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化物列伝ピカタ三四郎  作者: ピカタ三四郎
第四章
29/89

006 予感




「オエッ、オエッ」

「………」

「うぅ、ぐぅっ」



 嘔吐する化物、沈む英国人、泣くメイド、屍累々だ。まだ元気とは言え、一人残る城下町少年ではハードパンチャーとの戦闘能力に差が有り過ぎ、最早全滅を覚悟する状況にあった。ハードパンチャーは稲枝を下した後も仁王立ちのままで、明るい店内にその脅威を示していた。そんな彼らの頭上を、修理を施し動くようになったシーリングファンが音も鳴らさず静かに回り続け、見た目に穏やかな背景が逆にこの惨状を際立たせている。



「ふん、興が冷めた。今度こそ本当に帰る。俺の気持ちを灰にした店主の腹に感謝するんだな」



 言い残すと、二度と振り返ることなくハードパンチャーは背中を見せ、二度目の撤退宣言通り呆気なく去って行った。三体の屍だけ築いて、一体何をしに現れたのか皆目見当が付かなかったが、そうして脅威は勝手にやってきて、勝手にいなくなった。



「…何とか、なったんか?」



 騒がしい厄介者がいなくなり、そうは呟くもこの有様だ。客席全てに散らかったまま放置されたグラスやマグカップ、床に顔を近く伏せたりする化物たち。



 いっその事、店のその後など気にしない派手な戦闘でも遣って倒れているのであれば、紛う事無き敗北として是を受け入れ、素直に悲観にも浸れよう。然し、一人は苦い現実に倒れ、一体は虚を突かれ、残る一体は肉体すら交わす事も無く戦意喪失。まともに戦ってもいなければ、是は果たして敗北と言えるのだろうか。



 腑に落ちずとも、とりあえず全員が倒れているこの事実。生き残った城下町少年はその後の処理の事を思い、一体何から手を付け始めたらいいやら、ぼんやりと黙りこくって立ち尽くすだけであった。



…………………………



「思ったより危険なものだったね、ハードパンチャーというのは」



 カウンターの奥、稲枝が嗚咽のまま洗い物をする最中、イヤーンは丸テーブルに着き一言発した。重く歪む拳を腹で食らい、それから気を確かにしたのはハードパンチャーが去ってより実に一時間の長さを要した。



「まさか、肉体的防御力に乏しいとはいえ人外であるこの私を一撃に伏せるのだからね。正直侮っていたよ」



 小説的な喋り方で淡々と紡いではいるが、その手は拳の跡残る腹部に添えられており、損壊の程度は想像よりも大きいものかと思われた。そうもしていると、イヤーンは懐から例の豆を取り出すと(おもむろ)に口へと放り込んでガリガリと嚙み砕いてから飲み込んだ。その様子を見て城下町少年は不思議を口にする。



先生(センセ)、化物やろ? ほれ食うんか?」

「さっきも言った通りだが、我々はこの因子を主なエネルギーの消耗品として吸収しているのだよ。君たち人間がケガや病気を治すときに沢山の栄養を摂取した方がその効果を著しくするように、我々もまたこの因子を体に取り込むことで体の損壊や体力自体の早期回復を促す事が出来るんだね。この豆は、準化物(セミ)化に対する対応薬であるとともに、我々化物にとっては非常に強力な回復薬足りうるのだよ」

「はぁ、そーゆーもんなんか」



 ちらりと横を振り向くと、体育座りで顔を隠す三四郎が店の隅に詰まっている。ハードパンチャーの来襲に取り乱し、その疲れと不甲斐なさを嘆いてどうにも平時の態度を取れないでいたのだ。床に「の」の字を書かないまでも、落ち込みの加減はいつもの化物からはそうそう見ることの出来ない珍しい姿であった。

 あの憔悴も豆で緩和されるのであろうか…、そう思うもあれは精神的なものであって、イヤーンが豆を渡さないのを見るにそうではない予想が着いた城下町少年は大人しく元へ直った。



「じゃあな、仮の話やけんど。その豆を準化物(セミ)が食ったらどないなるんや? 半分は人間やろあいつらも」

「そうだね。試したことはないけれど、恐らく我々のような純粋な人外と同じような恩恵を受けられるのではないだろうか。まぁそれも、半分人間であるのと同じように半分だけだとは思うがね」

「ふぅん」



 城下町少年は努めてイヤーンとの会話を続けた。と言うのも、三四郎と稲枝には今何を尋ねようが自分の世界に没入してしまっており、まともな会話が望めないからだ。勿論、少年も幾度かは挑戦したが、挑戦した結果分かった事だった。なので、この際自分の疑問に思うところを洗い(ざら)い聞いてしまおうと、そういう前向きな心持だった。



「ほな、これも仮の話や。俺は他人に殴られるやの蹴られるやの、結構滅茶苦茶やられたんやけど、その時に、もし死にかけることがあった時にそれ食ったらどうなるやろ?」

「うーん、中々興味深い質問だね。もう命の保証が無い、そんな時にこれを含んだらどうなるのか。勿論、今までそんな事も試してこなかったから想像の範囲内で答えると、そうだね…」



 顎に手を遣り、数秒思慮に(ふけ)るイヤーン。その様子を見ても、やはり三四郎とは全く似ない人間然たる姿に未だ違和感を得る城下町少年は、彼をじぃっと観察しながらも静かでいて答えを待った。



「そうだねぇ。この因子は、我々を生成する時に周囲の有機物質を掻き集める。命の灯消えんとするその時に、体の中心にこれが()る……。簡単に考えられるのは、もう何も作用せずに単純に死んでしまうか、或いは新たな化物が作られるか」

