

「マジで?」



 初めはグパック教員の準化物(セミ)の是非についてだったが、次第に彼が自分たちにとって害になるかどうかの話になった。今頃変な行動をしていないか念のため三四の『監視』の能力を使って俯瞰して貰ったが、案外大人しくパソコンに向かって授業に使うであろうプリント作成作業をしているようであった。



「うん、パソコンしてるよ。大丈夫みたい」

「そう、良かった」

「ほんでも、林檎割るだけでそんな被害出すような奴やないんちゃう?」

「分かんないよ? 最後『お前達の(りんご)を割る』とか変なこと言ってたし」



 城下町少年は真白程深刻には考えていなかった。最近になってまた遭遇したハードパンチャーと比べると、林檎を割る事だけに執着する外国人を可愛く思っていたからだ。それが教員だと言うのだから、何かあった時にはまた小竹教員を呼びに行けばいいだけで、校内という環境下においては対処のしようなど幾つも思いついた。



「あ、そう言えば三兄ちゃんがあの人に会った事あるって言ってたような」

「ん? あの人って?」

「林檎おじさん」

「え? 知ってたの?!」

「うん、アメリカで三四四一(ミシシッピ)兄ちゃんのショー見に来てたんだって」

「なんかまた知らん化物(バケモン)の名前出てきたな…」



 唐突にグパック教員との遭遇があった事を口にした三四。真白は驚き声を荒げ、城下町少年はもうそんな事考えずに未だ知らぬピカタ家関係の化物の出現に呆れた。真白はグパック教員がどういった人物だったのかを判断すべく、三四に詳細を尋ね始めた。聞かれた三四は視線を上に向け、三三(さんのじじょう)から語られたグパック教員の行動について思い出せる限りを頭に浮かべた。



「どんな感じだったの?」

「えっとねぇ……林檎割ってたって」

「それはもう見たよ」

「えー、じゃあねぇ……」



 だが、どれだけ思い返そうにも基本的に林檎を割っていただけであって、それ以上の有益な情報と言うのは全くと言ってなかった。どう聞こうにも林檎を割る以上の情報が出てこないので、真白も困ってしまった。小さなものでも知っている事で対処の発案に漕ぎ着けられる可能性もあるで、ここで一つでも多くの情報を仕入れておきたかったが叶いそうにもない。真白の頭痛は増すばかりであった。



「まぁ、そう真剣にならんと。あんまし考えすぎると良うないで。相手は化物やさかいに俺らよりも三四郎らに任した方がええやん」

「でも、私たちが一人の時に遭遇したらどうするの? 私達そんなに足が速いわけでもないし、相手を振り払えるほど力だってそんなに無いんだよ?」

「せやけどやな、(たが)の外れた人間なんてそもそも相手にでけん訳や。逃げるやとか闘うとかせんでも、三四郎とかを直ぐに呼べるような状態にしといてゆっくりしとく方がええやんか」

「ボタン押したら出てくるわけじゃないんだから、あんまり期待だけするのも良くないよ」



 真白の心配に城下町少年は考え過ぎだと文句を付けると、それを皮切りに二人の間に交わされる言葉は多くなっていった。喧嘩にまでは発展せずとも真白の顔に見える不満は城下町少年にも感染し、何となく空気が変わっていく。真白が言い、城下町少年が返す。城下町少年が適当な言葉で案にもならない案を出し、真白が反論に叫ぶ。三四はその様子を見て、止めようにもどちらを止めるべきかその巨体に見合わぬ可愛い仕草で慌てていた。その時だった。



「おーい! そこの君! そこの背がでかくておっぱいがでかくてケツのでかい君ぃ!」

「な、なんや。大声でセクハラしてからに…」

「げっ」



 三四が二人に気を取られて能力の行使を止めていた隙を突いたのか、例のグパック教員が嬉しそうに手を振りながらこちらへ走って来た。



「ハァハァ、君、分かるよ。君も化物なんだね?」

「そうだよ」

「実はね、俺は日本に来るまでアメリカに居たんだが、そこでも化物とあっているんだよ」

「多分それ三兄ちゃんと三四四一兄ちゃんだよ」

「そう! 三四四一・ピカタ! そして傍らにいた木の様に貧相な化物! 君は彼らの妹だったのか!」

「うん」

「そうかそうか!」



 あれ? と真白は顔を歪ませた。普通に会話が成り立っている。初弾こそ下品でおかしかったものの、三四との会話は世間話の域を出ていなかった。ワハハと大きな声で笑うその姿は、正に常人のソレで別段忌避する様なものでもなかった。



「おや、君はそこの化物と一緒に教室にいた子だね? どうしたんだ? そんな顔して…あっそうか」



 グパック教員は真白に気付くと、済まない済まないと言いながらスーツの内胸に手を突っ込むと林檎を取り出した。



「これが欲しかったんだろう、そうだろう」

「いえ…」



 得体の知れない中年のスーツから取り出された裸の果物なぞ、年頃の娘が欲しがるはずもなかった。真白は首をイヤイヤと振ると先ほどの考えを改める必要があると判断した。



「ん? あっ、成程ね」



 このままじゃ食べられないよね、と件の額打ちで林檎を二つに割ると、グパック教員は片方をしっかりと鷲掴んで真白の顔の前に手を差し出した。その顔は自信に満ち溢れていた。



