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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第一章
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003 日常2


 三四の通う高校は山と湖の丁度中間程にある、低くも高くもない偏差値で歴史ある三階建ての古い所だった。一クラス平均三十五名、全校生徒約四百名、田舎にしてはなかなかの規模である。また、地域ボランティアにも力を入れており近隣住民からも概ね評判が良い。創立当時から聳える荘厳な黒門は、戦後間もないもので数少ない観光名所として人を集め、またここら地域の人々の誇りともなっていた。


 そこに、化物たちはこれまた威風堂々と立っている。異物が二つ、横への巨体と縦への巨体。登校する健全な学生らの間に、何とも不相応な風景が作られていた。



「三四、それでは今日も勉学に体育に励むんだぞ」

「はーい、行ってきまーす。あっ! 真白ちゃん!」



 巨体が一つ、門を駆け潜っていった。三四が走る先には、絹のような長髪が特徴的な大人しそうな子がおり、突如の大声に驚き、目を白黒させ振り向く様はまさにか弱い小動物を彷彿とさせた。三四の入学以来、何かと世話を焼いてくれる頼もしい子とは三四の弁であり、三四郎は二人の合流を見送ると、くるりと振り返り黒門を後にした。



「三四ちゃん…朝からびっくりさせないで……。心臓がひっくり返っちゃった」

「え、人間ってそういう造りなの?」

「ううん、言葉の綾なんだけどね」



 方や百四十五センチ、対する二百七十センチ。大人と子供と表現するには、少々無理がある。



「今日もお兄さんと一緒だったね」

「そう、四兄ちゃんは心配性なんだ」

「多分…うん、多分三四ちゃんがどうにかなることはないから大丈夫だと思うんだけどなぁ」

「うら若い少女が一人で距離を行くのは危険だって言ってたよ」

「うぅん」



 化物たちの姿を、気配を察すると虫や動物が怯え隠れることを知っていた真白は、純真無垢な三四を思い是とも非とも返せずただ唸るばかりであった。


 真白は姓を安宅(あたか)と言い、少々間の抜けた所もあるが一般的にしっかりしている子という印象が強い、勤勉で体力十分、廉直で賢い子であった。唯一、視力が弱く眼鏡をかけていたところを気にして、高校に上がると同時にコンタクトを始めるいじらしい一面も持ち合わせる可憐なる乙女だ。


 初めての高校、初めての授業。彼女には何もかもが新鮮で、何もかもが挑戦の光ある新生活に突如現れた、初めての化物。教室に遅れて入ってきた化物に、それまで所々から起きる喧騒に溢れていた教室が一挙に静まり返ったことを、真白は未だに忘れることができない。しかも、まさかその化物が日本語を巧みに操り、ましてや自席の隣に机を構えるなど夢にまで思っていなかった。しかし、喋ると人畜無害であることが分かり、当時は胸を撫でおろしていた。



「いつもそうだけど、お兄さん何か服着た方がいいんじゃないかな?」

「なんで?」

「ビルパン(ボディビルパンツの略称)にショッキングピンクのスリッパはどう見ても危険人物だよ」

「そうなんだ。でも四兄ちゃん、服着ると弾けちゃうんだよね」

「服が?」

「服が」

「しっかり着るんじゃなくて、羽織るのもダメ?」

「ダメだったねー、消し飛んじゃった」

「うぅん」



 化物の未知の話を聞いていると、真白はこの世の常識を恨みたくなる気持ちで満たされる。教科書や、マナーや道徳だとか、科学だとか宇宙の法則だとか、彼奴等に対しては全くの意味を為さないのだ。これまで学び、育み、養ってきた「こう、あるもの」というルールや価値観といったものは、人間が勝手気ままに作り出した意味のない、寧ろ自然界における摂理に反する愚かしいものであるかのような気持ちさえしてきていた。

 真白は頭を振り振り邪な考えを払うと、三四を引き連れ教室へと向かった。高校一年、夏。真白は何となしに忙しくなりそうだと思った。



――――――――――



 三四郎は、黒門を背にベーカリーの前を通り過ぎ、手入れのされていない草生い茂る公園の前を通り過ぎ、劣化を隠さない古い住宅街の中を突き進み、田舎特有の広大な土地を最大限利用したショッピングモールの横を通り過ぎ、湖まで来ていた。風のない、波の音心地よい湖岸はこの化物を歓迎しているようだった。