「先生たちを作る時みたいに有機物質も集められるんかいな」

「そうかもしれない。でも、言ってしまえば人間の体も有機物質であることに変わりはないから、それが材料になるのか、それともそれに加えて周囲のものも巻き込むのか、全く死体であることが関係なしに周囲のものだけ集めるのか。実験しようにも、変なものが出来ても後味が良くないし、『広知』という能力にも限界があるからね」

「なんや、あかんのか」

「見たものの全てを知識として吸収できる能力だけれども、実はね、そもそもこの世界に知識として無いものは、その得られ方がかなり断片的で整合性に(かた)いなものなんだ。さっきはかなり万能感に溢れるような物の言い方をしたんだがね、それは語ることに舌が乗ってしまった結果であって真実ではないんだね、嘘でもないけれど。だから私は実験や研究などと言った、別にしなくとも良いことを延々とやり続けて確証に確かなものだけを()ってきたんだ。素人がやるもんだから、成果はこの豆みたいに有益な物が全てではなかったがね、寧ろ残念な物の方が多いくらいだったよ」



 やはり聞いておきたい事は聞いておいた方が良い、少年はそう思った。それが例え幼稚で、要旨の(まと)まらない咄嗟に出たものであっても、言うだけ聞くだけは無料(タダ)であって、もしかすると新たな、別な知見を得られる、そんな機会を引き出す事もあるのだ。イヤーンに質問を投げていくだけで『化物因子』や化物たちが固有に持つ能力の限界についての知識と理解が進む、これは三四郎達だけではなく関わっている自分にとっても益だ。



 それからまた幾度目かの質問を繰り出し、その度にイヤーンが答え、自身にも分からぬ事は想像を交えて意見を言い、そうしてその質疑応答は稲枝の洗い物が済むまで続いた。まだ十分に陽は高かったが、これから何かをする気には到底なれず、三四郎達の久々の邂逅(かいこう)夫々(それぞれ)の心に影を落とすだけの結果になってしまい、誰が言うでもなくそのまま解散となった。



――――――――――



 夕方、夕飯前に三四郎は帰宅するなり三一(みひと)を居間に呼び付けて、街での出来事を報告した。三三(さんのじじょう)もいれば彼も呼び付けたのであるが、残念ながらまだ帰ってきていないという事だった。代わりに、畑仕事に精を出していた秋山乗務員が居合わせた。



「ふぅむ、とうとうこの街でも三体目の準化物(セミ)に、別種の化物か…」

「ハードパンチャーというのはそこまで厄介なのですね」



 三四郎の話を聞き終わると、大化物と速い準化物(セミ)は各々感想を垂れた。



「『化物因子』は、儂が考えていた内容とは随分違うのだな。然し、その情報が得られて良かった。間違いのまま進んでいたら、結局対応の仕方も間違えたままで最悪の事態を引き起こす可能性もあった訳であるのだからな」

「仰られる通りです。今日の事は今日の事として、とりあえずはその有益な情報に成果を見る方が健全です。なので三四郎君も元気を出してください」

「お前変なのに良い奴なんだな…」

「『変』とは余計ですよ」

「それはそうとして、別種の化物、イヤーン氏と言うのであったか。地球上に二種もの人外が現れるなど、前代未聞だぞ。その証拠に、これを見なさい。お前に呼び出された時、何かの話のネタになるだろうと探しておいたのだ」



 三一は所々黄色の沁みた夥しい量の古紙の束を広げると、それを注目するように促した。そこには有史以来の化物が生まれた年と数とその氏名とが記されていた。これを誰が作成し、そして何処に管理していたのか、三一は頑なに明らかにはしなかったが、兎も角是が実際に有った化物の歴史であると言う事は、その真剣な眼差しを見るに感じ入るものがあった。



「以前も言ったが、同時期に化物が存在していた数は精々が二体で、それはここと、ここと、後ここの計三回まで。ほぼ百年の周期で周る発生の歴史の中に、たったの三回だけなのだ。然も別種の存在は確認も出来ない。やはり、今世代の我々の数は異常なのだ。それを考えると、『化物因子』の数は例年の三倍は優に超えている」



 大袈裟な数値にも思えるが、そう考えざるを得なかった。準化物(セミ)の数も順調に増えており、更にイヤーンが因子を凝縮した豆を開発する、それだけの『化物因子』が在り、漂っているのだ。前代未聞の数、ここにおいて明らかにそれが人の世に大きな影響を与えようしているのが分かった。



「とは言え、とりあえずは我々で対処をしていく他、やはりないのではないでしょうか。幸い、その画期的な豆の開発は我々の助けになります。後はその大量栽培に漕ぎ着けられればかなりの進展となるでしょう」

「うむ、そうであるな。三四郎、近々そのイヤーン氏との引き合わせを頼むぞ。こちらも良い酒を用意しておく。彼は日本の酒は口に合うかね?」

「親父、ただ楽しみたいだけじゃないか?」



 何んとも心配に駆られる三四郎であったが、それ以上の進展も無く、こちらの味方になってくれそうな三三もまだ帰ってこないため、とりあえずここで切り上げ皆で夕餉を楽しむ時間に移った。



 それでも、三四郎は浮かない気分に箸が進まぬ。

 そういつまでも楽観的でいいのであろうか、ずっと考えていた。思えば、ここ暫く変な騒ぎに心を弱らせている事が多い。意図せずしてそういった事に巻き込まれている。それが、自分たち化物だけではなく友人である城下町や真白へも押し寄せている。早期解決に勝るものもないが、とは言え解決にも正確な情報と手順がいる。思っていた以上に規模の大きいことに成りそうだ、という以前の予想は悪くも当たる兆しを見せており、三四郎は今夜もまた頭を抱えるのであった。

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