「はい」

「……」



 真白は眉を「ハ」の字に構えて本当に嫌そうな顔をしながら一歩下がった。イヤイヤと頭を振り、底知れぬ行動の不明さに恐怖して胸元を両手で掴みながらだった。



「いや、えー、グパック先生でええんかな?」

「そうだ、俺はGeorge(ジョージ) Pitman(ピットマン) - "Apple(砕く) Crusher()"」

「その、ピットマンの後ろの名前は何や?」

「よくぞ聞いてくれた。俺は林檎を額で割る男であるからして、それに相応しい名前を持たなければならない。だから日本に来る前に役所で名を変えたんだ。どうだ、正に林檎を額で割る男を表しているだろう、ワハハ!」



 ここで城下町少年も少し表情を変えた。一応会話は出来るが、相手の感情が今一分からない。暴力の気配はないが、目が完全に据わっている。涼やかな顔をしているのにその異常さはこれでもかと伝わる。グパック教員は準化物(セミ)だと断言出来た。



「そういう君は……うん、林檎四つくらいかな?」

「? 何がや?」

「君の価値だよ、林檎四つくらい。そこの少女はニ十個くらいで、化物は五十個くらいだ」



 脈絡なく放たれた言葉に城下町少年は一瞬理解が遅れたが、それが何となく自分を愚弄(ぐろう)する事だと思い至ると顔に朱色が滲み、頬がぴくぴくと震え出した。



「ほ、ほぅ…あんたの言う価値たらいうんがどんなもんや知らんが、ちょっと少な過ぎひんか?」

「今の日本の林檎の平均小売価格は大体二百円くらい」

「阿呆タレぇ! 人様を林檎に置き換えるなや!」

「俺が四回頭を振り下ろせば君はこの林檎のようになるぞ! ワハハ!」



 グパック教員にそんな気があるか知れないが、兎も角煽りに煽られたと取り憤る城下町少年。弱弱しい眼で鋭く相手を睨みつけると、学生ズボンから携帯電話を取り出して何処かにコールを鳴らし始めた。



「えっ、嘘。ここで人頼み?」

「目には目を、歯に歯を、バケモンにはバケモンや!」



 自分で自分のプライドを守りに走らない城下町少年に目を丸くする真白、思わず非難が口を突いて出てしまった。準化物(セミ)相手に積極的に喧嘩をしろとは到底思いもしない事だったが、余りに情けない城下町少年の姿に悲哀を感じられずにはいられなかった。



『彦根城下町! どうした、嬉しいぞ!』



 一回目のコールも鳴り終わらぬ内に、通話口の向こうから聞きなれた化物の声が聞こえた。三四郎は城下町少年からのコールに嬉しそうな大声で応答していた。



「三四郎! 準化物(セミ)が出た、学校の黒門のところや!」

『危険な奴か?』

「滅茶苦茶に不快な奴や! 今すぐ来てくれへんか?!」

『応、すぐ行く』



 三四郎の回答を聞き電話を終えると、怒りに荒げた呼吸のまま城下町少年はフラリとグパック教員へ向き直った。その目はドロリとした光を帯び、口元は三日月を(かたど)り、その姿は腐った気を纏い実に浅ましかった。



「フフフ、三四郎が来たらおまんなんぞ一瞬で『亜空間』に飛ばされて終わりや…」

「なんだ? その三四郎と言うのは。まだ化物がいるというのか? それに『亜空間』とは?」

「三四郎が来てからのお楽しみや。どれ、もう来るで」

「おう! 城下町、準化物(セミ)は何処だ? どんな奴だ?」



 城下町少年のすぐ横に亜空間が出現し、そこから三四郎が顔を覗かせた。グパック教員は化物の異能力を目の当たりにし、その双眸(そうぼう)を林檎のように丸くして驚いた。そして三四郎がその姿を全て現すと、その驚嘆は更に大きなものとなった。



「何という化物だ! 肩がまるで林檎のように丸く厚いぞ! 何回額を落としたら割れるんだ! ぬぬっ!」

「お、あいつか。また訳分からんのが来たな」



 地に足を付けるや否や相手を把握する三四郎。その表情からは伺い知れないが、意味不明な発言をするグパック教員を見て溜息を吐く辺りこれからの疲労を予期しているといったところか。



「あー! てめェ、こんなとこにいやがったのか!」



 筋骨逞しい化物の登場にグパック教員が驚く中、三四郎が現れた後も残っていた亜空間から大声が聞こえた。それもまた聞き覚えのある声だった。



「あ! 三兄ちゃん帰って来てたの?!」

「おう、三四。あいつに変な事されなかったか? お、また姉ちゃんか。変な事ばっかりに巻き込まれて可哀そうに」



 枯れ枝の様に頼りない四肢、浮き出たアバラ、白い直方体の頭部に少しこけた頬。ピカタ三三だった。三三は三四と真白に声を掛け、サっと亜空間から出てくるとグパック教員の前に躍り出た。



「あの時の貧弱な化物じゃないか! なんだ今日は! 化物がいっぱいだ!」



 ワっと明るく表情を変えると、グパック教員は何かしらの期待に両拳を胸元まで上げ、まるで子供の様にはしゃいだ声を上げた。  

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