「お前、またここにいるのか」

「あっ…」



 朽木や不法投棄のユンボがある浜の隅に、隠れるようにして本を読む少年に三四郎は声をかけた。年の頃は、恐らく真白や三四と同学年か、或いは一つ下くらいか。前髪で隠していはいるものの、弱弱しい目をした、痩せて小さい男だった。突如の化物登場に、あまり驚きはせず、かと言って無視することもできない様子である。



「三四郎か」

「そういうお前は彦根城下町じゃないか、また何やってるんだ、学校は?」



 少年は彦根城下町という、大変にややこしい名前だった。彦根が苗字で、城下町が名前。彼が学校に行っていない理由は、何となく察しがつくであろう。そのややこしい名前が原因となり、またその小さな体躯が災いし、彼は不届き者らによる嘲笑と卑劣な暴力の的になっていたのだ。親には心配をかけまいと、朝早くから家を出るがそのまま登校と行くには気が進まず、こうして下校時間まで湖のほとりに身を縮め、読書で時間を潰しているのが彼の毎日だった。

 城下町は答える。



「行かへんよ、イジめられるだけや」

「そうか」

「三四郎もアカン言うんか?」

「いいや、言わん」



 三四郎は、それだけ言うと突然亜空間(ビルパンの中)に手を突っ込み、何かを探し始めた。読者諸君、唐突で申し訳ないが、ピカタ家の化物は特殊な能力を持っている。それは人智及ばぬ、正に奇妙奇天烈、摩訶不思議を体現するもので、一歩間違えれば日本とは言わず地球をも掌握できる強烈な力だ。

 三四郎の持つ能力は、『亜空間操作』と『変身』の二つ。『変身』とは読んで字の如くだが、『亜空間操作』は強力だ。操作の範囲は、亜空間の発生、物の収納、亜空間における自身及び他者の移動、別の時間軸或いは別世界の亜空間同士の連結など多岐に渡る。幸い、この化物は人命を奪うことはおろか世界の掌握などに全くの興味がなく、ただ能天気に人の生活を楽しんでいるだけだった。



「ほれ、これを食え」

「は?」

「アツアツの豚まんだ、まずは腹を満たさないとな」

「お前これパンツから出さんかったけ?」

「辛子はいるか?」

「俺の話聞いてくれへんか?」



 三四郎は、最近四次元ポケットなる未来の道具を使う青狸のアニメを見て、これに深く衝撃を受け、真似をしていた。別に亜空間は何処であろうが発生個所は思いのままなのだ。然し、城下町少年にしてみれば股間から突如として食い物が出てくるなど言語道断であり、特別不快な思いだった。城下町少年は必死に自分の正当性を主張し、肉まんの出てきた箇所に湯気を残したままパっとしない顔をする三四郎の、その不当な行為について異を唱えた。



「なんだ、ここはダメか」

「そこはなんぼなんぼでもアカン」

「そういうのは早めに教えてくれ、俺は人界の事情に疎いんだ」

「…まぁでも気ぃ使てもろてありがとう」



 結局、三四郎が取り出した豚まんは、湯気を立てたまま元の所に収納された。それを見た城下町少年は何か言いたげにうんざりとした目を向けたが、それに気付くことなく三四郎は己の正面に亜空間を発生させ、またもやそこから豚まんを取り出した。



「ほれ」

「それさっきのとちゃう?」



 これと同じような事を三度繰り返したあたりで、城下町少年は癇癪を起し、平静を取り戻すまで少し時間がかかった。



…………………………



「で、何で学校に行かないんだ?」

「さっき言うたやん、イジめられるんが嫌なんや。何べんも言わさんでくれ、情けななる」

「何でイジめられると行きたくないんだ?」

「えらいんや」

「えらい? んん?」

「しんどいんや、疲・れ・ん・にゃ」

「おぉ!」



 方言に明るくない三四郎は、城下町の機転によりようやく膝を打ち、「そういうことか」と満足そうな顔をした。そして暫しの間、波の静かな音を背景に考えるような仕草を見せていた。


 城下町少年と三四郎の出会いは二か月前に遡る。三四郎は三四を送った後、湖まで何となしに歩いて朝の暇を潰すことを日課にしていた。

 三四郎は天候によって表情を変える湖が好きだった。人の生活を楽しむと意気込んだはいいものの、やること成す事物珍しいばかりで、手を付けた時分の熱は終わり頃には、またはその最中にスゥっと冷めていくこと屡々であった。然し、ある日広大な湖をただ眺めるという全く活動的ではない行為を半ばヤケになってしてみると、三四郎は殊の外これに手応えを感じた。これに気付いてから、三四郎は、風が湖面を舐める様を、波が浜を引き削ぐ様を、波が鴨を運ぶ様を、ただただ「良い」という気持ちで飽くことなく、くすぐったい小波の音も楽しみながら何十分も眺め続けた。そして憑りつかれた様に、何日も何日も通い続けるようになっていたのだ。


 そんな折に、例の城下町少年はひっそりと現れた。珍しい客に、三四郎は嬉々として話しかけ、城下町少年を慄かせたことは語るまでもない。

 城下町少年は、初の邂逅時も本を持っていた。その歳であれば漫画などを好んで読んでいても不思議ではないのだが、城下町少年はそういったものに興味は惹かれず、江戸川乱歩や夢野久作といった少し変態チックな作家の文章を好んだ。反対に純文学はあまり好きではなく、ひたすらに湿り陰る作品こそが城下町少年の陰鬱な心に優しく寄り添ってくれていた。


 三四郎は、その時まで本というものを読んだ試しがなく、城下町少年の本に大きな興味を持った。試しに一つ、短いものを読ませてもらうと三四郎は酷く興奮し、人の思考に生きる物語は自身の想像以上に幅広い事を知り、感嘆した。それから、三四郎は城下町少年を視界に捉えると、あれやこれやと話しかけるようになった。城下町少年も、得体の知れない怪物とは言え、一人寂しい気持ちを紛らわせてくれる相手がいるのは、自身の心の支えとなることを自覚しており、満更でもなかった。 

 化物と少年は、そうした目先の快事や安心に囚われており、三四郎のフとした発言に沿う内容を今日まで全く言葉にはしていなかった。



「お前は学校に行った方が良いと、自分では思うか?」

「そらまぁ、勉強とか単位もあるし」

「逆に学校に行かない方が良いとは思ってるか?」

「いや、うーん」

「俺が一芝居打ってやろうか? きっかけにはなると思うぞ」



 三四郎の問いかけに、城下町少年は少し考えた。

 城下町少年は、今身を置くこの状況を決して良しとはとても思っていなかった。

 本来であれば、学校で友人らと一緒に楽しく学び、遊んでいるはずだった。本来であれば、女子の動向に過敏になり心を悩ませ、その内彼女でも作って一時の逢瀬に身を任せることもあるはずだった。本来であれば、楽しくも将来の進み方に不安を抱えることもあったはずだ。然し、今この状況ではそのどれもがただの妄想に他ならず、ただ悪戯に過ぎ行く時間からの焦燥ばかりに精神が費やされ、何も得られず、何も叶わず、無知のまま生きていく不安と周囲から置いて行かれる恐怖とで、自身の考えが醜く卑しいものに変貌していくことに城下町少年は気付きながらも歯噛みしていた。

 状況を変えねば、行動を起こさねば。そうは思うも、体は動かぬし心は燃えぬ。自分では腰を浮かすことも出来ず、城下町少年は日々を誤魔化し誤魔化し、今日まで至った。



「学校はどこだ?」

「湖西高校」

「何だ、三四の通っているところじゃないか。一年か?」

「うん」

「学年も一緒か」



 いい話だ、と城下町少年は思った。自分では動けぬからこそ、他人に引っ張ってもらえるのであれば自立の起爆剤になるはずだと自分に言い聞かせた。



「…頼んでもええんか?」

「任せろ」



 城下町少年は、久々に勇気を込めた言葉を発し、妙に照れくさくなった。そしてその頼もしい化物の応答に、少し泣きそうにもなった。自分にも、まだ挽回の機会が残されていたのだ、と天上からの光を臨んだ様な気持ちに、心が軽くなるのをじっと咀嚼していた。



「頼んます」

「…分かった。まぁ、何はともあれだ」

「ん…」

「これ食ってまずは腹をだな」

「もうええがなそれは!」



 亜空間から現れる事、都合四度、三四郎が妙に勧める豚まん。笑っているのだろうか、湯気を伴い嬉々として「さあ」と腕を突き出す化物。城下町少年は結局、一回たりともそれを受け取ることはなかった。

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